14 少年は受ける
「淫魔とは、我々、角と知性を持つ者──君たちの言葉で言うところの魔族の中で、上級種に位置している」
…………ボクが、サキュバスとして扱われても困る、と言ったら、ププは何故か講義を始めた。どこからか引っ張り出してきた薄い石板に白く細い石を擦りつけて、文字を書き、話す。それはクラークスにも分かる、人間の言葉で……いや、ボクって分類的には、魔族なのか?
「魔族にも身分差があるのか」
隣で真面目に質問をするクラークス、もはや馴染んでいる。確かに王宮の疎外感と比べれば、サキュバスは格段に話しやすいし、慣れるのも早いのかもしれない。
「角無しは黙っていろ」
「ボクも気になる」
「魔族に身分差はない、あるのは種族差、小鬼より鬼族が優れているように、個としての性能の違いから上位、上級、中級、低級、下位に分けられる」
そして、ププはクラークスに滅茶苦茶冷たい、ボクの弟だぞと言ったら、毒でも飲み干したみたいな顔をしていた。クラークスを撫でつつ、話を聞く。
「…………より優れた個であるほど、種族としての数は少ない、サキュバスの数は、この辺りに四百、大陸全体で六百程度だろう」
「それはまた、少ないね…………」
「少ないが十分なんだ、そう数がいたって仕方がないからな、さて、数が少ないということは、すなわちどういうことだ?」
「優秀ってことよね」
「姫、それはさっき言った、別の特徴を出してくれ」
何故か、隣に座っているアルのポンコツ発言に、失笑してしまった。めっちゃ睨まれてる、ごめんよ。
しかし、数が少ないゆえの特徴か…………サキュバスは…………
「……仲間意識、結束が強い、仲良し」
「大正解だ、マナ」
「流石は兄上」
「ププ、アタシ達、そんなに仲良いかしら?」
「ああ、角無しは直ぐに仲間同士でいがみ合うからな」
「ははは、うん、そうだね」
「ははは、ああ、そうだな」
身に覚えがあり過ぎるなぁ、なんて、クラークスと乾いた笑い声をあげる。
「…………そういえば、アンタ確か、フテイの子だから酷い目に遭ってきたって、言ってたかしら」
「ああ、うん?…………アル、不貞って何か分かってる?」
「…………ププなら知ってるわ、多分」
マジか、アルセリア、マジか。
「…………あー、姫、人間は家畜とかと同じで、雄雌が揃って子を作るんだ」
「それくらいは知ってるわよ!」
「ちょっと待て、サキュバスはそうじゃないのか?」
思わず声を上げると、二人は一瞬止まって、ププはああ、と嘆息した。
「当然だ、十分な精気さえあれば、サキュバスは自らの娘を生み出せる」
「一人で…………?」
「当然だ」
マジか、サキュバス、マジか。
「ただ、優れた特徴を種族内に取り入れるため、搾り取った体液を使用して娘に受け継がせることも可能だ、マナ、君はおそらくはこちら側だろう」
「へぇ……………………?」
「魔ぞ……サキュバスはおかしな生態をしてるな」
「ワタシからしてみれば、角無しの方が恐ろしいがね…………さて、話を戻そう、姫」
ごほん、とププは咳ばらいをする。ボクは自分の生態が怖くなってきた。
「角無しは番を作り、その相手とのみ繫殖を行う」
「…………じゃあ、恋人がいたら、恋人以外と繁殖はしないの?」
「ああ、そうらしい、そして、恋人がいるモノが、その相手以外と繫殖すると、不貞となる」
「……………………それの何が悪いの?」
「さぁ、ワタシには分からない」
……………………やっぱり、こいつらしっかりサキュバスなんだな。
「ププ、サキュバスの数は少ないんだよな?」
「ああ、先ほど説明した通りだ」
顔色を変えないようにしつつ、どうでもいいけど、一番気になっていたことを聞く。
「なら、ボクの母親ってのが誰か、名前とか、分かる?」
「……………………」
「……………………」
あからさまに硬直する二人、なんか知ってそうな雰囲気はあったから、もうこの流れで聞いてしまおうことにしたのだ。
十秒くらい経って、やっとププが歯切れ悪く話し始めた。
「…………そ、それより、マナ、君は『元気の貰い方』と言って精気の吸い方を学んだのだったな、どんな相手に習ったのだね」
というか、話を変えられた。なんだよ、話してくれたっていいじゃないかとジト目を向けるが、目を激しく逸らしている。かくなる上は、二人から全力で元気を吸い上げたり戻したり──
「兄上、オレも気になる」
「そうか、クラーク」
この気遣い屋め、仕方ない、愛らしい弟に免じて、ここは先に説明してしまおう。終わったらサキュバスどもに全力キスをお見舞いしてやる。
「教えてくれたのはメイドだよ」
「使用人?」
ボクの気を逸らせたと思っている二人が、互いの翼で口元を隠して、何やらひそひそと話をしている。少なくともププは聞けよ、話を振ってきたのはそっちだろ、と内心思う。
「ああ、一人だけボクに優しいメイドがいてね、キスのやり方をレクチャーしてくれたんだ」
懐かしいな…………なんか、凄いって思ったな、アレ。人と仲良くしたら、こういうこと出来るんだって思ったね。クラークスは恋人同士でしかしないとか言ってたけど、普通に、握手の次くらいにするだろう。
「…………兄上、それは」
「一緒に体洗いっこしてね…………ああ、あの頃は良かったな」
まずい、懐かしすぎて涙が出そうだ。念入りに髪とか背中とかを洗ってくれたな…………めちゃくちゃお胸が大きくて、見てたらいつかボクもこれくらい大きくなるかもなんて言ってたっけ。まぁ、ボクは男だからならないんだけど。
「兄上、その…………」
「それから、魔族語も教わって…………ん、どうした、クラーク」
クラークスは何か言いたげな顔をしていたが、唐突に、呆気にとられた顔をした。
「…………兄上、魔族語は、そこらの使用人が話せるものじゃないぞ」
「え?いやでも、ボクの魔族語は二人にもぺらぺらだし…………それに、そこの二人だって人間の言葉が話せるんだ、そう珍しくないと思うけど」
そうか、そうなのか?と、クラークスが考え込むのを見つつ、メイドを思い出す。
「あと、手品を見せてくれてね、ほら…………べぇー…………ここにモノをかくす…………」
ベロっと舌で指輪を引っ掛けて取り出し、あれ、と思い出す。
そういえば、隠してる喉袋って淫魔にしかない器官なんだって、さっき言ってたような…………?
んぐ、と指輪を元の位置に戻して思考する。サキュバスの喉には袋がある。メイドはボクに喉袋を使った手品を見せてくれた……………………
「…………兄上、その使用人、名前はなんて言うんだ?」
「あ、ああ、『メイド』って呼んでって言われてたから、すっかり言ってなかった」
脳内に浮かんだ、もう何度目かになる嫌な予感を棚に上げて、メイドの名前を思い出す。
「マル、マルって言ってたよ、本当はきっと、もうちょっと長い名前があったのかもだけど、ボクに気を遣ってくれ────」
「姉さん!?」
「姉さま!?」
唐突な大声、ぐいぐいと迫ってくるサキュバス二人の勢いが凄まじい。
「もう間違いないわ!」
「こんな偶然あり得ない!」
「ならやっぱりアンタは────」
「マナ、いや、君は────」
勢いに押されて身体を引くボクに、アルとププは抱きついてきた。
「「マルセリアの娘! マナセリア・メル・メードレル!!」」
「……………………はい?」
何故か抱きついてきて泣き出す二人、腰の剣を聖剣化しつつも、攻撃していいか迷うクラークス。
「姉さんが生きてた!!」
「姉さまが生きてた!!」
アルとププは頬をぐりぐりとボクに押しつけて、舌を突っ込んでくる。クラークスが彼女らを斬ろうとするのを空いている両手と両羽でバタバタと止める。
精気が吸い取られることもないが、三人でキスなんて初体験────なんて言った?
マルセリアの娘、マナセリア・メル・メードレル……………………
マルセリアの娘、マナセリア・メル・メードレル……………………?
舌が左右から揉みくちゃにされているのを他人事のように見つつ、ボクは思った。
メイド、もしかして……………………ボクの母さんだったり…………する?




