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マテリアル・エレメント 短編集  作者: 高城弥平
隠者の信託~secondDay~
5/30

secondDay 3

 景色が変わる。

 空間が変わる。

 世界が変わる。

 

 何もかもが今変化を起こした。


 何といえばいいのだろうか?

 例えようがない空間。足場もなければ重力のようなものも感じられない。とても暗く何もない空間なのに、決して冷たさを感じることはない。

 実に不思議な空間だ。

 前にもどこかで………


 そんな黒の景色が変化を始める。


 広がるモノ。これまた何かわからない。


 草原。日本の風景ではない。いくつもの古風な風車が並びその羽を回している。


 ここは何処(どこ)だ?

 ここは何時(いつ)だ?

 目の前の少女は何者(だれ)だ? 


 目の前には綺麗で真っ直ぐな黒髪、澄み切った碧眼。素足でワンピースの少女が遥か高くにある風車の羽を見上げている。

 

 そんな風車の先には男が1人。彫りの深い顔立ちに少女と同じ碧眼を持っている。父親だろうか?

 聴覚情報が一切伝わってこない。

 少女が楽しげな表情で父親らしき人物に何かを叫んでいるのはわかるのだが、どの内容を察することはできなかった。

 そこにもうひとり、日本人?少なくとも東アジアの人だろう。女性だ。この状況から見て間違いなく母親だろう。少女と同じ艶のある長い髪。焦げ茶の瞳が映える。


 見ているこっちが笑顔になりそうな光景。どこかのドラマのような幸せそうな風景。


 風車から降り、二人と合流する父親。椋が体験したことのない物。家族。

 決して立派とは言えないがログハウスで3人幸せそうに充実した日々を送っているように見える。

 

 しかしそんな風景が一変する。


 風景を書き換えるように漆黒の炎が草原を駆け巡り始めたのだ。


 一言で言うのならば焼け野原。


 草原は漆黒の炎に包まれ、風車は崩れ落ち、3人の住む家までもがどんどんと焼けていく。


 そんなログハウスの前でしゃがみこみ泣き叫ぶ少女。全身に火傷を負い、綺麗だった真っ直ぐな黒髪は縮れ、顔の左側、目より上の部分は爛れ、目もやれない状況だ。


 そんな少女に伸びる手。崩れた家から必死に伸ばしてくる火傷だらけの手。少女までの距離をだんだんと縮めていくがそれが少女に届くことはなかった。


 上空に佇む黒炎を操る女がそれを阻害したのだ。

 少女の両親の腕は炭となり跡形もなく崩れ去っていった。

 

 非力な少女は泣くことしかできない。いっそのこと両親と一緒に逝けた方が幸せなのではないだろうかと思える。

 

 映画でも見ているかのように再び場面が切り替わる。

 スラムのような荒廃した街。

 排ガスが漂うそんなところに先の少女は居た。


 顔の左側は大きく包帯で覆われ、その部分を隠す様に帽子を被っている。


 少女の目は死を望んでいた。絶望を、この世の終わりを体験した目。

 日生きるための最小限の食事……いやゴミ漁りしかせず、日々痩せこけていく少女。

 自ら死ぬこともできず、最底辺の生活をしている。

 スライドショーのように次々と進んでいく日々。何も変わらない少女。

 栄養失調のせいもあってかもう何年かの時間が経っているのにほとんど成長というものが見られない。


 このまま死んでしまうだろう。誰が見てもそう思うに違いない。

 

 再び場面が切り替わる。

 

 飢えた少女の周りは再び炎に囲まれていた。漆黒の炎。少女が過去に見たことのある地獄と同じ黒の炎。


 絶望していた少女の目は復讐のため、いや、理不尽を正すための目に変わっていた。

 確かに生気をそこに宿していた。


 立ち上がる少女は漆黒の炎を操る女に必死に抗ったのだ。


 しかしもちろんそんな脆い少女が女に勝てるわけなどない。あっという間に一蹴され再び地に伏せさせられた少女。

 抗えない理不尽に枯れたはずの涙を流し、何度も、何度も、何度も、何度も、叫び、何度も地面を叩いていた。


 そこで映像は途切れた。


 再び真っ暗で無機質な空間に戻る。

 そこには先ほどの老人の姿がある。


 『これがワシがユノに宿るまでのあやつの人生じゃ。ひどいもんじゃろう?』

 (結局この後……どうなったんですか?)


 気になるところはそこである。

 少女は漆黒の炎を操る女に打ち勝ったのだろうか?

 少女は理不尽を晴らすことができたのだろうか?

 

 その答え合わせをはじめるかのように老人は語り始めた。


 『奴は負の《太陽》の能力者じゃった。力を得たユノはあの後再び立ち上がりワシと共に戦い抜いたが、勝負がつくことは無かったのじゃ。奴に致命傷を与えた代わりにユノは身体の成長を奪われた……』

 (成長……?)

 『もともと《ワシら》が宿る人間は長生きする。それは椋殿も変わらぬはず。しかしそれ相応に成長は重ねていくものなのだ。体も一定まではしっかりと成長し、子孫を残すことができるようになる。同じように人間としてのありかたを進んでいく。しかしユノにはそれがない。ユノの奴ああ見えても年齢は………確か今年で……483歳だったかの……?』

 (…………………483!?でもそれだけ時間が過ぎてたら向こうは、負の《太陽》はもう死んでるんじゃ?)

 『あやつ自身も自らの成長を止めておるからの。ユノとあやつとの因縁はまだ続いておるのだ………』

 (そう……なんですか……)


 少しの沈黙が訪れる。

 なんもためにハーミットはこの事を椋に伝えたのだろうか?正直に言ってしまえば雁金ユノという人間の生い立ちなど興味はない。

 ハーミットが何を伝えたかったのかそれがわからぬから訪れた沈黙だった。


 『今、椋殿はなぜこんなこと?とでも思っているのだろう?』

 

 真っ暗な空間でハーミットが一度指を大きく鳴らす。

 すると部屋のデザインは一気に変化し、森の中へと変わる。まるで本当にそこにいるかのように澄んだ空気、鳥たちの歌さえもが聞こえてくる。

 

 『まあ、座りなさい』


 と近くにある丸太を指すハーミット。断る理由もないため、素直にその丸太に腰を落とす。


 『正直に言おう…………。負の《太陽》の討伐を手伝って欲しい』

 

 本当に率直な発言にかなりの驚きを見せてしまう。

 

 (どッ!どうして僕にそんなことを!?)

 『もちろんその力を椋殿が秘めておるからじゃ』

 (そんな街一つ簡単にぶっ壊すような人間に僕が勝てるわけが……………)


 そもそも無理という前提を立て話している椋に、《隠者》の喝が入る。

 

 『愚か者!いや…《愚者》か……まあ話は一度最後まで聞いてくだされ…』


 『もちろんッ』


 とハーミットもそれ相応のサイズの切り株に腰を据え、話を切り出す。


 『無償とは言いませぬ』

 (というと?)

 『《ワシら》はそれぞれが宿命を背負っております。それを叶えるために適合者を探す。そんなワシらの宿命は伝授。《愚者》に対し力を伝授することを《隠者》は宿命としているのです。前の《愚者》は話の通じるやつではなかったモノで今こうして宿命を果たすため椋殿の前にいるのです』

 (つまりその伝授?と引換えに負の《太陽》と戦えと?) 

 『そういうことじゃ』


 どうしたものか……。《愚者》の目的、《愚者達》から奪われた力を取り戻す事。

 この一件はうまくいけば正の《隠者》と、負の《太陽》。二つの力を一度に取り戻すことのできるチャンスなのかもしれない。

 しかし、《愚者》の意見を仰ぐことのできない現状で、勝手に一人で決めていいものなのだろうか?

 そもそもまだ完璧に力を扱いきれていない自分ごときが、500年も続く熟練同士の長い戦いに終止符を打つことなどできるのだろうか?


 だが、この話を受け入れた時の利益はそれなりにある。

 完璧に使えない非力な自分に力を与えてくれると目の前のハーミットは言ってくれているのだ。

 そしてその過程で正の《隠者》から力さえ回収してしまえば負の《太陽》は後回しにできる。


 頼るべき存在がいない中、一人ですべての決断をしなくてはいけない。


 (力の伝授って具体的にどんなことをするんですか?)


 そんな疑問をハーミットに投げる。

 そんな言葉をハーミットは鼻息で吹き飛ばし、笑ってみせた。


 『ワシはそんな前払いサービスはやっとらんわい!!』

 (そんな……)


 期待などそれほどしていなかった訳だが、ここまできっぱりと断られるとなんとも言えない。


 『要するにじゃッ』


 先ほど座ったばかりの小さな切り株から立ち上がる老人。


 『椋殿がやらかした木の件はワシがユノに頼んで不問にしてやろう。その代わり負の《太陽》の討伐を手伝え!そのついでに椋殿を他の《ワシら》に負けないほどに強くしてやる』


 ビシィッという字幕でも出てきそうなほどにまっすぐ向けられた小さな人差し指。


 (命令形……そして拒否権なしですか……)

 『拒否権がないわけではないぞ?調べたのじゃが、椋殿がユノの森に侵入した際、確かに私有地ということを示す看板が損壊し見えにくくなっていた。そうじゃな……言うならば不法侵入は未遂にしてやるとして器物破損は適用されてしまうの』

 (そこで法律持ってくるのは卑怯じゃないですか!?拒否権ゼロになりましたよね!?)

 『ま、そういうことじゃの。で、どうする?』


 そう言って自然な風が吹く異空間で、再びハーミットはてを差し出す。


 (だから拒否権無いじゃないですか……)


 仕方ない。そんな表情を浮かべ椋は再びその手をとった。




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