第七話「六女・守里ちゃんは占い師」
振り回されて悩んでばかりの穂乃花だが、冷静さがないわけではない。
深琴が一歩上手で、穂乃花をからかうから乱れているだけ。
悪いのは全部深琴だ、とふてくされていると、穂乃花の可愛げのない思考を吹き飛ばす黄色い悲鳴が前方から飛んできた。
「キャーッ!」と明るい響きに穂乃花は圧倒されるも、女学生の集まりに好奇心がゆさぶられる。
花が飛ぶ光景に穂乃花まで楽しい気持ちが伝染し、またもや深琴の面倒さは放り投げて子どものように目を輝かせた。
「深琴! あれじゃない? うわさの占い師さんって!」
「おおー。ずいぶんとモテモテなことだ」
「私も何か占ってもらおーっと」
「あ、おい!」
夫婦らしさなんて思考から吹き飛んで、穂乃花は気持ちのままに駆けだす。
深琴が夫婦として相性を見てもらいたいと言っていたが、今は脳内の端っこにさえいない。
穂乃花にとって占いは楽しみであり、背中を押してくれるもの。
八人いる姉のうち一人が占いを得意としており、よく占ってもらったと思い出し笑いをする。
盛り上がる現地に入ろうと、人をかきわけて顔だけ前に出す。
中途半端な状態に、周りは動きを止めず結果として運よく背中がおされて占い師の前に飛び出した。
地面に布を敷き、ほのぼのとした雰囲気で女性たちと雑談をしていた占い師と目が合い、互いに口を大きく開いた。
「穂乃花ちゃん?」
「ま、守里ちゃん⁉」
まさかの占い師の正体は穂乃花の姉。
穂乃花同様、目を覚ましてからさほど時間が経っていないはずだが、なぜこの華やかな街で占い師の顔になっているのか……。
「おーい、穂乃花。大丈夫……か……」
深琴が追いついて穂乃花の肩をつかむ。
振り返った穂乃花は目じりを赤くし、不安げに瞳を揺らしているので深琴は息を呑んでしまう。
最初は周りにいた女学生は「知り合い?」とざわついていたが、深琴が登場すると「あらイイ男」と惚れ惚れと頬を染める。
一見、穂乃花と女学生たちは同じように赤く染まっていたが、深琴がまっすぐに見つめていたのは穂乃花だけ。
占い師と穂乃花の関係性に気づくと、きりっと真面目な顔をしてその場に膝をついて守里を見つめた。
「はじめましてお姉さん。穂乃花の夫の深琴と言います。どうぞよろしく」
「ちょっと! 何言って……!」
「あらぁ、穂乃花ちゃんってば~。いつのまにか結婚してたのね~」
「守里ちゃん⁉」
おっとりした守里は深琴の冗談をそのまま受け取ってしまう。違
うんだと大きな声で否定したかったが、未婚の男女が二人旅と露呈すると根も葉もないことを言われて面倒なことになる。
やたら夫婦アピールをしたがる深琴を殴りたい気持ちをぐっとこらえ、この先の旅路が安心できることを優先した。
「よう来たねぇ。穂乃花ちゃんに会えてお姉ちゃんうれしいわ~」
「私も……って、守里ちゃんなんでここに……!」
あの絶望からどうしてここに行きついたのか。
山奥で目を覚ました穂乃花と違い、守里は賑やかな人の多い地で自分なりの生活をはじめている。
罪悪感から穂乃花は守里に掴みかかると、守里はすぐに取るべき行動を理解してうなじに手をまわす。
着物の合わせで隠れていた勾玉を取りだし、翡翠の輝きを穂乃花の眼前にチラつかせた。
「姉妹の誰かが近くにいるのはわかっていたから待ってたんよ~」
「わわわ! 守里おねーちゃんダメだよ!」
勾玉とは神聖な術具であり、気安く人に見せるものではない。
守里は周りに見られることも気にせず勾玉を出したので、穂乃花は慌てて勾玉ごと守里の胸に手を押しあてた。
誰が見ても勾玉。
穂乃花が焦る理由は誰もわからない。
だが万が一、この勾玉が特別なものと見抜く者がいたら危険がふりかかる。
ささいなことで戦場を生み出したくないと、穂乃花は守里が勾玉をしまうのを確認するとホッと息をついた。
再会して早々に守里に振り回される穂乃花。
出会ってからずっと落ちついている場面がない。
「今日は店じまい。みんなごめんね」
まずは守里と話し合う機会を作るのを優先し、深琴は女たらしの煌びやかな笑顔を浮かべて女学生たちに線引きをした。
黄色い声をあげて引き下がるものもいれば、不満を漏らす声もある。
手懐けてきた経験値は圧倒的に深琴が上。
浮ついた空気を楽しんでいた女性たちを見事に散らして、三人だけの空間をつくった。
「守里さん、とお呼びしていいですか?」
「えぇよ~。わたしも深琴くんって呼ぼうかな~」
「よろこんで」
(あぁぁ……。守里ちゃん、これ絶対信じてる)
占いは必中レベルであてるくせに、相手に言われたことはすべてが"正しい"を前提認識する。
赤裸々に語らねば占いにもならないので、守里の占いを求めてやってくる人は何日もかけて人生を語っていた。
――信じるが前提、となれば深琴の夫婦発言もそのまま受け取ってしまう。
否定したいところだが、穂乃花の貞操観念も今はかりそめ夫婦であれと訴えていた。
「守里ちゃん、あのね。私、大事な話が……」
「わたしもだ~いじな話あるよぉ」
唾をのみこみ、勇気をだして穂乃花は守里に罪償いをはじめようとする。
嫌な記憶が脳裏をよぎると冷たい汗が額から流れた。
「大丈夫だよぉ。ちゃんとわかってるからね」
首を締めて苦しさに打ちのめされたら許されるだろうか。
自己嫌悪に苛まれていると、穂乃花の正義感を知る守里が寄り添いの姿勢をみせる。
両手を伸ばし、穂乃花の汗ばむ手を包んで「よしよし」と赤子を癒すように撫でた。
目の前にいるのはやさしくておっとりとした、大好きな六番目の姉だ。
久しぶりに姉のおだやかさに触れ、穂乃花の瞳に涙がたまりだす。
何もかも自分が悪いと戒める気持ちを抱いていたため、心に鉛がのっかった感覚があった。
心許せる守里に出会い、わずかに肩の荷が軽くなったと目頭の熱さにまぶたを擦った。
それから守里が下宿しているという鍛冶屋に向かう。暖簾をくぐると、土と鉄臭さが中から漂ってきた。
「ただいま戻りました~」
「守里さん。おかえり……って」
「客か?」と目を丸くする鍛冶屋の店主。
がっちりとした体格で、小麦色の日焼けが印象的だ。
汗と鉄汚れで黒くなった顔をタオルでふき取ると、目元をやわらかく笑ませて歩み寄ってくる。
深琴も身長が高いほうだが、店主はさらに高く、物腰の柔らかさに反して圧が強かった。
守里は店主のとなりに立つと、背伸びをして丁寧に深琴と穂乃花を示して関係性を語った。
「そうかぁ。守里さんの妹さんなんだね」
「はじめまして。妹の穂乃花です。守里ちゃんがいつもお世話になってます」
「夫の深琴です」
何食わぬ顔で言葉を乗せてきたと、穂乃花は瞬時に深琴のわき腹を肘で突く。
「いたっ」とわき腹をさすりながら深琴は守里とアイコンタクトをとり、先へ進もうとした。
機転の利く守里は店主に奥の部屋を借りると言って、早々に話を切りあげる。
穂乃花は鍛冶屋に並ぶさまざまな武器に圧倒され、ついキョロキョロと見渡しながら奥に進んだ。
見慣れた武器もあれば、穂乃花の知らない型もある。
もともと穂乃花が扱える武器はあるだろうかと探してみたが、見つけるより奥の部屋に着くのが先だった。