thirdDay 4
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「さあ椋殿、能力を展開してくだされ」
「はい…………………」
辺りを大木に囲まれた不自然で違和感だらけのこの空間で、二人(?)は向かい合い、ハーミットにそう言われた椋は素直に『光輪の加護』を展開しようとする。
さてここに来て一つの疑問が浮かぶわけで、ここは《隠者》と師匠の心内空間。そんなところで能力の展開などできるのだろうか?という本当に至って素朴な疑問だ。ここは騙されたと思ってとでも言わんばかりの表情で(といってもローブでほとんど表情は見えないが)ずっしりと構えるハーミット。実践あるのみだ、とその疑問を飛ばす前に、小さく呟いた。
「『光輪の加護』…………………」
金色の光が椋の胸元、透明の天然結晶から溢れ、全身を包み込む。ある程度の光が溜まったところでその光は四肢に行き渡り、それぞれに四つの光輪を形成した。
「おぉ、それが椋殿の《愚者》の力か」
「はい」
「いつ見ても《愚者》の能力は美しい……」
何か懐かしげな表情を浮かべる《隠者》、そのまま「あの時もそうじゃった」と付け足すように言う。
「あの時って?」
意味深な発言に疑問を抱き、すぐに訪ねるが、ハーミットはそれ以上答えることはなく、沈黙を続けた。
何事もなかったかのように手をパンパンと二度ほど叩き、話題をそらす《隠者》。
「そろそろ始めるぞい」
と聞かれたくないというより、聞かせたくないといった表情でフードを深くかぶり直しながらそう言うハーミット。もちろん逆らうわけにもいかないし、この場の空気を悪くするのも正直好ましくない。深い詮索はなるべく避け、《隠者》の指示に従う。
「椋殿には先日の続きをしてもらう」
「先日?」
「そうじゃ。この森で気に向かい拳を放っておったじゃろう?それをこの場でも続けてもらう」
確かに見覚えのある木々を抜けて《隠者》はある一点に向けて小さな指を向ける。
そこにあるのは巨木、ツリーハウスのそれに匹敵するかもしれない直径、高さを誇る巨躯の木は不自然な空間の中にあるにもかかわらず十分どころか、厳格さをも見せる存在感を見せ静かに佇んでいた。
「椋殿にはあれを折ってもらう」
「あれを………ですか………?」
ゆっくりと歩みを勧めながらその巨木への距離を縮めていく二人(?)。
「そうじゃ。この木はの、この森に住み始めた大体200年ほど前に苗を植え、正の《隠者》としてのワシの力を徐々に注ぎながら育てた木じゃ。ほかのものと比べてかなり頑丈にできておる銘木じゃ」
「あのツリーハウスの木と同じようなものなんですか?」
「まぁ見た目通りそう言う事じゃ。あっちはユノ自身がワシの力を注いだもの、まあいうなればこの森の中心、名づけて|『隠者ノ木』じゃ」
椋が木に触れる頃にはしっかりとこの木の説明をされるわけなのだが、どうやっても消えない単純かつ最大級な疑問が脳を圧迫する。
「ひとつ聞いてもいいですか?」
「なんじゃ?」
「なんでこんな木植えることになったんですか?わざわざ苗を買って育てなくても、あの森なら探せばいくらでも新しい芽位見つけられますよね?」
この疑問を放つと、《隠者》は少々黙り込み悩みのような表情を見せた後に語り始めた。
「あれはの椋殿……ユノにとっての唯一確認できる時計なんじゃ……………」
「…………唯一………?」
ハーミットのあまりに陰気な語り声は誰を思ってなのか実に重いものであった。
「そう、負の《太陽》に成長を止められたその日、その時間からユノのすべての時間は止めってるとはいたな?」
「はい………師匠自身も話してくれました…………」
「それは体感的なものだけではなくそれに関すること全てに働いておるのじゃ……」
「全て?」
そう尋ねると、先程まで自分たちがいたツリーハウスがある『隠者ノ木』の片割れ、悠乃ノ木を指差し、隠者は言う。
「ユノはのう、時計というものが見えないんじゃ。時間というただの表記がユノには何があっても見えない。故に自分がどれだけの時間起きていてどれだけの時間休んだのか、今は何時で今日は何日か。そんな単純なこともわからない。それを解決するために始めたのがこの『《隠者》の木』じゃった」
はっきりとした返事が返ってこないということを理解してか、《隠者》は椋の返事を待つことなく続ける。
「毎日日没と同時に力を注ぐ。それがユノの一日の感覚じゃ。失ってみないとわからないものじゃが、時間という概念を失っているユノにとって正確に一日を感じる方法はこれしかないんじゃ」
「そうなんですか…………でもそんな大切な木を折ってもいいんですか?」
そんな質問にハーミットは談笑しながら適当に切り返す。
「何を言っとるか。ここは心内空間、言ってしまえばただの妄想じゃ。いくら木が折れようといくらでも再生できる。気にする事ではないわい!」
「はい…………分かりました………」
と、ここで最大級の疑問が解決したわけで、『光輪の加護』を展開させた椋は『《隠者》の木』の単極、隠者ノ木の前に立ち、これまでの暗い話を吹き飛ばすように冷静な頭で拳を構える。どこかの拳法のように、右足と共に右拳を引き力を貯める。
「ハァァァァァァア!!」
叫ぶ。と同時に構えた拳を隠者ノ木の幹の中心に叩き込む。まるで木が野太い悲鳴でも上げているかのようにかなり低い音が妄想空間に行き渡る。
もちろん隠者ノ木はそんな簡単なことで折れるほどやわな物ではない。さして揺れることもなく、音も自然と消滅していき、最終的には何もなかったかのようにその悠然たる姿で静かに立つ。
「ダメじゃの椋殿。そんなものでは3週間どころでは終わらんぞこの修行」
構えた右拳を木の幹から話し、姿勢を元に戻してから《隠者》に尋ねる。
「いったいどうしたら?」
「それを探すのが《愚者》からの課題なのだろ?ワシが手伝ってどうするんじゃ」
「そうか…そうですね!!」
前にこの森に来たときもそうだ。《愚者》がいないからといって思考停止しただ殴るだけ。感覚を手に入れる直前に止められてしまったわけだが。
今、あのときの感覚を…。
イメージだ………。
と、目を閉じ全神経を右腕に注ぎ込む椋、
再び拳を構えるとともにとてつもなく大切なこと思い出し、その集中を一気に乱してしまう。
「そういえばハーミットさん、この『光輪の加護』って回数制限付きの能力なんで一日8発しか打てないんですけど…………………」
「それは前にも聞いたわい。さっき打ち込んだ手をよく見てみなさい!」
大切なことなのに…………………とショボくれながらも右腕をよく見わたす。
《愚者》を象徴する金色の輪っかが右腕にはしっかり4つついている。
「あり?4つ?」
「さっきも言ったじゃろ?ここは言ってしまえば妄想の空間じゃ。なにか起こっても何も起こってない。それがこの空間なのじゃ。椋殿の能力がいくら回数制限付きとは言え、それは現実世界で能力使用のためにエネルギーを消費するからじゃ。この空間そんなこと絶対に起こらんからの」
「ほう………なるほど………。でもなんで光輪は4つ形成されたんですか?これが残数を表してるんですから無限ならこれも無限に増えるんじゃ?」
「わかっとらのう椋殿。その能力はお主のイメージじゃ。固定されたお主の《愚者》の能力というイメージ、それをワシら《隠者》の心内空間で再現しているだけに過ぎんのじゃ。簡単に言えばそれが椋殿の妄想じゃの」
ほへぇ……………と感嘆の声を漏らしながら自分の腕に向けた視線を元に戻す。確かにこの空間は椋にとって最高とも言っていい修行空間とだろう。そんな場と機会えお提供してくれているということを再び脳の端のほうにしっかりと書き込み、再び《隠者》に話しかける。
「すいません、質問に答えてくれてありがとうございます。絶対この隠者ノ木を折ってやりますからそこでうたた寝でもしながら待っててください!」
そう言って今度は左拳を構え、目の前の大木に向かい、その一撃を放った。




