firstDay 2
周囲の景観はほとんどが緑、散ってしまいほとんど残っていないピンクが緑に映える。
桜も散り始めたこの森を選んだのにはそんな理由もあった。ここなら、ちった桜を見に、花見にくるもの好きはいないだろう。
実に綺麗な景色なのだろうが、少し大きなリュックサックを背負った椋の息は荒く、足取りは決して軽いといえるものではない。要するにそんなものを楽しんでいる余裕がないのだ。
初めてとまではいかないが、あまり体験をしたことのない登山だ。きつくないわけがない。
標高が高くない山といえど、吹き荒ぶ風はかなり冷たく、肌を刺した。昨日の夜の寒さを踏まえたうえで、少し厚着をしてきたつもりだったのだが、それでも足りないほどであった。
しかし有言実行とはよく言ったものだ。
まさかただの思いつきで本当にこんな無名の山まで来てしまうとは思ってもいなかった。
山に関する知識はまあ少なくはなく、必要最低限の装備はリュックに詰め込んで持ってきたつもりだ。そもそもこの山で寝とまりをするというわけではないのだから、ここまでの装備を持ってくる必要はなかったとさえ思えるが、念には念をという意味での重装備だ。
「ここか……」
重い足取りでようやく山頂の少し広い広場にたどり着き、一休みしようと、カバンの中から水筒を取り出し、水分を補給する。時間的に昼食にするには少し早いと思える時間だったので、リュックの中にしまってある沙希の手作りサンドイッチはまだしばらく封印しておく。
「さーて、どうするかな……」
とここまで来て初めてその修行内容を考え始める椋なのだった。
自分の無計画さに呆れる部分もあったが、とりあえずというかなんというか、能力を展開させる。
「『光輪の加護』……」
そのつぶやきとともに、椋の胸元、透明の天然結晶から金色の光が大量に溢れ出す。全身を優しく包み込むその光は、徐々にししに分散されていき、それぞれに4つずつの光輪を形成した。
フールが眠っていて、意識をこちらに現出させられなくとも能力の展開をできるということを知ったのはつい最近のことだ。それまではずっと彼が能力の展開をしてくれているのだと思っていたが、実はそうでもないらしい。フール曰く、『それはもうすでに御前自身の能力だ』だそうだ。
能力の制御、この単語だけを頭に入れ、能力の何を制御するかもわからぬまま、手近な大木に向かい、1つ拳を入れる。
中心を抉り抜くように放ったストレートは、爆音を撒き散らしながら大木をきしませる。やっとでてきた緑の葉を散らし揺れる木はこの一撃で折れるということはなかった。
○~○~○~○
ドォォォォォォオンと一度、また一度と森の中に爆音が響き渡る。
(鳥たちが騒ぎ始めた……それにこの爆音はなんだ?)
人里離れたその森にいた少女は木の上から太い蔦を伝いするすると降下する。
先程からやけにうるさい。この森の所有者である少女の許可なしに工事のたぐいが始まる事はないはずだ。
(不法侵入者の密猟か?そんな不届きもの許さねぇ!)
決意を固めた少女は爆音のする方向に向かって歩みをすすめた。
○~○~○~○
「だめだぁ……折れねぇーーーーー!!」
誰もいないこの山でなんの遠慮もなく放ったその叫びは実に虚しいものだった。
既に光輪は6つも消費してしまっている。いくら殴っても決して折れない木。むしろこの木のほうが特別なんじゃないかと疑いたくなるほどの強度だ。
残る光輪は左右の手に人つずつ。まさかこの山に来て一時間ちょっとでもう引き返す羽目になるとは思ってもみなかった。
もう一度木を探し出し、試行錯誤を重ね拳を打ち込む。角度でもない。腕の振りの速度もあまり関与していないように見える。気持ちの問題だろうか?前に愚者が言ってたような気がする。能力を強くするのも弱くするのも自分次第だと。御前が能力を信じずどうするんだ、と。
(やっぱそれなのか……?)
自分の左拳。最後に残った光輪を見つめながら思う。最初とは違いこの能力を使いこなせるようになってきているとは思う。
しかしそれはタイミングの確保、発動するかしないかの切り替えが上達しただけであって結局この膨大な力をただ放っているだけなのだ。
どうすれば……どうやって……どのように……
構えた左手で最後の一撃を先ほど一撃を打ち込んだ大木に向かい放つ。
爆音はそのまま木を揺らし、傾け、倒す。
バキバキッと音を立てながら他の木の枝を巻き込みながら倒れていく大木、結局何をしに来たのだろう。それさえもわからずその木を見つめる。
とここで我に返るわけで、こんなこと許可もなしにしてよかったのだろうか?と真剣に思う。もし地主さんでもいたらどうしよう。不安に襲われながら解決策を探す。
こんなと人気のない山で一人の少年が立っていて、その少年の前に折れた大木があったらそれを見た地主さんはどう思うだろうか?
確実に面倒なことになるということは避けられない。
それを確信したと同時に遠くからガザっと物音が聞こえる。動物だろうか?それとも地主さんだろうか?これだけ爆音を撒き散らしたのだから動物ということはありえない。そしてこんなところに人がいるとも考えにくい。
脳内討論の末逃げることを決意。その何かがこちらに到着する前に、逃げるように(というか逃げているのだが)足に残った光輪を消費し、街の方に向かい適当に跳躍する。
結局さっきの揺れがなんだったかはわからないまま逃げてきたわけだが、とりあえず人気のなさそうな裏路地を見つけるとそこに着地できるように調節しながら跳躍する。
(あぶなかった……のかな?)
そんな安堵のため息をつきながらも帰宅するのであった。
(コンクリートにはあんな大穴を開けれるのに何で折れないんだ?)
と浮かんできた率直な疑問を頭で反復させながら大木のへこんだ部分をなぞる。確かに大きなダメージは入っているはずだ…。しかし地面に大穴を穿った時とは程遠いといえるだろう。
何が違うのだろうか?偶然にもこの木が頑丈だったと言う問題だろうか?
その可能性を否定するためにも、大体同じサイズの同じ種類の木を探しだし、先程と同じようにストレートを食い込ませる。
しかし結果は変わらない。散ったのは木の葉と木屑、そして光輪だけで決してその大木が崩れ落ちることはなかった。
(何が違うんだ…)
考え込んでも決して答えが見えない。二発も殴ったらおれてしまうであろうこの木のどこにこんな強さがあるのか?わからない、理解できない。
(フールが言ってた能力の制御ってのはこういうことなのか?)
不意に浮かんできたのはそんな言葉だった。それが本当にフールがいいたかったことなのかどうかはまだわからない。明日か明後日に目覚めるであろう彼に聞きたいのはやまやまだがそれができない状況なのだから全て自分で決めるしかない。
この木を光輪一撃で折る。それを目標にしたトレーニングをしよう。そう決めたのだった。
○~○~○~○
少女は折れた大木の痕跡を探っていた。
周囲にある凹んだ木もなぞりながら不思議そうな目でそれを見ている。
(ミット……これなんだと思うよ)
少女は語りかけるように念じる。
『確実に密猟やらそんなモンの類でわないのう』
(けどこれって……)
『ああ、お前さんの思っている通り、この感じはエレメントで間違いないのう』
(どのエレメントかまではわからないの?)
『すまんユノよ、一度ワシをそっちに召喚してくれんか?』
(わかったわ……)
木をなでていた手をすっとおろし、ぼそっとつぶやく。
「『隠れ家の隠者』(クローズドハーミット)……」
ユノと呼ばれた少女のそのつぶやきとともに、周囲に撒き散らされたこの葉が一気に舞い上がり、そのまま一点に集結、小さな門のようなものを現出する。
開いた門から出てきたのは緑のローブをまとった小さな老人。老人は軽快なステップでユノなる少女の肩に飛びうつり、木を撫でる。その老人が撫でたあとを追うように木から金色の光が溢れ出す。
「この光は……!!」
溢れ出す金色を見つめていた老人の表情が一気に変わる。
「どうしたのよミット?」
「《愚者》だ……。ついに《愚者》が復活しおったわい……」
老人は運命を悟ったかのような顔をし、少女の耳元で呟く。
「ユノよ……《愚者》を探すぞ……」
「なんでアタイが!」
「これは全て決められたことなのじゃ……頼む……」
「ミット詳しく聞かせなさい!」
「長くなるぞ、構わんな?」
そんな老人はただ真剣に少女を見つめていた。