secondDay 2
とりあえず一通り謝罪の言葉を並べた後、家にあったお中元やらお歳暮やらわからないが豪華な包装紙に包まれた箱からとりあえず見た目が高級そうなお茶を探し、適当に入れ、雁金さんに渡す。
「うんうん、いい匂いじゃねぇか!」
「は、はぁ……」
なんだか自分の家で寛いでいるかのように自由に振る舞い、テレビの前に鎮座している雁金さん。あれ以降何をいうわけでもなくただただ寝転びながら菓子を貪り、茶を啜るという何ともふてぶてしい態度をとっているわけだが、非がある此方から出て行けとか言える訳もなく、その光景をずっと眺めていることしかできない。
「アンタさぁ…」
「はい!!」
突然の呼びかけに対しまた色々言われるのではないかという不安にも似た何かのせいで、
再びビビっているように返事をしてしまう。
「アタイの森で何やってたんだい?」
頭も目線もテレビに向けたままの雁金さんは、気になるようすを一切見せず、そう、母親に今日の晩御飯なにー?みたいに問いかけているような感じで椋に問いかける。
「………………」
回答の用意を忘れていたというべきか、できるわけがなかったというべきか。
もちろん少年漫画風に「修行のために山篭りしてたんだ!ロマンがあるだろ?」なんて口が裂けても言えるわけがない。
それに本当の答えを行ってしまうのが最も手っ取り早いわけではあるが、《愚者》のことはあまり口外しないようにといろんな人から言われている。さてどうしましょうか。
「何ごもってんだよ!別に事情聴取とかそんなもんじゃねぇから素直に話しな!」
「はぁ……実は父が病気で………」
「嘘ついてんじゃねぇよ!病気と木に何の関係があるんだ!」
「ひぃ!すいません…実はすんごくイライラしてて……」
「それも嘘だろ!じゃあ聞くがなんで折れた気が1本なんだ?普通……といっていいかわかんねぇけど、そういうことする奴は1本折ったら次の木、それも折ったら次の木って確実に折ってから次の木に進むもんだ」
「ふぅ……どうしてそこまで断定できるんですか!!」
先程からの完全否定に対して、逆ギレするかのように雁金さんを怒鳴る。
オットと出過ぎた口を急いで塞ぎ、やってしまったオーラをにじませながら、腰を下げ潔く土下座する。
そのあまりにも自然かつなめらかな動作に雁金さんはもうどうしようもないと言わんばかりの哀れみの目線を投げかけてくるわけで、いっそのこと罰してくれとさえ思うほどなのであった。
「どうして………か……わーったよ!もうメンドくせぇ!」
そう叫んで雁金さんは部屋に設置されている背の低いガラステーブルにドンッと片足を載せ、宣言する。
「もうアンタが《愚者》の能力者って情報は上がってんだよ!!」
「……………………………………へ?」
深く深く下げていたその頭をゆっくりと上げ、雁金さんの顔面を見ようとするが、ガラステーブル越しに子供と大きなお友達が見ちゃいけないものを見てしまう構図になるため、仕方なく立ち上がる。
できるだけ冷静さを保とうとするが、この何とも言えない状況、助言をくれる《愚者》が眠りについて不在の状態。自己判断がつけられない椋は今度は完全にパニック状態に陥っていた。
とりあえずごまかそう。ソレが脳内に浮かんだ最初の結論だ。
「ナッ……ナニイッテルンデスカ……………!《グシャ》?ナンデスカソレ?効果音デスカ?」
完全に棒読みなのは椋自信が一番分かっているのだが、もうどうにもならない。
「今アンタ、『なんでそんなことわかるんだ?』って思ってるだろ?」
「なんでそんなことわかるんですか!?」
もう脳内がこんがらがってしまい意味のわからない状態。彼女の投げかけてきた問を疑問で返してしまう。
「そしてもうひとつ言えばアンタの中の《愚者》は今眠ってるな!」
「なんでそんなことわかるんですか!?」
「さらに言えばアンタは今自分が《愚者》を宿いていることを認めたんだぞ?」
「なんでそんなことわかるんです…………………、あ……」
その間抜けな声に、雁金さんがテーブルの上に乗せていた足を上げ、もう一度押し大きな音を立てて威嚇するように声を放つ。
「何嘘ついてんだよクソガキィィィ!!!」
「ひぃぃぃ!!」
「あーもういいよ!!メンドくせぇ!」
雁金さんが諦めるようなそんな口調でテーブルから足を降ろし、先程まで椋が寝ていたフカフカのソファーにその身を投げる。
「『隠れ家の隠者』………」
雁金さんがそう呟くと、彼女を中心に空気の流れが微妙に変わり、その変化がだんだんと大きくなっていく。
ものを吹き飛ばすほどではないが、それなりに強い風がこの室内全体をつつみ込んだ。
さきほどまで雁金さんが足を乗せていたガラステーブルの上に小さな扉のようなものが現出される。
キィィと小さな音を出し開いて行く扉。
中から現れたのは丁度『移り気な旅人』で召喚した時のフールと同じ程度のサイズ、つまりは小人サイズのローブを羽織ったぬいぐるみのようなものだった。
「はじめましてじゃの、《愚者》の新たな憑代よ」
出てきた小人のあまりにも紳士的な自己紹介に、思わずそのまま挨拶を返してしまう。
「あ……はい。辻井椋と申します……」
「では椋殿。少々この老人めに時間をくださらないかの?」
ファンタジーの世界にいそうなどこぞの街の村長みたいな風貌の小人はそう言って小さく短い腕をこちらに伸ばしてくる。
「…………………?」
戸惑う様子を見せる椋に、雁金さんはテレビを見ながらこちらに聞こえるぎりぎりの音量で言葉を発した。
「その手を取ればそこのじいさんがいろいろ教えてくれる。木の件を不問にして欲しいんならあたしよりその爺さんの話を言葉に耳を傾けるこったな」
興味なさげなその声は、その後バラエティ番組を見ているのか大きな笑い声に変わっていた。
彼女はモードを切り替えたかのようにお茶をすすり、横にある菓子を貪っている。
「あの………あなたは?…………」
「私かな?私は正の《隠者》。名はハーミット、そこのユノからはミットと呼ばれているがの。呼ぶときは好きな方で呼んでくれ」
「正の《隠者》?ってことは《愚者》と同じ?」
「まぁそういうことじゃ。それについては今から説明するからの……さぁ早くこの手を取りなさい」
そう言って小人老人はもう一度大きくその小さな手を伸ばす。
少しは落ち着いてきた脳内で、状況を理解しようと試みるがまだ色々と足りないものが多すぎる。しかし今目の前にいるこの雁金さん含めてハーミットと名乗る老人も無害だということだけはすぐに理解できた。
コクッと一度大きく頷くと、椋は小さな老人の小さな手を自らの大きな掌できゅっと握った。