thirdDay 6
異空間の中で再び別の異空間に入るとは思っていなかったわけだが、《隠者》が現出させた巨大な若草色の門をくぐると、そこは少し長めで一直線な通路になっていた。壁面には様々な風景が記されている。
その風景が行き先を表しているのだろうと簡単な察しを付け、できるだけ壁に触れないように注意しながら《隠者》についていく。
「ここじゃ」
若草のローブの老人はそこを指差す。丸窓から見える外の風景のように隠者ノ木が映るそこに向かい《隠者》は飛び込む。吸い込まれるように消えていったハーミット、こちらから見た光景が微妙にグロテスクだったため少々飛び込むという行為に勇気を要したが、無効を待たせるわけにもいかないのでm意を決し丸窓に飛び込む。
後ろから何かに押され、追い出されるかのようにその空間から抜け出す。背後には先ほど入った巨大な門。眼前には今から挑む巨大な木が堂々と佇んでいた。
背後の門は《隠者》の指パッチンとともに、若草の光を放ち消滅していった。
花車学園の入学試験の際、案内してくれた少年の能力になんとなく似ているなぁと思いつつも、ゆっくりと歩行を開始し、巨木に向かいその距離を縮める。
やはり圧巻としか言い表すことのできない光景である。
別格というべきだろうか?これまでの木の3、いや5倍以上は幹の太さがある。しかし椋の中の確信はそんなことでは揺るがなかった。
「残り時間は後42分。いけそうか?」
《隠者》が放つ、帰ってくる答えがわかっているような質問に椋は期待通りの答えを返す。
「もちろん!」
○~○~○~○
外部時間
2062年4月8日 午後2時
不意に太陽の眩しさが目を射る。久しぶり。いや、懐かしいという表現の方がぴったりかもしれない。
ゆっくりとまぶたを開け光に目を鳴らしていく。この陽の光という感覚が異常なほどに懐かしいと思える。
首だけを左右に動かし、周囲の人間、正確に言えば雁金さんの存在を確認する。
「おっ!帰ってきたか!」
声は部屋の外から聞こえてくる。ガチャっとドアノブを回す音とともに牛乳が入ったグラスを持って雁金さんが部屋に侵入してくる。といってもここは雁金さんの部屋なのだが。
えらく懐かしく感じるその顔を見ると、ようやく現実に戻ってきた確証が得られたようで自然と嬉しさがこみ上げてきた。
ベッドから起き上がった椋は念のためというか、なんというか雁金さんに頭を下げ、「お久しぶりです」と一言。冷静に考えてみれば彼女からしたら2時間しか経ってないのだということを思い出し、少々言葉のチョイスを間違えたなと思いつつも、会話を続ける。
「ちょっとばかし早いんじゃないか?」
「何がですか?」
雁金さんが飛ばしてきた質問の意味を理解することができず、聞き返してしまう。
「何って、向こうから帰ってくるのに決まってんじゃないか!」
「早いといってもこっちじゃ0・5秒ぐらいじゃが」
いつの間にか雁金さんのもとに移動していたハーミットが彼女の肩に座りそう補足する。
「完璧主義のミットにしちゃ珍しいな………向こうで何かあったのかい?」
「いやいや、ただ椋殿が思っていたよりもかなり早く木を折ってしまったものでな」
いつの間にやら会話の輪から外されているような気がするが、先の《隠者》の発言に雁金さんが少々過剰に反応する。
「木?隠者ノ木を折ったのかい?」
「うむ、まさか本当にやってしまうとは思わなかったのじゃが。まさか一撃で真っ二つにするとはワシも思わんかったぞ」
《隠者》が腕を組みながら首を何度も縦に降っている。
あの時、普通の木を殴る時とほとんど同じ感覚で隠者ノ木も叩いてみたところ、思いのほか簡単に折れてしまったため自分でも拍子抜けしてしまったものだ。余った時間は特にすることもなく暇になったということで少し早いが帰還することになったのだ。
「たったの3週間であれを折るまで成長するとは大したもんじゃねぇか!!」
「褒めてもらえるのは嬉しいんですけどひとつ質問いいですか?」
少しだけ気になることを見つけてしまったため、二人の会話を止めて少々割り込むような形をとる。
「何だ?」
「えっと……その…ハーミットさんとの修行ってあと何回くらいするつもりだったんですか………?」
『思ったよりも』や『たった』という言葉に引っかかり投げた疑問だ。
「何回って、日に2回ずつに決まってんだろ…………」「一日二回ずつじゃ」
師匠と《隠者》が声を揃えなんてことないような声で呟く。
「ちなみに何回目で隠者ノ木を折れるって踏んでたんですか?」
「そうじゃの………大体あと2回はかかるじゃろうと思っておったぞ!」
「そういうこと、あんたは充分よくやったよ!」
「流そうとしてるように見えるんですけどかなりえげつないこと言ってますよね?ね?」
「どうでもいいからそんなことよりそろそろ行くぞ!」
雁金さんが会話の流れを無理やり断ち切り、そう言った。
「行くってどこにですか?」
「どこにって、トレーニングだよトレーニング!!まさか忘れたって言うんじゃねぇだろうなぁ?」
「………………あっ」
そう言えば三週間前、いや、二時間前に確かに≪隠者≫にそんなこと言われたような言われてないような…。いや、雁金さんから言われたのか?
時間の感覚がかなり狂っている。こんなこと毎日続けていたら本当に頭がおかしくなりそうだ。
「あっ、じゃねぇんだよクソガキィ!!さっさと行くぞ!!」
どすどすと大きな足音を立てベッドに向かい歩いてきた雁金さんは椋のズボンのベルトを掴むと本人の意思など一切汲む気のない容赦なしの力で一気に引っ張る。
「ひぃぃぃ!」
恐怖で体が固まり、引っ張られたことによりそのまま尻餅をついてしまい引きずられ、雁金さんの部屋から連れ出される。
「だから、ひぃぃぃじゃねえ!」
「イタッ!師匠!痛いです!!」
乱暴に壁にぶつけられながら玄関前まで引っ張られていくわけだが、もちろん椋の言う言葉に耳を貸すことなどなく、悲痛な叫びも全て無に帰すのだった。
○~○~○~○
同日 所 ???
街中でかなり長めの赤髪を揺らす女性は、煙草……ではなく棒のある飴を舐めながら携帯から放出されるホロキーボードを撫でる。
「みぃつけたぁぁ」
異様に長い舌を使いキャンディの棒を器用に回し、女はそう呟いた。
彼女の視界に映るウィンドウには某有名RPGの初期雑魚キャラのようなふざけた帽子をかぶった少女の姿が写りこんでいた。
「場所は?」
女は人目をはばかることなく、かなりの音量で独り言を並べで行く。
「日本か……」
ホロキーボードを撫でる指はいつまでも止まることはなく、舐め終わった飴の棒を地面に吐き捨てた女は独り言を続けながら大通りを闊歩し続けた。




