secondDay 1
2062年4月7日 所 自宅 時 午前九時
この日も椋は迷っていた。
昨日はあの後、逃げるように家に帰り、沙希からもらった弁当を有り難くいただいた後、木を折った事がバレるんではないかと震えながら決して有意義とはいえない休日を過ごしたのだった。
フールは未だ目覚めてくれていない。まぁ3日と言っていたのだから仕方ないのだろうが、いい加減起きろというかなんというか。「修行しろ」という言葉だけ残していかれても、能力を手に入れてまだ一ヶ月と立っていない椋にどうすればいいかの判断なんて出来る訳もなく、昨日なにか掴みかけた感覚も人の所有地に侵入していたことによる罪悪感か、さらに気を追ってしまったことによる不安のせいか、なにかの気配を感じたと同時に全て吹き飛んでいってしまった。
「はぁ……」
ため息しか出ない。
再びあの山に行くというのは正直言って気が進まない。今度は無効も警戒して何かの対策をしているかもしれないと、脳内で勝手に妄想を派手に膨らまし、あたかも現実のように想像してしまう。
「はぁ…」
やはりため息しか出ない。
ピーンポーン。
と家のインターフォンが鳴り響く。母が仕事でもう出発したのは確認済みなので、上下ジャージと少々だらしない姿ではあるが仕方なく自らが赴かんとだらしなく寝転がっていたソファーから起き上がり玄関に向かう。
玄関に設置された2つの鍵を解錠し扉を開ける。朝の日差しが意外と眩しく目くらましを食らったかのように視界が悪くなる。
(っとこんな場合じゃなかった)
さっと周囲を見渡すが周囲には誰もいない。こんな平日の朝っぱら、集合住宅地といえど人は出歩いていない。
(イタズラか?)
「はぁ…」
と、またため息をつき、扉を閉め、再び二つの鍵をかける。
今日の予定をどうしたものかと迷っている最中に今時珍しいピンポンダッシュの被害に遭うとは…。
最近は防犯カメラの発達、そもそもインターフォンに設置されているカメラが24時間365日録画を続けているので犯人なんて特定しようと思えば簡単なのだ。
まぁそんな面倒なことのために貴重な時間を割こうとも思えず再び今日の予定について考えようとする。
ピーンポーン。ピーンポーン。
再びインターフォンがなる。
いい加減うっとおしいと思ったが、先程と違う人の可能性もあるため再び玄関に向かい開錠すると扉を開ける。
しかし誰もいない。
(近所のガキかなんかな?俺に恨みでもあるのか?)
と心の中で思いつつももう一度ため息をつき扉を閉める。
これで二往復目だ。なんだか朝っぱらからの変ないたずらのせいか思考がうまく回らなくなってくる。
(もういっかい寝よう…)
思考停止の当否の末、あれだけ否定していた時間の無駄遣いを自ら実行する。
柔らかい長ソファーに身を投げ、そのまま眠りにつこうとする。
ピーンピピピピピピーンポーン
ああ面倒くさい…
ピピピピピピピピーンピピピーンポーン
もうやめてくれ…
ガキの遊びに付き合ってる暇はないんだ…
ゆっくり周囲の音を脳内で遮断し眠りにつこうとする。
しかし耳障りな音はやはり消えない。そしてそれが眠りを妨害し続ける。
「いい加減腹たってきた!!」
声に出してしまうほどにご立腹になった椋はガキが逃げきれないような猛スピードで追いかけることを決意。
大人気ないなんて言わせないぜ?
先程念の為に扉の施錠をしなかった。こうして奇襲をかけるためだ。
猛烈な速度で居間を抜け廊下に出て玄関に直行する。
「いいかげんにしろぉ!!」
叫ぶ。
しかしやはりというべきか周囲にはガキどころか人間の姿さえ確認できない。
左右を見回して気がついたことがある。先程から視界の端に何かが見え隠れしているような気がする。
ブツブツと聞こえるその声に
ゆ~っくりと視線を下に降ろす。
某ヒット作ドラゴソク○ストないし、どんなRPGにでも最初の方に現れる某雑魚キャラのような水色のふざけた大きな帽子をかぶっている超小柄な少女、いや、幼女の姿がそこにはあった。それが大きすぎるせいか表情までは確認できないのだが、ひとつだけ確かなことがある。彼女が怒りに震えているということだ。
わなわなと体を揺らしながら、そのデカイ帽子ごと見上げるように椋を睨みつけ、幼女も叫ぶ。
「それはアタイのセリフじゃぁぁぁぁぁぁ!!」
彼女の拳が椋の鳩尾にクリーンヒットし、そのまま車にでも轢かれたかのようにに廊下の奥まで吹っ飛ばされた。
○~○~○~○
「で、君は誰?何の用?俺になんの恨みがあるんだ?」
ムッと膨れっ面になりながらも目の前に座った少女に尋ねる。顔にはなぜか左目にぐるぐると包帯が巻かれていて、垂れた髪は黒、長さもそこまで長くなく癖が強いように見える。
とまぁ幼女に殴られた鳩尾をさすりながら返事を待つ。
あの攻撃で軽く30分程気絶していたのだから怒るのも当然だ。
「質問は一つずつしな!」
「はい……すいません……」
先ほどの一撃で既に上下関係までも形成されてしまった。というか怖い。
「まず、アタイの名前は雁金悠乃」
「はい……雁金さん……」
見た目柊真琴の妹である柊優奈よりもさらに小さい。小学生並みだ。その割に喋り方がはっきりしている。実に不思議な子だ。
「何の用かはアンタが一番わかってんじゃねぇのか?」
「いや……少なくとも雁金さんとは初対面ですし……はい……さっぱりです……」
幼女の顔に少々怒りの表情が浮かぶ。
椅子から立ち上がり詰め寄るように大きく足音を立ててこちらに向かってくる。
「あんたさぁ……アタイの森の木何本も無駄にしてくれたよなぁ!!」
「ひぃ!!」
雁金さんの発言に反射的にビビってしまう。その威圧感からだ。見た目若干10歳程度の少女からは考えられないほどのプレッシャーが椋に襲いかかってきたのだ。
「それにアンタ、さっきのあれはなんだァ?人が玄関の前で一生懸命インターフォン鳴らしてるってのに、扉が空いたかと思えばため息ついてそのまま閉めやがって!!あぁ?」
「ひぃ!!」
やはり半端ない。構図的に見れば高校生が幼女から一方的に脅されているというなんとも無様なものなのだろうが、それを気にも止めれないほどのその威圧感。雁金さんが何者なのかを表しているような気がする。
「…………………木?」
「そうだよ、アンタ昨日アタイの森に不法侵入してあろう事か7本も大切な檜無駄にしてくれちゃってさぁ!!」
雁金さんの発言に今更ながらに疑問点が浮かぶ。森?檜?折った?色んな言葉が紡がれひとつの答えにたどり着く。
「あああぁぁあぁぁ!!」
「あぁぁじゃねぇぇよクソガキ!!」