13 少年は扱われる
「……………………つまり、なんだね」
こめかみをぐりぐりと指で押しながら、白衣の彼女、プレーカプはため息をついた。だるーんと力の入らない体をクラークスに抱きかかえて貰いつつ、ボクはその様子を眺める。
恐ろしくざっくりした説明を終えたアルは少し気まずげに、しかし自分は悪くないと言いたげな顔でププを眺めている。
「脱走した被検体を追って、憎き勇者の子と交戦して、被検体も勇者の子で、ついでにサキュバスの血が流れていて、いろいろとあって、こっそりと家に招いていると…………?」
「…………そう、よ」
流石にちょっと考えなしだったかと、アルは眼を泳がした。
「姫、流石にどうかしていると思うぞ」
「うぐっ……………………」
「コイツらは勇者の子なのだろう…………まさか、忘れたのか?」
「ち、違うわ、ププ、一旦話を聞いて」
「聞かない、だいたい、ワタシから吸った精気は何処に行ったというんだ?」
「ボクが頂いたよ」
「黙れ勇者の子」
「クラーク、彼女はいいやつだ」
「何て言ったんだ?」
「あの子がボクを『勇者の子』って」
「兄上、なんかあの淫魔、こっちを睨んでないか?」
魔族語の分からないクラークスにどう説明しようか、なんて思いつつ、会話を追う。
「そんな荒唐無稽なこと、あるはずがないだろう」
「じゃあ、なに?この私が、サキュバスの女王となるこの私が、嘘をついていると?」
「ああ」
「即答!?」
「姫は都合が悪いときに直ぐ嘘を吐くだろう!」
「なら、あの見た目はどうなの!?角が生えて、髪も眼もサキュバスそのものよ!」
「精気をあの被検体の肉体変化に使ったんだろう!そこまで気にいったのか!?」
「ち、違うわよ!アレは本当にサキュバスの血を引いて、」
「姫ともあろうモノが!だいたい姫は昔から───」
ぎゃーすかぎゃーすかと、口論が発展していく、喧嘩まで秒読みだろう。
「…………兄上、ごめんなさい」
「ん、いいよ、クラーク」
ぽつ、とつぶやいた彼の謝罪は、きっとあの時の、クラークがボロカスにボクを殴りまくった時の事だろう。あれは確かに堪えたけど、ほとんど精神的な痛みだけだ。噓泣きしたら直ぐに止まったし、木剣で殴られる程度は日常茶飯事だったからな!
それに父さんに心配してもらっちゃったしな!ふはははは!
「と、そうだ…………クラーク、さっきの喧嘩だけど、覚えてる?」
「え、あ、うん…………」
クラークスはちらちらと、アルとププがつかみ合って罵詈雑言を言い合うのを見ていた。時間があったら、クラークスにも魔族語を教えようと思いつつ、安心させる。
「大丈夫、そこまで酷い罵り合いってわけじゃないから」
「そうか」
「直接精気も吸ったことない×××の分際で!姫は口を開いてれば勝手に××が入ってくるとでも思ってるのか!?選り好みしてないで今度私の被検体『ウマスペシャル13号』を搾精してみたらどうかなぁ!?」
「前から言いたかったんだけど!アンタの趣味最悪なのよ!どうして馬とか豚とかああいう家畜相手に出来るのかしら!?×××の×××なんじゃないの!?この×××××!!ああごめんなさいね!その貧相な胸が何とか膨らめば乳牛として家畜の仲間入り出来たのに!」
「乳牛にお似合いなのは姫の方だろこのデカ乳×××!!ワタシは君らのように鬱陶しい身体をしていないんだよ!!少しは頭を使ったらどうかな!?もう課題写させてやらない!君自身の力でやればいい!」
「なっ、それとこれとは関係ないでしょ!?だいたいアンタだってまだ口からしか精気吸ったことがないでしょ!?ほぼ×××よ!私と大して変わらないわ!」
「残念だが、ワタシは何度か×××から吸ったことはある!!ワタシの被検体が何体いると思っているんだ!通常の搾精用と本気の×××用もしっかりいるのさ!!姫にも『ロングビックウマ2号』を貸してあげよう!」
「し、信じられない!×××!?×××したの!?アタシになんの断りも無く!?あ、アンタの貯めてた精気、妙に多いと思ってたらまさかっ!?」
「まさかも何もその通りさ!『ロングビックウマ2号』の精気は質も量も共に十分だ!何より×××が×××で────」
まあ、ある意味で酷いが、優しい嘘というものだ。うん、クラークスが魔族語分からなくて良かった……………………
「それで兄上、さっきのことで、何が聞きたいんだ?」
「ああ…………まず、アイツ…………アルセリアと戦ったとき、ヘンな感じはしなかった?なんか甘い匂いがしたりとか」
「あった、香水臭くて、なんか熱くなった」
「……………………」
なんとなく分かっていたが…………クラークスってまだなんだな、12歳だもんな。身長こそ大人だけど、まだ無垢、アルのあの匂いは快楽的なモノ、まだ幼いクラークスに通じないのは当然だ。
「?」
首を傾げるクラークス、その純粋、無垢はボクが守らなければ。ププとアルが服を脱がせ合い始めたので、クラークスには後ろを向いてもらう。大丈夫だ、お兄ちゃんしっかり見張っておくから。
「じゃあ、二つ目なんだけど…………ボクと戦ったときは、そういう匂いとかした?」
「…………あった気がする」
「ふむ…………どんな感じだった?」
「…………なんか、心が抑えられないような、意識が途切れて、嫌な事を思い出す感じ」
「効果が違うのか」
サキュバスにも個人差ってあるのか、それとも、ボク個人のモノ?
「兄上、何が疑問なのだ?」
「ボク、勇者の力が発現したのかな、って」
「……………………」
クラークスは腕を組んで悩みだした。ボクの変化は、淫魔化とでも呼ぶべきもので、でも元々あったサキュバスの血の方なら、勇者の力は関係ない。
勇者の子の特異異能は、クラークスの『疑似聖剣』のように使ってる時だけ効果を発揮するもの。今のボクは角は消えないし、髪と瞳の色も変わっている。
でも、身長は縮んでいるし…………んん…………?
「クラーク、今はボクから何の匂いもしないか?」
すんすん、と頭や首筋を嗅いで、クラークスはちょっと顔をしかめた。
「ちょっと臭い」
「………………………………」
ヤバい、滅茶苦茶に、心が、傷つく…………!
そういえば、体を拭いたのっていつだっけ…………マズい、汚いのと臭いのは嫌だ、ボクの沽券に関わる…………!
「…………クラーク、ちょっと部屋の角に行っててくれ、今すぐに身体を拭くから」
「あ、兄上、オレも汗かいたし、そんな気にすることほどでは…………」
「クラーク、頼む」
部屋の隅の隅に移動したクラーク、床の上で団子状になり、半裸で互いの口や身体に手を突っ込み合ってる淫魔二人、それを見ながら、ボクは指輪からタライと水と石鹸、布を出し、勢いよく服を脱ぎ始める。
「さっぱりした…………」
身体を拭き終わり、綺麗になった。クラークスもごめんと言った!
「ぜぇ……ぜぇ…………」
「はぁ……はぁ…………」
そして、身体を拭いている間にププとアルの喧嘩も終わったらしい。途中、ボクが全裸になっていることに固まっていたが、二人とも何事もなかったかのようにスルーしていた、仲がいいんだな…………
「…………姫、条件がある」
「…………何かしら」
「彼の精気を少し吸わせてくれ、本当に淫魔かはそれで分かる」
「……………………いいわ」
「良くない、全く良くない!そういうことをするのは愛する人とって、言ったでしょ!?」
アルには説明したはずだ!断固拒否だ!
「口同士のよ、それでも嫌?」
「ああ、何だ、それくらいならいいよ」
「兄上……不純だ」
クラークスの目が痛い。でも、キス程度、握手の次みたいなものだ。サキュバス学校内でも普通にやってたし、そこまで大したことじゃない。メイドだってそう言ってた。
「…………君は確か、搾精を拒んでいたと思ったのだけどね」
「キスは元気を貰うことだ、精を吸われるわけじゃない」
「それは同義って、アタシ言ったわよね?」
プレーカプが近づいてくる。高身長ゆえの見下す視線。ボクを何とも思っていない、捕食者の目。奥にはまだ憎悪の炎がちらついている…………そういえば、アルはめっきりそういう目を向けて来ないな…………?
「姫、もしサキュバスでなければ、この場で吸い尽くしてしまっても、仕方ないな?」
「兄う──」
「大丈夫だよ、クラーク」
クラークスを制すと、ププは不可解だ、という顔をした。
「ええ、ププ、私が認めるわ、サキュバスでないなら、吸い尽くしても構わない」
「…………吸い過ぎたら、ボクが吸い返してもいいよね?」
返事はなく、顔が、唇が、近づいてくる。角同士が当たらないように、顔を傾けて、その捕食者は、ボクの唇を……………………
「…………………………………………」
……………………下手じゃない?
なんていうか、こう、慣れてない感がすごい。精気(もしくは元気)が吸われてるのかより、その下手さが気になって仕方ない。
もっと深く、ゆっくりと、ああ、そこじゃなくて、どうしてもっと密着させな──────ああ、もう、我慢ならない!
彼女の頭をひっつかみ、こちらから誘導する。こうやって、こうやって、こうやるんだと、彼女の舌を舌で動かして、ついでに彼女の口内へ侵入し、反応の良い場所を更に舌で刺激する。
やっと身体から元気が抜ける感覚がした。どうやら彼女たちの言う『精気』はボクの習った元気と同じものらしい、もう認めるしかないだろう。
おっと、ちょっと吸い過ぎ、返して返して。
二十秒程度のキスだったが、口を離すと彼女はへたりこんでいた。
「言ったでしょ。ププ、ソイツ、アタシからだって精気を吸えるのよ」
「……………………………………………………そういうこと、なのか?」
「ええ、多分」
なんか、二人で勝手に通じ合った会話をしているが、何のことだかさっぱり分からない。
ププは膝をがくがく震わせながら立ち上がった。
「マナ、だったか」
「ああ、ボクはマナだ」
「ワタシはプレーカプ、ルクロトル家、ヴェラカプの娘、プレーカプ・ルクロトル」
彼女は手を伸ばしてきた。
少し戸惑いつつ、その手を掴むと、しっかりと握られた。
「マナ、君を我々の同胞と認めよう」
その目には、先ほどまであった憎しみがきれいさっぱりなくなっていた。
どうもボクは、サキュバスとして扱われるらしい。




