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マテリアル・エレメント 短編集  作者: 高城弥平
隠者の信託~thirdDay~
12/30

thirdDay 5

○~○~○~○


 心内空間内部時間3日目


 これまで何回この木をたたいてきただろうか?

 仮想ということはわかっているのだがやけにリアルな筋肉の疲労や精神的な疲労が身体中に襲いかかってくる。

 明確なゴールが指定されているにもかかわらず、それがあまりにも遠すぎてつかめないこのもどかしい感覚がここに来て3日目にして既に全身を覆っていた。

 本当に折ることができるのだろうか?そもそも折れるものなのだろうか?そこから疑いたくなってしまうほどに椋は疲れていた。


 この空間はそもそもが真っ暗なので時間という感覚が麻痺してしまいそうなのだが、ハーミットの粋な計らいで、この空間にチャイムのようなものをつけてもらった。今ではすっかり電子音に変わってしまったが、昔はどこでもよく聞こえたという梵鐘の音が1時なら1回、3時なら3回と時間と回数を比例させわかりやすくもないのだが、落ち着きがありながらも迫力があるそんな音で時刻を知らせてくれる。

 今、ようやく大鐘の音が12度連続で鳴らされた。

 数えていたというか、こちらの時間感覚に慣れすぎて既に体内時計が形成されてしまったようで、今が大体何時なのかということが脳で理解るようになってしまっているのだ。


 これまで2日と半日、どれだけこの木を殴ってきたのだろうか?脳内で反復される似たような言葉が椋の精神までもを破壊しようとしていた。


 叩いた木は《隠者》の象徴でもある若草色の結晶光らしきものをどこからともなく吸い込み、再びもともとの強度に戻ってしまう。

 それが大体3時間おき、日に8回もあるのでやってられないというのが現状である。

 十二回目の鐘が鳴り響くと共に、巨大な木の葉から溢れ出す若草色の光はこれまで三時間かけて少なからず削ってきた木の幹を全て元通りに戻していく。


 これまで削ってきたのはまるで自分のやる気だったかと思える程に虚しくも悲しい光景。ハーミットは何も言わず何もせずたまにこちらを様子を伺いに来る以外は特に何もせずにそこらを散策しているように見える。

 最初に彼自身が宣言していた通り、彼はその後一切の助言をくれず(こっちも望んでいるわけではないが)に本当に何もせずにずっとこちらを見ているだけという時もあった。

 

 地面に12時間ごとに一本、つまりは5本目の傷を刻み、経過日数を忘れないようにし、再び回復してしまった木の方へと向かう。

 隠者ノ木の硬さは正直異常である。前回、というか前にこの森に侵入し叩いた木々はそれなりに硬いもののそれぞれに手応えを感じることができたのだがこれにはそれがないのだ。枝でさえ折るのに苦労してしまいそうな木の正面に立った椋は、これまでと変わらず冷静に拳を構え、放つ。それを何度も繰り返す。

 ドンッ!!ドンッ!!とっ猛烈な重音が妄想の森に響き渡るが、いい加減これに意味がないということくらい自分でも気がついているのだ。

 いくら肉体が疲労しているからといって、いくら精神が疲労しているからといって、決して椋は考えることをやめたわけではない。能力の威力は、純粋に自分自身の能力に対するモチベーションによって左右される。《愚者》から教わったその大切な言葉を脳内で反復させながら、もう一度拳を突き立てる。


 何もわからない。この前の時は手に入れることのできた感覚もちまは全くと言っていいほど掴むことができない。

 まるで何かに阻害されてしまっているかのように。


 考えているあいだにも、妄想『光輪の加護』を何度も何度もその木の幹に打ち込む。

 

 一旦この木をおることから離れようという画期的なアイデアを思いつくのにはこの後3日以上の時間を要した。

 

 ○~○~○~○

 心内空間内部時間9日目


 正午の鐘の音が鳴り響く前に19本目の線を隠者ノ木付近の地面に刻むと椋は少し離れた別の木がある場所へと移動していく。

 この硬い隠者ノ木ではあの時の感覚をつかみにくい、そう感じたからだ。結局この移動で変わるものなのかはわからないが、少し細めの、この前この森に来た時と同じ太さくらいの木を探し、それに拳を入れる。木屑と金色の光をまき散らしながら放った拳は確かにあの時と似たような感覚を思い出させてくれる。

 バギッと悲鳴を上げる木が角度を付け倒れていく。こうやって気が折れるようになったのも結構最近だ。


 無駄にバキバキと木を追っていくわけではない。一本一本違う硬さやら、しなやかさやら、そんなものが拳を伝う感覚を味わいながら、次へ次へと進んでいく。


 これでも現実世界ではまだ1時間もたっていないというのだから実に不思議だ。こんな便利なものがあるなら《愚者》もそれを提供してくれてもいいものだと思うのだが、そういえばフールは非常に燃費が悪いやつだということを忘れていた。そんな無理をさせることはできない。


 一つだけ分かったのは自分がかなり力任せというか直接的に力を振るっていたということが身にしみてよくわかった一週間強だった。『光輪の加護』という激強の一撃と瞬足の移動を備えたこの能力。活用性を自分の頭の中で絞り込んでいたというのはまごう事無き事実だ。最初はただのじゃじゃ馬だと思っていたこの力もフールの言っていた通りなれていくことで活用性が広がっていく。今は足の方をほとんど使わず特訓をしているため、そっちの方はなんとも入れないが、手の方で言えば《愚者》が言っていた精度強化の件。あれは自分の中ではもうクリアできた気でいる。

 単純に能力が放出される箇所を意図的に狭めてやれば自然と威力が上がる。ホースと繋がれた水道と同じだ。ホースの先をギュッと押したらその分水圧があがる。

 『光輪の加護』をそれに当てはめ、試してみたところ、微々たるモノながらも確かに威力は上がった。繰り返していけばドンドンどころかバンバン威力が上がっていくのが実感できたのだ。

 

  『そろそろ隠者ノ木に挑戦してみてもいいのではないか?』


 そんな声が学校の放送のようにどこからともなく聞こえてくる。この空間にいる人間(?)は椋と《隠者》しかいないので、放送主はもちろんハーミットだ。

 

 「いや、まだまだ!」


 《隠者》への返答に少しだけ神経を裂きつつも、目の前にあるそれなりに大きな木に向けて思い切り拳を放等とする。

 強いイメージを脳内でつくる。肩を伝い上腕を通り、手の先まで一筋の道となって繋がっていくそのイメージ。拳に到達したそれを放つ。

 これまでは衝撃に耐え切れなくなってメシメシと悲鳴を上げ、拳を放った向きに倒れていっていたはずの木が、今回はくの字に折れ曲がるようにこちらに倒れてきた。これも純粋な威力アップがあってこそだろう。

 

 『そうか……まあまだ時間はある。ゆっくりと頑張りなさい』

 「はいッ!」


 簡単な返事をし、再び木の幹に拳を叩き込む。傍から見たらどう見ても危ないやつな今の椋だが、今はこの能力の成長の実感が嬉しくてたまらないのだ。上達していくのがわかる。これがどこまで続くかなど定かではないが、確かに感じられる変化はさらなる努力へと結びつく。

 こういってしまうとなんだが、木をおるためのコツも掴んだ。

 これまでは力を無理やり押し付けていたのだ。そのため柔軟性の高い木は反発し、折れなかった。ならば力の向きを調節してやればいい。無理に抗うのではなく、それを受け入れ同調させる。それを理解し成果を身につけるまでにはかなりの時間を費やしたが、形だけでも習得した途端にすべてが変わり始めたといってもいいかもしれない。

 《愚者》の目的のためにも少しでも強くならなければならない椋にとって、この修行は、能力を使えなかった10年間を取り戻す絶好の機会なのだ。貪欲に湧きあがってくる『強くなりたい』という欲望が、椋を一層修行にのめりこませたのだった。

 

  ○~○~○~○

 心内空間内部時間20日目


 ここに居る時間は500時間、つまり20日と20時間。今その時間が終わろうとしている。

 内部時間の正午のチャイムはっとくの昔になった。そして今合計7回目の、外部時間で言うなら午後七時を告げる大鐘が鳴り響いている。残り時間は一時間。しかし椋はまだ隠者ノ木に手を出していなかった。


 この空間内で3時間おきに修復されるのは隠者ノ木と悠乃ノ木のみである。それ以外は《隠者》自身が修復を止めているのだとか。

 この20日間、といっても最初の一週間ほどは殆どを無駄にしてしまったため、約2週間と言ったほうが正確かもしれないが、椋はひたすらに森の木々を折り続けた。

 睡眠時間を削ることはなかったが、起きているあいだは休憩など一切狭間ずに、身体染み込ませるために、脳に焼き付けるために、感覚を手に入れるために常に巨木たちと向かい合ってきた。


 バギッと再び乾いた悲鳴が聞こえ、大きな音を立てながら巨大な木が崩れ落ちる。もちろんそれを折ったのは椋。

 いけるという確信が身体中を駆け巡っていた。このまま隠者ノ木に向かえば間違いなくあのモンスターツリーをへし折ることができるというイメージしか頭の中になかった。


 「まさか森の木を全部折ってしまうとはのぅ……………」


 椋にそう語りかける《隠者》の表情と、その周りの風景は非常に寂しいものであった。

 森の木々はとある2本を残すいてすべて地に伏し、無残な切り株がその悲惨さを物語っているような気がする。といってもこれをやったのは全て自分自身、その時は必死になってやっていたため気にも止めなかったが、今振り返ってみると悪の所業としか思えないほどの惨劇の後にも見えた。


 「すいません…………」

 「いやいや、謝ることはないんじゃ。どうせ修復できるのだからな」


 そう言いながらも修復を始めないのは今の椋のモチベーションを下げさせないためだろう。


 「それより隠者ノ木ってどこにあるんですかね?若干迷子気味なんで案内してもらってもいいですか?」

 「うむ、よかろう」


 そう言ってハーミットは指をパチンと鳴らす。

 まるで地面から風が吹き出しているかのように折れた木々の葉が舞上げられ、《隠者》の前に集結する。若草の光とともに、これまでとは違い大きな、椋でも通れるようなサイズの門を形成した。

 

 「では行こうぞ隠者ノ木まで!!」

 

 

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