1 少年は出遭う
ボクの名前はマナ、現在迷子である。
「…………誰か、居ませんか…………?」
少し声を上げて、周りを見る。
割と整えられた庭園、王宮にあるのと大差ない広さに、若干嫌な予感がする。
「………………まさか、王都内…………じゃないよね?」
どこぞの貴族の庭に転移したとしたら、運が悪いにもほどがある。
転移魔法の巻物、あらかじめ行先として刻まれた場所に転移するそれを使ったはいいが、その場所は分からなかった。
まぁ、なるようになる…………か?
考えすぎても仕方ない、ひとまずここは何処なのかを知らないといけない。
なにせ、今やボクはお尋ね者なのだし。
綺麗な庭園を散策しながら、ひとまず近くに見えるデカデカとした建物に歩き出す。どこぞの貴族の屋敷には違いないが、問題はどの貴族か…………出来れば辺境の、名前も知らないようなところならいいな。
なんて思いつつ、冷静にそれは無いと分析する。
庭がいい。少なくとも田舎ではない、かといって王都風かと言えばそうでもない、王都はもう少し派手で、若干品が無い。ボクを育ててくれたメイドもそう言ってた。
目に前にある庭は上品で、隅々まで整えられている。庭師が毎日手入れをしないと、こうはならないだろう。
「誰か、いませんか」
あくまでも丁寧に声を上げる。屋敷の主人に見つかったらまずい、庭師がいい、庭師に会いたい。王宮の庭師と同じような気さくな人がいい…………
そんな風に思いながら、歩いていて、微かに甘い匂いがした。
「…………?」
見たことない花の匂いに混じって、微かに、しかし確かに流れてきた甘い匂い、妙に鼻につくような、その匂いに近づいていく。
「……………………………………………………」
「……………………………………………………」
ばったりと会った、そこに在った、そして、遭った、目が合った。
「……………………ま、魔族………?」
「……………………つ、角無し………?」
魔族の言語だった。うねるような、突っかかるようなその言語、魔族語を習得しておいて良かったと、他人事のように思う。
額から突き出た長い角、抜群の、今まで見た中で二番目の体型、長く赤い髪、ボクを覗き込む目も、赤。
それは、魔族だった。
「…………初めまして、マダム」
どうにか魔族語を舌から引っ張り出してそう言うと、目の前の女性は顔を顰めた。
「私はまだ16歳よ、おチビちゃん」
「え、同い年?」
「え?」
目の前の女性は呆気に取られた目でボクを見た。多分同じような目を自分もしている事だろう。魔族の女性は成熟していて、どう見たってそれなりの年齢に見える。
「貴方、どっからどう見ても十歳くらいにしか見えないけど…………?」
心外である。確かにボクは同年代と比べて背は低く、父親譲り、母親もなのかもしれないが、の童顔である。しかし、十歳はないだろうと、男として言いたくなる。
「十歳はないだろ、十歳は!」
思わず、口から出ていた。だが後悔はしていない。
「…………で、角無しが何をしているのかしら」
いや、後悔しよっかな。
見るからに圧力を増した彼女、その目には薄っすらと恨みや憎悪が見て取れる。まあ、慣れていると言えば慣れているが、気持ちの良いものではないし、何より魔族…………数年前までは人間の敵だった魔族だ。
「それはこっちのセリフだ、魔族が何してるんだ」
喧嘩を売られたら、それが買える限り買っておく。なめられたら負けだ。
「…………ここは私の庭、メードレル家が所有する敷地内よ?」
「ちょっと待って」
一旦情報を整理しよう、メードレルってのはあれだ、魔族の中でも有名な淫魔の家名だ、つまりこのナイスバディはサキュバス、ここはサキュバスの屋敷…………
「…………ここって、魔大陸?」
ボクの出した結論に、サキュバスは何を言ってるんだという顔をした。ははは、そうだよな。
「あたりまえじゃない」
あたりまえらしい、知らないそんなあたりまえ。
魔族の住む魔大陸、それも、よりにもよって淫魔の居住地、ああ、なんだってあの巻物はこんな場所を刻んでたんだ!
「質問に答えてもらえるかしら?」
どうしよっかな…………『実は、笑えないくらいの窃盗をして逃げ出したんだ、転移魔法でいつの間にかここにいた、命だけは助けて、へっへっ、わんわん』と言おうか、でもそうしたら、コレを渡さないといけないよね、うん、それだけは絶対に嫌だ。
「転移魔法の巻物を拾って、使ってみたらここにいたんだ…………それで、ねぇ、仲良く出来たりしないかな?」
「…………どうかしらね、ひとまず、魔王軍に突き出そうと思うのだけど」
じり、じり、とゆっくり姿勢を変える。全力で駆け出して、ひとまず窮地を切り抜けないと…………
「逃げられたら、困るわ」
瞬間、甘い匂いが鼻を、目を、貫くように突き刺さった。
「ッ!?」
思わず顔を覆おうとするが、腕も指も緩慢にしか動かない、思考が濁る、全身に寝起きのけだるさに似た甘い痺れ。息を微かに吸うだけでも、それは強く広がった。
「淫魔に会ったのは初めてかしら、私も、角無しに会ったのは初めてなのだけど」
頭の芯が痺れていく。蝕まれる理性、頬は熱く、きっと紅潮しているだろう、地面の草が冷たい。
いつの間にか、地面に倒れている、動こうとしても、夢の中のように、緩慢で、連続しない、力が、入らない。
「…………アタシだって、もう一人前なのだし」
ぼそっと言った言葉は聞きとれなかった。しかし、ぬるりと口内に何かが侵入して来た感覚は明確で、劇的だった。
「あっ…………!はッ…………ぁ…………!」
「サキュバスの、それも私の唾液、直接粘膜に擦り付ければ、こんなものよ」
薄く開いた目の前に、手。どうやら、唾液を、ゆびにつけて、口に、つっこまれ…………
「光栄に思いなさい、この私が、精を直接吸ってあげるのよ」
ごうまんなこえ、さきゅばす、せいをすう…………
『…………マナ、いいか、本当に好きな人とだけだ』
それは、かわいそうな、こえだった
『本当に好きな人と一緒になって、お前は幸せに…………』
「ッ!」
口から指が引き抜けた、流石に思いっきり噛まれると痛かったらしい。
「な、めんな…………なめんな、サキュバス風情が…………」
どうにか解けかける意識を保つ、そうだ、それだけは、嫌だ!
「誰がお前みたいな淫魔と…………お前とヤるくらいなら、地面に穴掘って突っ込んだ方が百倍マシだ!!」
言い切って、睨む。それが限界だが、それでいい。多分、この女はプライドの高い。ならそれを全力で傷つける。そうすれば、少なくとも犯されはしないだろう。
だが、命は取られるかも。まあいいか、こんなのとヤるくらいなら、死んだほうがマシだ。
「…………な、なんですって…………なんですって!?」
ヒステリックに怒りを露わにしたその声に、試みは成功したらしいと安堵する。ばん、と顔を蹴り飛ばされて、意識が薄れる。
なんてことしやがる、自慢の顔だぞ…………とうさんからもらった、じまんの…………




