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第五話「甘味は乙女のお楽しみ」

上機嫌な深琴についていき、入ったカフェーと呼ばれる飲食店。


そこは乙女心をくすぐるもので満ち溢れていた。


穂乃花にとってまさに未知の愛らしさに興奮し、あっちを見たりこっちを見たりと落ちつきなくはしゃぎだす。


女性店員は布地を重ねてふわふわにした前掛けをつけて食事を運んでいる。


店内の装飾は深紅の絨毯に夕日のような灯り、漆の塗られた艶あるインテリアと飽きがこない。


この時代を知らないに加え、元いた場所は山奥の村だったこともあり、穂乃花にはすべてが新鮮。


もっとこの時代を知りたいと好奇心が強まり、深琴に早口に質問を投げてしまう。


そうとう騒がしかったはずなのに、深琴は嫌な顔一つせずに答えてくれた。



ここまでの道のり、始終深琴はやさしい。


だからこそ殴ってしまった罪悪感がうまれてしまう。


最初の苛立ちよりも、穂乃花を想っての行動が目立ち、ソワソワと頬を染める単純な乙女が出来上がっていた。


もちろん、それではダメだと葛藤し、穂乃花は心の中で自分を叱咤する。


(殴って当然よ。勝手に唇を奪うなんて乙女をバカにしてるわ)


思い出して、唇に指を滑らした。


穂乃花にとって大事な、乙女の生き方。


恋も触れあいも、語らいも、唇を通して行う憧れが壊れてしまった。


悲しい想い出となったはずなのに、予想外の自由を得られて受け取り方に思い悩む。


真っ当な旅同行者だと、山をくだってからは一度も傷ついていない違和感に眉をひそめた。


深琴とテーブル越しに向き合った状態で、穂乃花は言葉を飲みこんでまっすぐに深琴を見つめてみる。


穏やかな微笑みが返ってきて、気恥ずかしさに視線を落とす。


最低な男ではあるが、黙っていればハンサムな人。


色んな感情が入り混じり、ステンドグラスの照明が手元を複数の色に染めていた。



「お待たせいたしました。ホットケーキです」


女性店員が運んできたのは、この時代でもお目にかかるのが貴重なスイーツ。


白くてふわふわの小麦生地に、添えられたバターとハチミツをかけて食べるらしい。


緊張しながらもおいしく食べようと意気込んだが、銀色のフォークとナイフに苦戦して平な皿が金切り声をあげる。


周りの目を気にしながら、なんとか不格好に切り分け一口分を頬張った。


バターをつければ生地に染みて触感が変わる。


ハチミツをかければまさに"幸せの味"が口の中に広がった。


「うまいか?」


深琴の問いに穂乃花はホットケーキを頬袋に詰め込む。


ごくりと飲み込むと首がもげそうな勢いでうなずいた。


「すっごくおいしい!」

「そうか。ならよかった」


にっこりとして自分の甘味を口に運ぶ深琴。

あんみつ、と呼ぶらしい。


(あの赤い果実、おいしそう。深琴って、食べ方がとってもキレイだわ)


じっと眺めていると深琴はあんみつを飾る赤い果実・サクランボを手に取り、ホットケーキの器にのせた。


「やるよ」


この人は穂乃花の読心術でも使えるのだろうか。


ゴクリと唾をのみこんで穂乃花はボソッと礼を言い、サクランボを頬張った。


「穂乃花さ、何であんな山奥で眠ってたんだ?」

「……へっ⁉」


甘味を満喫していると、深琴はいい機会だと穂乃花の身の丈を尋ねてくる。


思わぬタイミングでの質問だったため、穂乃花はサクランボを勢いよく飲みこんだ。


水を飲んで口の中の甘さを全部流し込む。


穂乃花の世話焼きをしてくれているのに無言を貫くのはさすがにズルいと、穂乃花は聞く耳を持とうと背筋を伸ばした。


「目が覚めてそうそうに勾玉がないって騒いだけど、それは穂乃花が眠っていたことと関係あるのか?」


そもそも深琴と旅をするのは勾玉を探すため。


深琴もまた、勾玉を探していると言っていたので油断大敵。


何よりも重視する"勾玉"をめぐって、穂乃花と深琴は互いの許容範囲を明かす必要があった。


「質問する前にあなたから話すべきじゃない?」


とはいえ、穂乃花から明かすのはイヤだと意地をはる。


勾玉はもともと穂乃花のもの。


深琴は横入してきた側なので、勾玉についてはただで語れない。

……着物にスイーツと、尽くされてはいるがそれはそれ、と正義感の振り分けをした。


「ここ最近、水害が発生したりと不安定なのよ。その原因を封じる必要があって、オレの村の巫女様に勾玉を集めてほしいって言われたのさ」


その言葉に穂乃花の耳が反応し、疑わしい目を深琴に向ける。


「なんであなたが探すの? 他の人でもよかったじゃない」

「あー……オレが村一番のいい男だったから?」


椅子にゆったりもたれかかり、真剣な会話を笑いで誤魔化そうとした。


ちなみにまったく笑えないと、穂乃花は冷めた目で深琴を一瞥する。


深琴は陽気な人だが、わざとらしいボケを言うのはやめてほしいと肩を落とした。


「もういい。あなたも私も勾玉を探し中というわけね」

「そういうこと。で、オレは話したけど穂乃花も答えてくれんだろ?」


「まさか逃げないよな」と笑顔で詰め寄ってくるので、穂乃花は仕方ないとつま先を丸め、背筋をピンと伸ばす。


「その巫女様の言う通り。勾玉が水害の原因を封じるために必要よ。何年前かわかんないけど、私はそいつを封印しようとした巫女の一人」

「巫女の一人?」


深琴の疑問に穂乃花は眉をひそめる。


かつて穂乃花が経験した封印対象と、現在起きている水害の原因は同じだろう。


今すべきことと縁が繋がり、なおさら責務を果たさなくてはと焦りが強くなった。


「私、八人姉妹なの。姉妹全員が巫女で、そいつを封印するために人柱になろうとした」

「はっ? 人柱?」

「そうよ。とにかく、今度こそ封印するために勾玉が必要なの。勾玉はお姉ちゃんが持ってるはずだから」


穂乃花がすべきことは勾玉探し。


手がかりはともに人柱になるはずだった姉妹だ。


かつての光景を思い出し、穂乃花は持っているはずの勾玉がないことに悔しさをにじませ、下唇を噛んだ。


「お姉ちゃんたちに会いに行かないといけないの」


強く噛んで唇が切れてしまったかもしれない。


口の中に鉄の味が広がって、落ちつかずに手首に爪を立てて何度もかきむしった。

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