第八話「勾玉集めの理由」
奥の部屋に入ると守里が手際よくお茶をいれる。
座布団に正座して穂乃花は身体を左右に揺らす。
緊張からソワソワが隠せずにいた。
「守里ちゃん、どうしてここに……」
「運よくここまで来れたの。どうしたものかとウロウロしていたら、遊佐さんに助けてもらったのよ~」
遊佐とは、鍛冶屋の店主の名だ。
おだやかで良い人だと、守里は遊佐の人となりを好ましく思っているようだった。
守里は意外と大胆で、穂乃花の想像を超えることもしばしば。
まさか早々に味方をつけて、宿まで確保し、銭稼ぎまでするとはなんとたくましいのかと、穂乃花は驚愕した。
人を見る目もあるので、運の良さは姉妹一だと輝かしく見えた。
「勾玉を探してます。最近、あちこちで水害が発生しているのはご存知ですか?」
ほのぼのとした会話が続きそうになったが、深琴が会話に切りこんで本題に入る。
珍しく丁寧な口調は意外にも様になっている……が深琴らしさはなかった。
「知っとるよぉ。八ツ俣のせいやろうなぁ」
(八ツ俣……)
聞き覚えのある名前に穂乃花は拳を握りしめる。
八ツ俣とは、かつて水害を起こして暴れまわっていた化け物の名称だ。
それを穂乃花たち巫女姉妹が封印しようとして……失敗した。
穂乃花の失態で中途半端な封印となり、ついにその八ツ俣の封印が緩くなりだしていた。
その影響で水害が発生していると想定される。
当時の出来事は穂乃花にとって忌々しく、許せないもの。
あまりの悔しさに手のひらに爪が食い込んだ。
「オレの出身村に巫女様がいます。その巫女様が勾玉を集めて再度封印すると」
ようやく明かした深琴の考えにハッと顔をあげると、守里が穂乃花の焦りを気にして隣に寄ってくる。
そして青白い小さな手を穂乃花の手に重ね、あわく微笑んだ。
「その巫女様は姉妹の誰かやろうなぁ。占いでみんなの居場所は調べたのよ~」
守里は姉妹の安寧を願う人で、占いの力が強くなったのも姉妹の道しるべになれたらという動機だった。
目が覚めてそこまで日が経っておらず、自分のことで精一杯だろうに……。
守里は「ちょっと待ってね」と奥に引っ込み、すぐに地図をもって戻ってきた。
地図に書かれた目印にカラフルな石を置いていき、最後に斎成町を示す場所で指を止めた。
「一番近いのは桐野村。次に天満山」
現在地は斎成町、北西に向かって桐野村にたどりつく流れだ。
土地勘のない穂乃花には地図を見ても道がまったく想像できない。
「桐野村だとゆっくり向かっても三日程度だな」
深琴が穂乃花にぴたっと身体を寄せ、地図に指を滑らせて道を示す。
急な接近に驚いた穂乃花は、瞬時に深琴の頬を押して距離をとる。
「な、なんなの! そんな密着する必要ないでしょ⁉」
「スキンシップだって」
「知らないわよ!」
赤くなった頬をさすりながら笑う深琴に気持ちは乱され、目尻が鋭くなるばかりだ。
可愛げのない顔だと、穂乃花は内心落ち込んで頬を指圧で揉み解した。
「二人は仲ええなぁ」
「仲良くない!!」
男女二人旅の理由付けとして"夫婦"を表向きにしているが、よくよく考えれば守里にウソをつく必要はない。
深琴にしてやられたと穂乃花は守里の後ろに逃げ込み、そこから歯をむき出しに深琴を威嚇した。
「そんな睨むなって」
「守里おねーちゃん! 誤解しないでね! 私たち夫婦でもなんでもないから!」
「あら、そうなん? なら深琴くんがんばらないとねぇ」
「がんばりますよ。オレ、ちゃんと本気なんで」
深琴は嘘を吐くのも大げさだ。
ずっと夫婦と言い、頬にキスをしてきたりと勝手が過ぎる。
(私は都合のいい道具じゃないもん)
そう思ったところで自己嫌悪に繋がり、守里の背に額をつける。
(都合よくいっしょにいるのは私だ。深琴がいなければここまでこられなかったのに)
今からでも一人旅に戻った方がいいだろうか。
着物もそろえたので裸を気にする必要はない。
もう一人で旅をしてもそこまで困ることはないはずだ。
ここまでよくしてもらって「はいサヨナラ」ではそれこそ失礼だと、非情さが突き刺さる。
甘えていられないと葛藤するわりに深琴に依存した形となり、余計に罪悪感が強くなった。
その姿を黙って受け入れる守里は、にっこりと深琴に笑いかけて、茶の残りをすすめていた。
その日は守里が遊佐に頼み、一泊させてもらうことになった。
どういう流れでここに住んでいるのかを聞くと、守里は「占いを頼りに歩いたら遊佐がいた」とのほほ~んと答えが返ってきた。
人を疑わない性格の姉が心配になり、就寝時間まで遊佐の様子を観察してみた。
やたらと守里にやさしく丁寧だ。
(なーるほど)
下心満載というわけか、と思いつつ手を出そうとは思ってなさそうだ。
遊佐自身がもともと人の良い人だろうと、男女という時点で気にかかっていたが今は安心が強くなっていた。
そもそも穂乃花が深琴と"かりそめ夫婦"で旅をしているのだから、それよりもずっと清らかだ。
とはいえ、穂乃花たちが不純というわけでもないので、結局は男性の接し方で見え方が変わると憤りを感じた。
同時に、未来を想っての憂いが穂乃花の肩を落とす。
(どうせ私も守里ちゃんも……)
誰かに応える未来を持ちあわせていない。
そこまで考えて、今は余計なことは考えないと、世話になるのだから何か役に立とうと気合いを入れて店の表まで小走りした。
守里は夕飯の支度をしに台所にいる。
手伝いを申し出たが「これは自分の役目」と断られてしまった。
何も役に立てることが見つからず、暇を持て余した穂乃花はどんな武器があるかと店内を物色しだす。
「刀に興味でも?」
そこに研ぎものをしていた遊佐が、白い歯をみせて穂乃花に問いかける。
先ほどは急いていてちゃんと見られなかった分、現代の武器に関心をもって首を傾げて苦笑いをした。
「刀というより、いろんな武器があるんだなと思いまして」
「そうだなぁ。まぁ。最近はもっぱら包丁だなんだと日用品ばっかりさ」
昔と違って武器に需要がない。
帯刀すること自体、許可された人間でないと捕まってしまう世の中だ。
かつては有名な武士に刀を鍛えた歴史ある店らしいが、今は庶民のための研ぎ師となっていた。