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マテリアル・エレメント 短編集  作者: 高城弥平
隠者の信託~thirdDay~
10/30

thirdDay 3

○~○~○~○


 「少々遅れとるぞユノ!」

 

 珍しく少々怒りの声が混じった《隠者》の声が部屋に響く。


 「わりぃジイさん。ちょいと話し込んでてな」

 「まったく………」


 とぼやきながらも、ハーミットは本題に入る。


 「さあ椋殿、こっちじゃ」


 ハーミットはそう言って椋を別室へと呼ぶ。雁金さんが早朝にしてくれた話では起きている間は雁金さんと、寝ているあいだは《隠者》と心内空間での修行と言っていたので、おそらくというか間違いなくというか、今から寝るのだろう。

 まだイマイチしんない空間というものがわからない。250倍の時間が流れているとは言っていたが、実際それはとんでもないことだ。たった1時間眠るだけで、そこでの時間は250時間、つまり10日と半日だ。そんなものが使えるならフールも教えてくれればいいものを………。

 《隠者》に案内されるまま、椋は木漏れ日と自然の暖かさを感じるやはりウッド調な部屋に連れてこられた。部屋には大きなベッドがひとつ。真っ白なシーツに光が反射し、目を射るが、よくよく冷静に考えてみれば、ここは雁金さんの寝室だということに気がつく。


 「師匠……いいんですか?」

 「んあ?何がだよ?」

 「いや、普通嫌じゃないですか?自分のベッドにほかの人が寝るって」

 「アンタそういう細かいこときにするタチなのか?彼女できねぇぞ?」


 あたってます。と素直に言えないのが男という生き物である。もちろん生まれてこの方彼女のなんてものは出来たことはない。女友達は沙希と真琴、その妹の優奈だけ、男友達に至っては0と行っても過言ではない。

 何も答えず黙っていると、《隠者》はわざとらしく咳き込み、「イイかの?」といい、雁金さんの許可を取ろうとする。もちろん雁金さんが断ることなどなく、縦にまっすぐ首を振り、許可の意を示した。


 「し………失礼します………」

 

 純白のベッドに腰をかけ、寝転がる前につぶやくようにそう言う。


 「おう!遠慮なく使え!!」


 念の為にその言葉を聞いてから、倒れこむように体の力を抜き、ベッドに沈み込んだ。

 某アルプスの少女の藁の寝具ではないが、反発が少くかなりすごく寝心地がいい。ほのかに差し込む光と暖かさもあってか、1分目を瞑っていれば自然と熟睡できそうなほどだ。

 足までベッドに乗せると、《隠者》が椋の腹の上に乗り、まるで催眠術でもかけるかのように静かにゆっくりとした口調で語りかける。


 「では、行くぞ?」

 「はい……………」


 昨日、自宅で《隠者》と雁金さんのしんない空間に行った時とは違い、隠者は椋の胸の少し左より、心臓の近くに向かい小さな拳を立て、思い切り、叩きつけた。

 さして痛くもなく、ただ隠者に身をゆだねていると、前回と同じように真っ暗で無機質、無重力の空間に移動する。目の前には《隠者》が、無重力なのにもかかわらず、直立不動(といってもどっちが上でどっちがしたなのかもこのくらい空間では判断しかねるのだが)でこちらを睨んでいる。


 『これから椋殿には約2時間の睡眠をとってもらう。もちろん現実で、じゃ』

 (…………………どういうことですか?)

 

 なぜここにいるのに現実での話をするのか正直に意味がわからなく、すぐにハーミットに尋ねる。


 『簡単なことじゃ。人間は真にリラックスしておれば二時間もあれば体の疲れなど簡単に取れる。今から現実で二時間体を休め、その分心内空間で約三週間、能力の修行をしてもらう』

 (三週間!?)


 その驚愕の発言に少々思考回路がついていかなくなる。

 

 『また二時間後に起きればといってもこっちでは500時間後じゃが……再びユノと身体的なトレーニングを行うことになる。頑張れよ少年』


 嫌な笑みを浮かべながらからかうように言う《隠者》。

 時間を取らないという面では確かにこっちのほうがいいのかもしれないが、30倍程想像を上回る現状に正直ついていける気がしないのだった。 真っ暗で無機質な空間が、ハーミットが指を鳴らすと同時にぱっと切り替わり、不意に重力のようなものにひかれ、ふわふわと浮いていた身体がなにか柔らかいものの上にボスっと落ちる。

 それは真っ白なシーツ。よくよく周りを見渡してみるとここは先程椋が眠りについた部屋だということがすぐにわかった。こんなほぼ木調の部屋は今時珍しい上に、言葉通りたった今までそこにいたのだから見紛うわけもない。先程と変わったところといえば光がないということだけだ。

 見た人が100人いれば100人が気がつくほどに不自然な空間。

 夜ではない、月の明りが差していないのだから。そのくせやけにはっきりと空間が認識できる。夜に電気を消した光のない部屋で人間はどれほどのものを認識できるだろうか?差はあるだろうが、人間の目は暗闇に適していない。せいぜい「大体そこにアレがある」というのが経験則でわかる程度だろう。

 しかしこの空間は光がないのにモノがはっきり見えすぎるのだ。そう、風景画の背景だけを影など気にせずただ黒く塗りつぶしたかのように違和感が際立つ、そんな空間だ。


 「気持ち悪いかの?」

 

 訪ねてくる老人は少々やる気でも出てきたのか腕を回し肩を鳴らしながら椋にそう質問を飛ばす。それがわかりきっているかのような質問なので素直に首肯し、「で、」と続ける。


 「ここは一体なんなんですか?」

 「先程と変わらん心内空間じゃよ。ただ仮想の重力と、ワシが一番再現しやすい風景を加えただけのな」

 「これってどの辺りまで続いてるんですか?」

 

 何度も疑問を重ねてしまうが、そんなことを考えれないほどに不思議なことなのだから仕方がない。

 自慢気な表情を浮かべたハーミットは、ローブの下で小さな鼻をフンッと鳴らし、宣言する。


 「この森全部をほぼ完全に再現しておる!」

 「おぉぉぉ!!」

 「ちなみに木や川の位置などもな!!」

 「おォォォ!!!」

 「聞いて驚くなよ?日々変化する地に落ちる葉、隆起する地面、川に流される小石までもを再現しているのじゃ!!」

 「オォォォ!!!!スッゲェ!!」

 

 そんな《隠者》の『正直そこまでしなくてもいいだろ』と誰もが思うことにいちいち感動を見せる椋。正直どうでもいいと言ったらどうでもいいのだが、それ以上のことを考える暇を与えず、ハーミットは続けた。


 「今から椋殿がフールのやつから与えられた課題をこなしていくとしよう。では行くぞ?」


 完全に再現された、雁金さんが消えた部屋のベッドからふっと立ち上がり、先を行く《隠者》についていった。 

 

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