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追い出される。

本作は現代風異世界です。

「この馬鹿者がっ!!」


「っあぅ!?」


九醸(くじょう)家の居間に頬を強くはる音が響く。

倒れ臥す太った少年。それを睨みつける少年の父。

そして、父と同じように冷たい視線を浴びせる少年の姉。

少年の弟も同室にいるが、少年に目線を合わせようとせず、嫌悪の表情で明後日を見つめていた。汚いものを見たくもないとばかりに。


少年をどうしても甘やかしてしまう、母と祖父はこの場にいない。


「なぜ、お前はこんなにも愚かなんだ、朝霧っ!!」


「……っぐ」


少年の名は、九醸朝霧(くじょう あさぎ)。九大家の一角、九醸家当主、九醸朝月の第二子にして長男、そして祖父と母に甘やかされて自堕落に育った、九醸家の問題児である。


「まさか俺の子が、女子を部屋に連れ込んで乱暴しようとするなどッ!!」


怒りに拳を握りしめて、全身を震わせる朝霧の父、八切(やぎり)


九醸朝霧は林間学校中に、同学年の女子、天使詩織(あまつかしおり)を誰もいない個室に連れ込んで、犯そうとした。

事が始まる直前に、偶然通りかかった九大家の子息、一生直幸(いっしょうなおゆき) の暴力よる制裁により未遂に終わった。

しかし、事は明らかになり、学校中に知れ渡ることになる。

朝霧は一週間の謹慎を言い渡され、今に至る。


ちなみに、朝霧の処分がこの程度で済んだのは、彼を溺愛する祖父と九釀家現当主の母、朝月の手によるものである。

加えて、朝霧が犯そうとした少女が未遂のため肉体的に無事で、かつ朝霧の方は制裁による怪我を負っており、また少女の家格が九大家より遥かに劣る事も要因だ。


「おまえには、家を出て行ってもらう」


「そ、そんな、パパッ、酷いよあんまりだよっ!!」


朝霧は這い蹲りながら、涙目で父に懇願をする。


これを見てくれ、全身を強かに痛めつけられ痣だらけだ。顔だって沢山殴られて腫れ上がっている。背中も執拗に踏みつけられ、腰も背骨もズキズキしている。こんな状態で投げ出されては死んでしまう、どうか、どう情けをくれ、と…


太った体震わせ、醜く腫れ上がった顔を涙と涎で濡らし、惨めに許しを請うた。


「ダメだ。許さん」


「そんな!?」


しかし、父、八切の返答は否。容赦などしない。


むしろその怪我に感謝をしろ、それがなけばお前は純然たる加害者として、勘当していた。今回は未遂であり、その怪我が罰となったからこそ、首の皮一枚繋がったのだ。九醸家の籍は抜かないでやるが、もう二度と家には入れん。必要以上の金も出さん。最低限の衣食住は用意してやるので、即刻出て行け。


そう申し渡した。


「い、いやだ」


「お前に拒否権はない。叩き出されぬ内に自分で出て行け」


今にも殴り出しそうな父の剣幕に、朝霧はそれが本気であることを知る。

姉に目を向ければ、父と同じように「実力行使も辞さない」という目をしている。

一縷の望みをかけて弟を見やれば、弟は汚物を見る目で朝霧を見ていた。


朝霧の味方はここにはいない。


「せ、せめておじい様とママに…」


「ダメだ」


言い切る前に、八切から否が入る。


「二人も納得している。しているから、ここに居ない」


「そ、そんな」


崩れ落ちる朝霧。

今まで、ずっと甘やかしてくれた、大好きな祖父と母。

いつだって味方をしてくれた二人が、ついに朝霧を見捨てたのだ。


「う、うぐぅ…」


今までで一番の量の涙が溢れでる。大好きな二人に見捨てられてしまった。それだけの事をしでかしたのだと、今更になって理解したのだった。


「さあ、出て行け」


「ぅ、は、はい」


泣きながら出て行く朝霧。痛む身体を引きずりながら。


去り行く朝霧に、姉と弟はついぞ一言も話しかけることはなかった。


ーーーー


家の運転手に送られて到着したのは、朝霧が通う学舎から4キロほど離れたところにある、古びたメゾネットタイプのアパートであった。

一階に、玄関、小さなキッチン、小さな風呂と狭いトイレ、控えめなリビング。

二階はベランダつづきのフローリング小部屋と、畳の小部屋の二部屋。

一人で住むには十分すぎる広さだが、古い。築30年以上、かなり古い。

今の今まで豪邸住まいであった朝霧にとって、この家はあまりに狭く、そして見窄らしいものだった。


「こんなの、人の住むところじゃない…」


運転手は朝霧を下ろすと、すぐにいなくなった。

外観を見て呆然と立ち尽くしていた朝霧は、しばらくして幽鬼のように借家へと入っていく。

そして屋内を見て再び絶望し、そして放心した。


「ぅ、ぅぅう、僕が、なんで、こんな」


一時間ほど惚けてから、突如泣き出す。なぜこんな事になったのかと、我が身の不幸を嘆いた。


朝霧は思う、あんな事をするつもりは無かったと。


九醸朝霧(くじょうあさぎ)は身勝手で傲慢である。だがそれには理由があった。正当で真当な理由ではなが、確かに理由がある。


朝霧は本当に出来の悪い子供だった。名門、九醸の子でありながら、あまりにも非才で低能であったのだ。

もちろん周りの者は皆、秀才で有能である。その中で、彼だけが凡愚であった。

だから彼は身勝手に振る舞い、傲慢な態度をとった。

要するにグレているのである。試し行動をしているのである。

非常に幼稚なのである。


そんな朝霧には、とびきり最悪な親族がいた。

彼の母と祖父である。

朝霧の目は愛らしいタレ目をしている。今は醜く太ってしまって愛らしさが半減しているが、その瞳だけを切り取れば、確かに魅力的な部位である。今となっては唯一のチャームポイントと言えよう。

この瞳が、彼の祖母にそっくりであった。

朝霧の瞳は早くに亡くなった、九醸家当主の朝月、その母のものに良く良く似ていた。

朝霧の瞳は早くに亡くした、先代当主の宗大(そうだい)、その妻のものを思い起こさせた。

朝月は大好きであった母を想い、宗大は愛しき妻を浮かべ、朝霧を溺愛してしまったのだ。


かくして、問題を起こし続ける愚息と、それを際限なく許容してしまう毒親が誕生してしまった。


しかし。


根が小心者の朝霧は、実のところ、そこまでの問題を起こしていない。

確かに彼は身勝手で傲慢だ。しかし、それは周りが眉を顰めて見て見ぬふりをする、その程度のものでしかない。

誰かを傷つけたり、とんでもない散財をしたりとかはなく、精々、家格が下の者に高圧的な態度で暴言を吐く程度だ。しかも、愛されて育った彼に本質的な陰湿さはなく、つまりはネチネチしていない。要するに、近寄らなければ被害はない程度の害悪でしかなかった。

加えて、家格が同等の九大家に対しては偉ぶれない為、自ら避けるような小物だ。

なので、朝霧は確かに問題児だが、強制排除される程の致命的な問題児ではなかった。


そう、これまでは…


「なんで、あんなこと…… ぐすっ」


朝霧は思い出す。あの日、あの時。

前々から、天使詩織のことは気になっていた。いや好いていたと言っていい。どうして好きになったのかは本人にも判らないが、確かに彼は彼女に恋愛感情を抱いていた。


しかし、稚拙な朝霧にとっての好意の示し方は、高圧的な態度での「食事を奢ってやっても良い」「休日に遊んでやらんこともない」と言ったものだ。

当然好意を返してもらえるはずもない。

それどころか同じく天使詩織を好いている、一生直幸(いっしょうなおゆき)二界正司(にかいしょうじ)三世義将(みぜよしまさ)の九大家子息三名に、煙たがれ警戒される始末だ。

通常の朝霧であれば、同格の九大家子息に睨まれた時点で引き下がるのだが、天使詩織に対しては珍しく執着していた。


そして、事が起こる。

通常の、そう、普通の朝霧であれば決してしないような蛮行。

女子を密室に連れ込んで犯さんとする行為。

それを、何故か、朝霧は、自分の意思で、実行してしまったのだ。

まるで、目に見えない何かの力に、突き動かされる様に……


「僕は悪くない、ちがう、僕が悪いんじゃないんだ…」


確かに自分の意思で行った。その実感がある。

しかし、あの時の自分は、確かにおかしかった。

なにかが、狂っていた。


「ぐす、ぐすっ、ぅぅ、なんで、なんで…」


涙と惨めさで体が震える。その震えで体が痛む。しかし、涙が止まらない。


「いやだ、いやだ、ぅ、痛い、ぐぅぅ」


朝霧はずっと泣き続け、そして泣き疲れて眠るのだった。


ーーーー


ーーーー


ーーーー


熱い。


「…がっ、っはッ」


心臓がバクバクと煩いほどで、全身から汗が流れ続ける。

目の奥も、脳の芯も、腹の中も、骨の髄も、全てが茹でられている様だった。


「ッ!…っっぁ!?」


喉はとっくに枯れ果て、声にならない悲鳴が漏れる。

朝霧の周りには、汗の水溜りが出来ていて、それが広がり続けている。


溶けている。


朝霧は自分の体がそうなっていると思った。いや正確な思考はできていなかったので、朦朧とした意識の果てにそう感じていた。


溶けて死ぬのだと。


太った肉体が溶けていく。

ついでに、傲慢さと、身勝手さと、稚拙さも…


あと。


男性器とかも。


ーーーー


ーーーー


ーーーー


「…………生きてる」


部屋に可愛いらしい声が響く。

差し込む朝日に目を覚ました少女が、緩慢に身体を起こす。


周りを見渡せば、酷い有様だった。

油ぎった体液が周りに撒き散らされていて、その体液を吸って重くなった衣服がベタベタと身体に張り付いて気持ち悪かった。


「………………ぇ」


見回した瞬間に目に入る、細い手足、長い黒髪、そして胸。

小ぶりだが、確かにある、女性の乳房。それが、自らの胸元にあることを、朝霧は認識した。


「………………ぁぁ、うん」


朝霧は、冷静に現状を受け止める。

自分は、所謂「性転化」を罹ったのだと。


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