5 少年は闘争する
「順調順調…………ボクってやっぱりツイてるよね」
『男の嗜みだぞ』、なんて言われておじさんに習った乗馬が、まさかこんなところで役に立つとは…………世の中、何がどう役に立つか分からないものだ。
馬の調子はとてもいい、聞き分けが良くて怖いくらいに。飼いならされきっているのか、魔族の馬だから種類が若干違うのか。
「頑張って、あと少し……」
紐を簡易的な持ち手にしてはいるものの、鞍のついてない馬の乗り心地はあんまりよろしくない、でもこの温かさは嫌いじゃない。
感覚と日の動きからだいたい一刻、そろそろ海が見えてきてもおかしくない、潮の匂いも若干強くなっている……
「あっ!」
薄っすらだが、見えた!海だ!海にさえ出てしまえばこちらのものだ、大陸にたどり着く自信はないけど、なるようになるさ!
考えうる上で最悪の事態を想定して行動しろ、なんて言うけど、賭けの最中に悲観するなんて馬鹿馬鹿しい、賭けたなら、胸を張って破滅するまでが美学と言うものだ。
そして、ボクは賭けに勝った!
「よし、どうどう、はいどう、止まって……止まれー」
馬を宥めつつ、海まで突き進む。勇敢なこの子には、あとでたっぷりご飯をあげよう。
そんな風に思っている時だった。
「ッ……」
何かに睨まれたような寒気がした、馬も一瞬止まり、警戒するように首を振っている。
直ぐに鼻と口を覆い、目には実験室から取ったよく分からない防護具をつける。
「やっぱり、そう上手くはいかないか」
ボソッと言ったのと、目の前にソレが来たのは数瞬の間もないことだった。
「どうやってあの首輪を外したのかしら」
するりと、それは、当然のように空から降りてきた。
夜のように光沢のある黒羽に真紅の髪、ボクを睥睨する目は真紅で、その威圧感はこれまでに体験したことが二度くらいしかない類のモノ。
淫魔というのは精を吸うもので、それ以外は大して変わらないと認識していたが、大きな間違いだった。
コレは、捕食者だ。性交なんかじゃない、食事として、命を喰らう存在。
背筋が震える、喉が乾く。
「や、アル、こんな所で奇遇だね」
けれど、今更どうにかなる問題ではない。命乞いなんてきっと意味はないし、なにより気に食わない。
「ええ、マナ、言ってなかったけれど、学校から外に出たら、貴方を殺そうと決めていたの」
「そう、教えてくれてありがと……それで、今からどうするつもり?」
「貴方を殺すわ」
「分かりやすくて助かるよ」
馬を撫でて、合図する。
「いけ!」
馬の出せる全速力にしがみつき、ボクとアルは闘争を開始した。
海が近いせいか、周りは何もない平原。ここでは羽をもつ彼女にされたい放題されてしまう。
森の中、とまでは行かないが、木々のある場所に行かなければ勝ち目はな──ッ!
ぶん、と首を振ると、頭のあったところを猛烈な勢いで礫が貫いた。
「噓でしょ……?」
そのまま後ろを見ると、アルは地面に手を伸ばし、再び石を選んでいる。
冗談じゃない、あんな投石くらったら、一発でアウトだ!
二回目、三回目、やはり頭を狙い的確に飛んでくる石、それをどうにか避けながら木々のある場所に入った。
道が開いているため、ここにいては撃ち抜かれる。だけど、馬から降りて、木々の間を逃げれば……!
再び飛んできた石を避け、馬から降りかけて、止まる。
待て……なんでわざわざ、石を投げてるんだ……?数秒の思考は、簡潔な回答を出した。
「ナメやがって……………………!」
馬に乗ったまま、べたりと身体を馬へと密着させる。すると、投石は止まった。考えは外れていなかったらしい。
つまり、あの女、馬に気を遣う余裕がありやがる。そうだ、あれだけ精度が高く投げられるなら、馬を狙えばいい、ボクが落馬した後で仕留めるだけ、簡単なはず。
だが、それすらしない、する必要がない。ボクを殺すのに、わざわざ馬に損害を出す気なんてないから……
「……………………上等だ」
計画変更、馬を傷つけないなんて余裕がいつまで持つか、試してやる。
身体を起こすと、即死の投石が迫る。次は首を狙うそれを避け、力いっぱい、背中を使って紐を引っ張り、急制動。ぐるりと回った馬の正面に、彼女を捉える。
「いけ!」
僅かに躊躇する馬も、覚悟を決めたのか、猛スピードで轢き跳ばすための加速を開始する。
アルの動揺は一瞬、眉一つ動かさず、その脚も動かさない。
────アンタ、馬にも好かれるのね
彼女の唇の動きに、声高に返す。
「ボクは誰にだって好かれるのさ!」
そうありたいと願って生きてきたんだから!
馬があと二足蹴る位置にあっても、彼女は動かない。
当然だ、今の彼女の身体は、モノが違う。馬の突進を受け止めるくらいわけないだろう。
だが、それで済むと思ってもらっては困る。
ボクは賭けるぞ、アルセリア。
後ろ手に隠した巻物は三つ。
一つ目が爆発、岩とか割るときに使うものだと父さんは言っていた。
サキュバスの目の前に投げる、彼女の眼は見開かれた。
二つ目が防壁、馬の正面に半透明の半球型の薄壁、魔王の攻撃に一瞬耐えたと、父さんは言っていた。
馬の顔前に向ける、そして、衝撃────!
けほっ…………と、アルセリアは咳をした。
それで終了だった。
馬はその腕に受け止められ、彼女は傷一つ負っていなかった。
しかし、馬の背に、マナの姿は無かった。




