12 少年は流石に看過できない
メードレル家が所有する屋敷、その中の広い一室はアルセリア・メル・メードレルの自室である。
「兄上……兄上……」
「おお、よしよし……クラーク……」
ただ、その部屋の隅にいるのは、部屋の主ではない。
青髪の巨躯は鎧を脱ぎ切り、腰に一本のみ剣を差して膝をついている。その頭を抱きしめて、よしよしとボクは頭を撫で続ける。
「……………………アンタ達、そろそろ離れたら?」
「兄上…………オレ、魔族語分からない…………」
「仲がいいねって言ってるのさ」
「そうだね…………」
ビキ、と青筋が浮かんだアルは、ゆっくり息を吸って、吐いて、角無しの言語に直し、再度言った。
「アンタ達、そろそろ離れなさい」
クラークスはぴくり、ゆるゆるになっていた表情を鷹のような目つきに戻す。マナの胸元から顔を上げて、アルを睨みつける。
「断る、魔族め」
「なんですって?」
ビキビキと、彼女の額に青筋が増える。
「まあまあ、まだ12歳なんだぞ、クラークは」
愛しい弟の頭を撫でまわす作業を止め、ボクはその間に入り、仲裁する。
「別にアタシはアンタなんてどうでもいいんだからね」
「また貫かれたいか?」
「はいはい、ストップストップ」
掴んでいる剣を聖剣にする前に、クラークスの手を止め、もう片方の手でアルを制止する。
「……………………」
長い沈黙の後、はぁ、とアルはため息を吐いた。
「……………………それで、アルセリア、ボクってどんな状態なのかな?」
持っている手鏡を見ると、そこにはいつもの自分の顔………………額から角が出ているという点を除けば。
「あれかな、淫魔から元気を貰ったからかな?」
身長こそ元の低さに戻ってしまっているが、瞳の色は薄いピンク色のまま、髪の長さはそのままで白と薄ピンクと赤の斑模様になっている。
「その『元気を貰う』って、精気を吸うのと同じよ」
「まさか、魔族は知らないだろうけど、キスで元気を貰えるんだぞ、な、クラーク」
「兄上、オレ、それ知らない」
……………………そうか、クラークは学んでなかったんだな、後で実戦形式で教えよう。
「アンタ……クラークとか言ったわね、アンタに聞きたいんだけど」
「クラークスだ、馴れ馴れしく呼ぶな」
「…………クラークス、アンタ、喉の、この辺りに袋ある?」
「はぁ?」
まったく、アルは何を聞いてるんだ。魔族にはないのかもしれないけど、人間には喉袋があるんだぞ。指輪を入れられる、手品の場所だ。
そんなのあるに────
「そんなの無いに決まってるだろ、馬鹿にしてるのか」
「────え?」
い、いやいや、そんなはずはない。
「クラーク、ほら、この辺りだよ、舌を動かしてさ、分かりにくいけど空いてるだろ?」
「兄上?」
「……クラーク、ちょっと大きく口を開いてくれる?」
少し戸惑いながらも開いた彼の口、その左右をつかみ、喉の奥をじーっと見る。ちょっと出っ張ってるところが……………………無い?
「…………舌入れていい?」
「ほごぁ!?」
ボクが舌を近づけるとクラークスが物凄い抵抗したので、手を離す。なんだ、キスは恥ずかしいのか?
「…………角無しって、キスは恋人とかとしか、しないのよ?」
何を言ってるんだこの魔族は…………人間について学んだ知識なのかもしれないけど、大間違いだ。
「そんなわけあるか、握手の次くらいにすることだろ!元気のない人にはやったらいけないだけで!」
「兄上、あのサキュバスの方が、多分正しいと思うぞ」
「…………………………………………?」
え、どういうこと?
「……クラークは、喉に袋が無いし……キスで元気を貰わないし……恋人としかキスしない……のか?」
「…………うん」
……………………まさか、ここまでクラークスが常識知らずだったとは、毎日訓練で疲れてるからやらなかったけど、キスの二、三回はやっておくべきだったか。
ははは、と笑いながら、じわじわと、脳内に何か、嫌な予感が迫っている、が認めない、認めたくない、だって、それはなんていうか、ちょっと唐突すぎるっていうか、ありえないだろう?
必死の脳内解釈に、アルセリアは無慈悲に言った。
「アンタ、淫魔よ」
「…………まっさかぁ」
「うわ、ホントだ……袋ある…………」
アルセリアの開いた口を見ると、喉奥に僅かな出っ張りが確かにあった。
「これまでどうして…………どうやって生きてきたの…………?」
アルセリアの目は同情的だ、仲間に向けるような目とも言う。冗談じゃないぞ?
「ボクは父さんの子だ!淫魔なわけがない…………よね?」
まずい、これはダメだ、もしもボクが父さんの子じゃなかったららららららららら…………
「兄上!しっかり!」
「ああ…………クラーク、お願い…………舌を絡めるくらい誰とだってやるって言って…………」
「…………兄上、すまん」
まずい、目の前がくらくらしてきた…………サキュバス、サキュバス、ボクが、このボクが…………?
頭を抑えて現実に耐えていると、クラークスの声。
「…………メードレル」
「アルか、アルセリアと呼びなさい」
「アルセリア、お前たちに男はいるのか?」
「それだ!そうだ!ボクにはしっかりついてるぞ!」
少なくともボクが見た中には、サキュバスの男はいなかった!ありがとうクラーク!!
「…………アンタ、本当に勇者の子なのよね?」
「と、当然!ボクは父さんの息子だ!」
「…………なら、アンタは淫魔と勇者の混血…………なのかしら」
…………あ、そうか、そういう場合もあるのか。
「うん、まぁそれならいいかな」
「兄上はそれでいいのか…………?」
「父さんの子が揺るがないならいい」
そっかそっか、ボクは半分サキュバスってわけね。ん?
「えええええええええええええええええええええええええええっ!?」
「兄上ぇ!?」
クラークスの声がどんどん遠のいていく、ちょっと、もう限界だ…………




