6 少年は瞠目する
ボクを育ててくれたメイドは、いろんなことを教えてくれた。
例えば、料理だとか、魔族語だとか、人に好かれる方法だとか、表情の作り方だとか……
父さんには悪いけど、自分を育ててくれた人は誰かと聞かれたら、このメイドだと思う。
『マナ、今日は手品を見せましょう』
メイドの右手にあった硬貨は消えて、左手に現れる。それは魔法みたいで、ボクは目をキラキラさせていた。そのタネは至って簡単で、呆気にとられてしまうような、つまらないものだった。
『どう見せるか、どう思わせるか、それさえ出来れば、あとは簡単なアイデアで魔法が出来るわ』
彼女の手の中で、硬貨が出たり、入ったり。彼女の口の中に、硬貨が出たり消えたり。
簡単な手品を一つと、その言葉。それはずっと、ボクを守ってくれた。
「げほっ……………………げほっ……………………」
今回のタネもシンプルなもの。
馬と爆発でアルの目を眩ませて、大風の巻物を使い、自らを吹っ飛ばす。
彼女からすれば、忽然と姿を消したように見えるはずだ。まるで、転移魔法の巻物を使ったみたいに。
風は防壁が隠してくれる、爆発も少しは彼女の気を逸らせただろうか。
彼女が飛んで探しても、木の陰に丸まっていては見つからない。サキュバスとしての甘い匂いもきっと限度がある、それに広げ過ぎれば他のサキュバスにまで被害がかかる。
彼女は馬を連れて学園に帰還、夜を待って、海に向かえばいい。
そう、思っていたけど……………………
「参った…………バレちゃったか」
近づいてくる足音は真っすぐ、もう手品は尽きた。
「…………なんで、バレたかな?」
痛む身体を仰向けに、顔を空に向けると、そこには赤い女がいた。
「勘よ」
「…………そりゃないよ」
クスリと笑うと、彼女もクスリと笑った。
大方、理詰めだろう。ボクが転移魔法の巻物を持っていたなら、わざわざ馬を使う必要なんてない。逃走のために防壁と爆発を使ったなら、それで隠せるもの、姿を見られたら一発で分かるような簡単なこと。
あとは冷静に、周りを見ればいい。吹っ飛ばされた時、少し枝を折ったりした。そんな痕跡が一直線に残っていたら、お終いだ。
「それで、殺すの? 出来れば、犯すのは勘弁してほしいな」
「……どうしてそんなに、サキュバスが嫌いなの?」
「それは……別に、サキュバス自体が嫌いなわけじゃない、ただ……………………」
少し、言葉が詰まった。
「ただ、遺言なんだ、亡くなった父さんのね、『そういうことは、本当に好きな人としろ』ってね」
「……………………そう」
どうも彼女は憐れんでいるらしい、どこまでも傲慢だ。
「言っとくけど、ボクが本気出せば、負けないんだからな…………」
「なら、出してみなさいよ」
「あいにく、まだ力は眠ってるんだよ」
彼女はクスリと再び笑ったが、その顔は薄っすら緊張していた。
「悪いけど、精は吸いつくすわ…………でも、口からだけにしてあげる」
「…………口から?」
「ええ、ププので、もう十分だけど…………貴方一人分くらいはきっと余裕よ」
「いや、待って、口からってどういうこと?」
「いわゆるキスよ」
「…………何言ってんの?サキュバスなんでしょ?」
「…………アンタこそ、何言ってんの?」
あ、口調雑になった…………いやでも、このサキュバスはいったい、何を言ってるんだ?
「……とにかく、アンタの命全て、このアルセリアが吸い尽くすから」
「なんか釈然としないけど……まぁ、うん、それでいいなら…………」
アルセリアの腕が伸びてきて、ボクの体を起こす。
そのまま、顔が近づいてきて……………………
「……まだ?」
一向に、唇は触れ合わない。サキュバスが唇で精を吸うんだ……とか、精を吸われるってどんなだろうとか、メイドにお別れを言ったり、父さんのと約束は一応守れたよとか……………………考えられることは脳内で済ませたが、全く触れ合わない。
目を開くと、彼女はカタカタと震えていた。小さく、しかし尋常と思えないような怯え方。
「………………?」
彼女が向いている方向を見て、その気配にやっとボクが気づいたのと、彼が来たのはぴったり同じタイミングだった。
「……………………クラーク」
その巨躯を見て、彼に声をかけた。その声は、自分でもどうかと思うほどに、乾いていた。
「クラークス、だ」
彼は憮然とした面持ちで、手に持った剣を向けた。
彼こそは、クラークスロット。
勇者の子の一人、聖剣を握るモノ。




