表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
純愛過激派君はサキュバスなんかに負けない!  作者: 心我 湧立


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/17

11 少年は暴く

 クラークスとマナの戦いは、互いに一方的だった。


 怪我を負っているのはマナのみ、ゆらりゆらりと蝶のように逃げるその体には、掠めた聖剣による細い切り傷、流れる血は赤く、白い躰を濡らしている。


「ほらほら、クラーク!」


 しかし、追い詰められているのは、クラークスだった。絶対の攻撃であるはずの聖剣は、狙えば狙うほどに当たらない。




「クラークと、呼ぶな!!」


 聖剣を回転させ、真横に打ち出す。しかし、まるでわかり切ってるかのように、その淫魔は跳び避けた。


「クラークスって名前が、そんなに気に入ってるの?」


 じくと、思考が濁る。


『貴方はクラークスロット』『聖剣(クラークス)を受け継ぐのよ』『勇者様から聖剣を受け継ぎなさい』『貴方はそのためにいるのよ』


 脳裏に浮かぶ母上の声は優しげで、有無を言わせない圧力があった。


「オレは、そのために……聖剣を継ぐために……」


「どうしてそんなに、聖剣に固執する?」


「だってそれ以外、オレには……………………っ!」


 口を噤み、手に持った聖剣で斬りかかる。


「『それ以外残ってない』」


「うるさい!」


 振るった剣は淫魔の首に、ここまでくれば避けられない、吸い込まれるように────


「『クラークスロット、貴方はそのための子なの』」


 ぐにゃりと、視界の中で淫魔の顔が、母上に変わる。


 剣を引いて飛びのく、目をこするとそこにいるのは、当然に母上ではない。口端を持ち上げる淫魔、出来損ないの、要らない子の、変容した姿。


「…………オレは、違う、お前より、お前より…………!」

「逃げるなよ、クラーク、愛しい愛しいボクの弟!」


 揺らめく視界、揺らめく意識、瞬きするたびに浮かびあがる残像(きおく)に、


「逃げてなんか、逃げてなんかいない、兄上!」


 彼はくるりと、飲み込まれた。



 ーーーーーーーーー


 クラークスロットは、勇者の子である。


 聖剣を握るモノ(クラークスロット)、と母親に名付けられた彼の役割は、その名の通り。


『いつか貴方は聖剣を受け継ぐ、そのために励みなさい』


 クラークスロットは人並み以上の食事を強制された、吐きだせば吐き出した分だけ、食べ終わるまで食事の時間は終わらなかった。


『いつか貴方は聖剣を使用する、そのために学びなさい』


 クラークスロットはいつから剣を持たされていたか覚えていない、聖剣と同等の寸法の木剣、鉄剣、それに慣れるようにと振るわされた。


『貴方には無駄なことをする時間は無いの、分かってるわよね?』


 クラークスロットには、必要最低限の知識と礼儀作法のみ学び、それ以外の時間全ては剣の訓練に当てられた。


『だって、貴方は遅れている、他の子に負けるわけにはいかないの』


 母親はそれが口癖だった、()()()1()2()()()()()()()()()()()()()()()()には、常にその重圧をかけられていた。


 しかし、クラークスロットは弱音を吐かなかった、母親の期待に応えるために、自分は特別になるために、クラークスロットは年相応の不満を飲み込んだ。


『母上、父上に会いたいです』


 唯一言った言葉は、聞こえなかったフリをされて、再び言った言葉は、言い切る前に遮られた。


『勇者様は忙しいの…………貴方の勇者の力を覚醒させたら、きっと会ってくれるわ』


 その日から、クラークスロットは更に、訓練に打ち込むようになった。


 ーーーーーーーーー


 いつの間にか、ソレは涙を流していた、薄いピンクの大きな瞳からだくだくと、涙をあふれさせ、それを手に取り、飛ばしてきた。


 クラークスは水滴を打ち払う。その動きは精彩を欠いた、操り人形じみたモノだった。


「あああああああああああああ!!!!」


 右手と左手に握った剣を、がむしゃらに振り、しかしその顔がどうしても、どうしても攻撃できない。


「次は誰に見えてる?クラーク?」


「誰にも、誰にも見えてなんてない!」


 それは半分噓で、半分本当。彼の目に映る泣き顔は、かつてのマナ(あにうえ)と重なっていた。


 ーーーーーーーーー


 その子は、彼が訓練場で一人、剣の鍛錬をしているときに時々現れた。


『やぁ、頑張ってるね!』


 その子は、9歳の彼と同じくらいの身長で、年齢は彼より4つ上だった。


 クラークスは最初気にしていなかった、しかし、しつこく話しかけてくる彼に根負けして、鍛錬の合間に話し始めた。


『ボクの事は知ってる?………………あ、知らない、ボクは君のお兄ちゃんなんだよ!』


 堂々と言うその姿に、クラークスは彼が自分の知らなかった勇者の子だと信じ切った。他の子との親交なんてないに等しいクラークスにとって、彼は母親と勇者以外の、近しい存在だった。


『じゃあ……兄上、と呼んでいいか?』


『もちろん!なら、ボクはなんて呼ぼうか…………クラーク、クラークでどうかな?』


『クラークス、で区切るんだよ』


『知ってるよ、でも、クラークスロットはいつか聖剣(クラークス)を持つんでしょ、その時に、どっちの()()()()()か混ざっちゃ嫌だろ?』


 何てことなくマナは言って、クラークスは嬉しくなった。


『じゃあ、兄上だけ特別に、呼んでいいよ』


 クラークスの毎日は、ほんの少しだけ楽しくなった。


 一人きりの時にひょこっと現れて、鍛錬の途中に会話する。


 マナとの会話はクラークスにとって新鮮で、楽しみとなるまでにそう時間はかからなかった。兄上と慕う彼に、マナはとても嬉しそうに笑っていた。


『兄上は、自分の鍛錬をしなくていいのか?』


『……ああ、ボクはいいんだ』


 時々見えた翳りに、クラークスは触れなかった。この時間が台無しになるような気がしたからだった。




『…………出来た』


 あの日のことは、彼にとって忘れられない、焦げ付きのようなものだった。


『出来たよ!兄上!』


 クラークスの鍛錬は身を結んだ。手に持った剣は輝き、打ち込み台を両断し、床まで割ったのだ。


 それを見て、彼はマナの方を振り返った。きっと凄いと褒めてくれる、頭を撫でて、自慢の弟だと、そう言ってくれる。


『ああ……………………』


 その目は、薄ぼんやりとしていた。その声は、諦めのような、失望のような、そんな響きで


『凄い……凄いな……クラークは』


 そう言って頭を撫でてくれたマナの目は悲しげで、抱きしめてくれた腕は冷たかった。自分が何か悪いことをしてしまったと、そう感じた。


『……これで、父上に会わせてもらえる!』


 でも、それに気づかないフリをして喜ぶと、マナは少し考えて、


『じゃあ、会いに行こうか』


 そう言って、クラークスを連れて行った。






 王宮の隅、小さな部屋、クラークスが来たことのない場所だった。


『父さん、今日は、クラークを連れてきたよ』


 親しげに言って、マナはクラークスを手招いた。物心ついたころに一度だけ、希薄になっている父の、勇者の前へ急に立つことに、クラークスは緊張していた。


『……やぁ、クラークス、久しぶりだね』


 それは、弱っていた。


 黒い髪には艶が無く、瘦せた頬には骨が浮かんでいて、手は皺だらけだった。


『マナから聞いていたけど……随分、背が高くなったね、まだ10歳だろう?』


『は、はい、父上!』


 クラークスは動揺していた。それは思い描いていた父親ではなく、勇者でもなく、病人か老人のようだった。


 手招きされて、勇者に頭を撫でられたクラークスは、なんだか、涙が溢れていた。初めて会う父親の優しさからか、その細い身体が纏う寂しさからか、想像との差の隔たりから生まれた空白ゆえか。


 結局、クラークスはそれ以上、勇者と話せなかった。





 じゃあね、と別れ際にマナは言った。


『……母上、オレに、勇者の力が目覚めました』


 そう言うと、母親はとても喜んだ。しかし、その能力を聞くと、


『なんてこと……聖剣を継げないじゃない………………』


 彼女は、あからさまに落胆した。


 クラークスロットに発現した能力は『ただの剣を、聖剣と同等にする力』、彼が本来の聖剣を使う利点は何一つとしてないかった。


『は、母上…………』


 しかし、クラークスには分からなかった。生まれてから今まで、ずっと、努力してきた。その努力がやっと実ったのに、聖剣の力を使えることに変わりはないのに、どうして、どうして……………………


『聖剣の力なんて、どうだっていいの』

『貴方に求めていたのは、聖剣を受け継ぐに相応しいかだけ』

『あの聖剣を、王家に伝わる秘宝の持ち手にならなければ、何の意味もない!』


 クラークスは、その怒鳴り声が、何か遠くに聞こえていた。


 分かっていた、母親は自分に興味がないなんてこと。兄上と違って、自分のことを聞いてくれない、褒めるのはいつだって、聖剣に近づけたかどうかだけ。


 でも、でも、それでも、どこかで、母上は自分を愛してくれていると、信じていた。聖剣が受け継げなくても、自分の努力を称賛してくれると、頭を撫でて、抱きしめて、誇らしいと言ってくてると、信じていたのに!


 クラークスは叫んだ。


『兄上は、兄上は褒めてくれた!撫でて、凄いって、言ってくれた!』


『兄上…………誰のこと?』


『マナ!全部の名前は知らないけど、白髪の、兄上は、兄上は!』


 自分と言う存在が崩れ去ろうとして、彼は口走った。勇者の子である兄上の言葉、クラークスの唯一の支えに、縋りついた。


『────なんですって?』


 言って、母親は立ち上がり、近づき、クラークスの頬を強かに叩いた。


『アレのせいか…………アレのせいで…………!』


 二回目、手の甲によるそれは、クラークスの頬に鈍い音を立てた。


『あんな淫魔の子を兄だなんて────!』


 三回目、四回目、五回目……………………怒りから涙を流す母親の顔は、醜悪だった。




 クラークスは、自分の持っていた支え全てを無くしてしまった。


 一度だけ、マナが会いに来て、クラークと呼んできた。


 彼に木剣を渡して、強かに、何度も、泣いても、何度も、殴りつけて────


 ーーーーーーーーー



 その顔が、その泣き顔が、目の前で泣いている姿と、重なった。


「どうして父上は、兄上だけ特別扱いしたんだ!」


 言葉が止まらない、目頭が熱い、気づくと聖剣は、手に持っている一本のみ、それ以外は制御出来ず、能力が解けていた。


「認められてないのに!誰の子かも分からないのに!」


 恨みが、妬みが、溢れ出るそれが、どうしても止められない。


「オレより下のくせに!どうして、どうして!」


 ざらざらと、瞬きのたびに、クラークスは思い出す。


 一人で父上の部屋に行って、中の話し声を聞いて、そっと中を覗いた時の光景。


 父上からマナに指輪を渡し、いつかあげると約束し、マナの頭を撫でるその光景。


 母上もいない、勇者の力が覚醒してなくても叩かれない、何一つ強いられないまま、生きられる。


「どうして、そんなに幸福(シアワセ)なんだ!?」


 それは、叩きつけるような()()だった。




 剣を高く掲げて、跳び込み、クラークスはその体を両断せんとする。


 しかし、それと全く同じように、マナも両手を広げて、飛び込んでいた。










「……………………………………………………………………………………あにうえぇ」


 彼の、クラークスの手から、剣は落ちる。


「……………………クラーク」


 涙を流して縋りつく、12歳の弟を、マナはぎゅっと抱きしめた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ