第九話「八ツ俣の仮封印」
「今は侍がいないのですか?」
「う~ん、そうだね。今は軍人と呼ぶかな」
「軍人……は武器をもってもいいのでしょうか……」
穂乃花のささいな疑問に、遊佐は色あせたため息を吐いた。
「戦うことが役割だからね。……でも隠して持ってる人はまだまだいる。ほら、キミの旦那さんもそうじゃないかな?」
そう指摘され、「旦那じゃない」と顔を赤らめる。
深琴が二本の剣を持っていたことを思い出す。
許可されているのかはわからないが、深琴には重要なアイテムのようで、基本的に肌身離さず腰にさげていた。
穂乃花は眠っている間で世の中の考え方が変わったことを理解していく。
武器だけでなく、人々の生活そのものがカラフルになった。
顕著なのは人々の装い。
女性が華やかに身を装う姿に穂乃花の乙女心が躍った。
穂乃花はあざやかな色合いを好み、今の時代のファッションを好んでいる。
守里は以前のまま、質素な薄桜色の小袖を着ていた。
髪をうなじでお団子に丸めているのも変わらない。
やわらかい目元はいつも微笑んでおり、荒れすさんでいた穂乃花には救いとなっていた。
(守里ちゃんは前より幸せかな? だったら少しでもその時間を過ごしてほしい)
八人姉妹の中で守里は身体が弱く、村からほとんど出ることがなかった。
今の穂乃花は勾玉を探して旅をすることにしたが、守里にはそれが難しいことも理解している。
だから勾玉を受け取って、次の目的地に一人でも進む気でいた。
(大丈夫。私がなんとかする。……本当はこのまま平穏であればいいのに)
そう願わずにはいられないのは巫女失格だろうか?
命を投げ出そうとした姉妹たちへの罪悪感は消えてくれない。
「何か欲しいものがあるのかい?」
遊佐の声かけに穂乃花はハッとして顔をあげる。
すぐにマイナスに考えてしまうと頬を叩き、くるりと遊佐に振り向いた。
「護身用に武器がほしいんです! でも自分にどれなら扱えるかわからなくて……」
遊佐はしばらく考えるそぶりをみせ、店の壁にたてかけた武器を穂乃花に差しだす。
「薙刀なら持っていておかしくないだろう。女学校では薙刀を学ぶところもあるみたいだし。女の子でも多少心得のある子も多いよ」
「薙刀……」
穂乃花は剣も弓も、基本的な扱いは出来る。
特化した力はなく、姉たちの優秀さの前で意味はないと極める道を選ばなかった。
似た形の武器は以前からあったが、実際に手に取ってみれば重さも扱い方もまったく異なる。
練習すれば扱えるかと試しに手にもち、ゆっくりと横に振ってみた。
「これ、いいですね」
手に馴染んだことがうれしく、薙刀で戦えたらと希望を抱く。
しかし穂乃花に支払える金がなかった。
深琴に頼るのは嫌だと思い悩んでいると、遊佐は「あげる」と気さくに笑いかけてきた。
「守里さんの妹さんだから特別」
「ありがとうございます……」
観察する必要がないくらい、遊佐は真面目で良い人だ。
守里がここに残るのであれば、安心して頼めるくらいの誠実さが垣間見える。
守里には幸せになってほしい。
そのはずなのに、それが叶わない未来を想うと穂乃花の気持ちに影をさした。
(仕方ないの。せめて私ががんばらなきゃ)
これ以上、不安定な姿は見られてはダメだ。
穂乃花は遊佐に頭をさげると、そそくさとその場から離れた。
寝室として用意された部屋に戻ると、刀身を鞘から抜いて手入れをする深琴がいた。
「おかえり穂乃花。あれ、その薙刀どうし……」
ピシャンと乱暴に襖をしめると、穂乃花は薙刀の柄で深琴の腕を二度叩く。
「なんでこっちの部屋にいるのよ」
鬼の形相でわざと足音を鳴らして詰め寄る。
「まあまあ」と深琴は両手を前に穂乃花を落ちつけようとしたが、ある程度距離が縮まったところで目を光らせて薙刀の柄を掴み、後ろに引いた。
バランスを崩した穂乃花が畳につまずき、深琴の胸に飛び込んでしまう。
いつも強引に至近距離を作られ、穂乃花は顔を真っ赤にシャーシャー猫のように深琴の肩に爪をたてた。
「こらこら。暴れない、暴れない」
「何なのよ。……ほんと、あなたって何なのよ!」
葛藤を抑えきれなくなり、やけくそに全力で叫ぶ。
静まりかえった部屋で、穂乃花は我慢の限界がきてボロボロと大粒の涙を頬に伝わせる。
それを見て深琴が目を見開き、慌てて穂乃花を抱きしめ、背中をポンポンと撫でてあやしだした。
「何かあった?」
いつもはからかうばかりなのにこういう時はやさしい声色だ。
怒ってばかりの穂乃花は自己嫌悪を強めていく。
深琴はお調子者なだけで、はじめからやさしかった。
穂乃花がささいなことで怒って素直になれなかっただけ。
初キスを奪われたこと以外は、深琴に対して悪い気はしていない。
穂乃花は深琴の胸に顔を押しつけ、絶対に表には出すまいと考えていた想いを口にした。
「私たち姉妹は全員巫女なの」
「うん?」
知っている、と深琴は穂乃花の後頭部を撫でて、傾聴の姿勢をみせる。
温もりに目頭が熱くなり、穂乃花は目元を擦ってまた途切れ途切れに想いを吐きだした。
「八ツ俣を封印しようとして、失敗した。だから今、もう一度封印しないといけない」
自分に言い聞かせるように。理性を投げ捨てないように頭の中で反芻させる。
姉一人一人の顔が思い浮かべ、穂乃花のしでかした罪の重さに笑顔が黒く塗りつぶされた。
「守里ちゃんの幸せを願っていいかわかんないの。だって私たち、封印するために……」
「人柱になった?」
カフェーで穂乃花が話した当てつけ話を覚えていたようだ。
穂乃花はうなずき、震える声のまま言葉を続ける。
「これから封印するとなると、今度こそ人柱になるしかない」
そうなれば守里を大切に想う遊佐は悲しむだろう。
二人が幸せになってくれればいいと思う反面、使命感との板挟みになった。
穂乃花が人柱になる。
儀式は巫女全員がそうなる予定だった。
だから守里だけ特例で助けることができない。純粋に姉の幸せを願いたいのに。
どうしようもない現実と自分の嫌な心に幻滅していた。
「たぶん大丈夫だよ」
「何言って……!」
顔をあげると深琴が人懐っこい笑顔で穂乃花の両頬を挟む。
唇が尖ってしまい、くらえて泣きっ面なのだからよけいに苦しい。
「巫女様が人柱はいらないって言ってた」
「え?」
「今は仮封印が出来ている。ちゃんと勾玉がそろえば大丈夫ってな」
「うん、そうだ。言ってた」と深琴は誇らしげに顎に手を当ててうなずく。
頬を挟んでいた手が離れて、穂乃花はへなへなと脱力する。
(そろえるって。あの時もそろってた。それでも足りなくて人柱に……)
「人柱にならなくてもちゃんと封印出来るんだ」
そんなはずは……と考えるも、時の流れで何か道が生まれたのかもしれない。
期待と不安に深琴を見つめれば、「だがひとつ問題がある」と決まり悪そうにこめかみをかいた。
深琴は腰にさげていた剣をとり、切実な眼差しをして刀身を鞘から抜く。
折れた剣を畳みにすべらせ、穂乃花の手をとって銀色の輝きに指を当てた。
見覚えのある剣に穂乃花は気まずそうに顔をあげ、深琴の瑠璃色を見つめた。