8 少年は説明する
凄まじい速度の飛行は、段々高度が下がり、ゆらゆらと着地した。
「げほっ……!」
濁った咳をしたアルは、血を吐いた。
「これだけ逃げれば、直ぐには追って来られないはず……」
呟きながら、彼女を見る。先ほどまで背中から腹まで貫かれていた彼女は、荒い息を吐きながらじっと目をつぶって、その傷に手を当てている。
「げほっ、がはっ…………」
濁った咳を、二度、彼女の赤い髪の色は、先ほどより暗く澱み、ボクを追い詰めた時の半分くらいの圧力になっていた。
「……傷、治したの?」
「これくらい、精気さえあれば治せるわ」
体力……じゃない、精気をだいぶ消費したらしい彼女は、体をゆっくりと起こして
「それで、アンタ、どういうつもり?」
「ぐぇっ…………」
ボクを押し倒して、首を絞めてきた。
「アンタも勇者の子なの?」
その目は憎悪に染まっていて、選択を間違えたかと後悔した。
「……………ボ、クは……勇者の……12人、の……子じゃ、ない」
首を絞められながらもどうにかそういうと、僅かに手が緩む。糸のように細いが開いた喉で、必死に空気を吸う。
「なら、あの男が噓を吐いてると?」
「違う」
やっと息をして、吐きだす。
「ボクは、勇者の子だ、13番目の……不貞の子」
「…………何があったか、余さず話しなさい」
「そんなこと、してる場合じゃ───」
「話さないなら、殺すわ、今、ここで」
グッと再び首が絞められて、分かった、とどうにか絞り出す。
こんな話は、したくなかったのに。
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ボクは公的には、親のいない子になっている。
父さんは勇者で、母さんは見たことない。
母さんはボクを産んでどこかに消えて、父さんはボクを息子と認めてくれた。
でも、それは、12人いる父さんの妻には、耐えられないことだったみたいで。
王宮に父さんがいない時は、いつだって死ぬかと思ってた。騎士団長のおじさんとか、メイドとか、助けてくれる人が居なかったら、きっと、とっくの昔に死んでた。
ボクの背、伸びないのは赤ちゃんの時に栄養が足りなかったんじゃないかって、父さんは何度も謝った。
ボクは、色んな呼ばれ方をしたよ。
売女の子とか、娼婦の子とか……あとは、淫魔の子、なんて呼ばれ方もした。
……怒らないでよ、君らだって、角無しの子とか、そういう言い方はあるんでしょ?
父さんは、ボクを可愛がってくれて、でも父さんは身体が弱かったんだ。
……噓じゃないよ、『勇者の力』ってのは強すぎて、それを沢山の人に使わされて、その反動で、父さんはいつも、ベッドの上に居た。
噂にあるような、強く、賢く、素晴らしい勇者なんて、見たことない。ボクの中で父さんはいつも苦しんで、悩んで…………帰りたいって、言ってた。
父さんは勇者になる前、ただの、どこにでもいるような人だったって言ってた。名前も、本当はもっと短い名前だって言ってた。
ボクの名前は父さんがつけてくれたんだ。短い名前だけど、父さんには長い名前の意味とか分からなかったんだって、まぁ、長い名前になってたら、きっともっと面倒になってたよね。
名前の由来は…………愛って言ってた、愛しいとか、愛してるとか、そういう意味を持ってる呼び方なんだって。
父さんは、他の子に会えなかった。名前だって自分でつけられなかった。それが王宮の普通だからって言ってたけど、可哀そうだった。
なんで12人も娶ったのかって……それはこっちが聞きたいくらい。父さんは『勇者』で、その血筋は貴重だからとか……そうしないと、いけなかったんだって。
王家に伝わる三つの秘宝って知ってる? 『魔法封じの匣』と、『聖剣』と、『無限収納の指輪』……王家に伝わる、なんて言ってるけど、指輪はもともと父さんの私物だったんだって、勇者にさせられた時に、変な機能が付けられたって……。
ほら…………ほれ、ひれいれひょ……………………んぐ、と………………気づいてなかったよね、ずっと喉に隠してたの。
父さんが、この指輪を僕にくれたんだ。
父さんが死んじゃった後、これを取ろうと追い回されて、この指輪にあった転移魔法の巻物を使って、ここに来た。
…………だから、喉に隠してたんだって、メイドに教えてもらった手品だよ、喉の奥にある袋にぐって入れる……だから、喉の奥の袋……袋があるの、続けるよ…………?
そう、うん、首輪も指輪の力で取った、巻物も、さっきまでアルに刺さってた剣もね。
でも、王宮の大半の人はそれを良く思ってなくて、きっと12人の妻たちも、良く思ってなかったんだね。
ボクは罪人、お尋ね者、王家の秘宝を掠め取った盗人として追われてるってわけ。
もしくは単純に、父さんが死んだから、今まで殺せてなかったボクを始末しようってのもあるかもだけど………………
アルセリアを庇った理由?……………………ああ、うん、逃げるのに使えそうだと思ったけど、それだけじゃないよ。
父さんの願いは、全員が仲良くする世界なんだって言ってた。魔族と人間が仲良くする世界、そのために、魔王を倒して、少しずつでも和平を進めてきた。
だから、『勇者の子』であるクラークスが、有名なサキュバス家系の君を殺すと、それが遠のきかねない。サキュバスの仲間意識の強さくらいは分かったからね。
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独白を終えて、ぼんやりと彼女を眺める。
こうやって考えると、今まで生きてたことが奇跡みたいだ。
クラークスに殺させるくらいなら、アルセリアにこのまま殺された方がマシなのかもしれない。
……………なんて思っているけど、ボクの首を絞める手に、ほとんど力が入ってないな?
「……………………」
じっとボクの目を見つめる真っ赤な瞳、そこには憎悪とか、嫌悪じゃない…………困惑?のような、彩が見えた。
「……ボクを殺す気ならさっさとして、殺す気が無いなら、協力しよう」
「……協力?」
「ああ、クラークスを二人で倒そう」
ぐっと上体を起こす、彼女はそれを止めなかった。
「……倒すのなんてアタシ一人で出来るわ、だって、さっきアタシを貫いた聖剣は、指輪の中なんでしょ?」
「違うよ、アレは聖剣じゃない」
「聖剣じゃ、ない?」
眉をひそめた彼女を見ながら、指輪を使い、さっき仕舞った血付きの剣を出す。
「ほら、これはただの剣…………質の悪い、剣の形をした鉄だよ」
「噓でしょ……だってこのアタシの爪で折れなかったのよ?」
彼女に剣を渡すと、くにゃりと指で簡単に折り曲げて、千切ってしまった。
「『勇者の子』としての能力だよ……アイツらは全員、勇者の血が覚醒してから、特異技能を持ってるんだ」
「特異技能……」
「クラークスロットは『疑似聖剣』、剣の形をしたモノを、聖剣にする力…………聖剣と同じ寸法でなくちゃいけないらしいけど、それさえ守られていれば、クラークスは聖剣を何本だって使える」
「な…………なら、アタシが弾いた剣が背中に刺さったのは──」
「聖剣としての能力だね、聖剣って飛ぶから」
「飛ぶの……?」
「うん、ビュンビュン飛ぶよ、多分クラークスが一人でここまで来られたのも、聖剣に乗って来たからだと思う」
「海を渡って……?」
「うん」
アルセリアは笑いを堪えて、少し失笑した。多分その絵面を想像したからだろう。
「……あ、そうだ、アイツ、アタシの魅了が通じなかった!それも聖剣の力?」
「多分違うと思う、単に通じないだけだよ」
「ムカつく!」
ボクは口から指輪を出して、薬指に嵌め、その表面を指でなぞる。父さんがよくしていた癖で、真似をすると安心できる。
「…………勇者の子の特異技能……なら、アンタも何か持ってるの?」
「……………………ボクの特異技能は可愛さだ」
「可愛さ?」
「異論は認めない、ボクは最高に可愛い、父さんが一番愛した子だ」
「…………そういえば、アンタ、力が眠ってるとかどうとか言ってなかった?」
「特異技能が発現しないからなんだっていうんだ!!そんなんなくたってボクは父さんの子だ!!」
「……デリケートなのね」
ええい、変なこと言うから考えがまとまらない…………何とかしないと、ここでクラークスに指輪を奪われるわけにはいかない、かと言って、聖剣には敵わない、指輪の何を使っても意味は無い、聖剣化している剣は仕舞えない……
どどどどど、と音がした。
「おいおい……噓でしょ……」
辺りの木々が一直線に斬られ、幹が倒れ、他の木を押して、更に倒れていく。
「もう来たようね」
アルセリアがボクの身体を抱きしめ、駆け出した。時折曲がりながら、森の奥深くへと駆けていく。
「協力してくれるの?」
「ええ、少し聞きたいことがあるから、それを聞くまでは協力してあげる」
だから、今のうちの策を考えて───アルセリアの言葉は、切迫していた。




