第四話「ハイカラ巫女さんが通ります!」
*** 二 ***
山を下りて、草履だけ入手してもっとも近い商いの街を目指す。
その道中でさえ、早くも穂乃花一人にはハードルの高い危険に満ちていた。
戦闘には自信があったが、小物のあやかしと戦う時でさえ人目があると思うように動けない。
恰好が恰好なので、外套にくるまって深琴が退治するのを見ているしか出来なかった。
あやかし退治の腕は見事なもの。
ずいぶんと戦い慣れているみたいだが、戦いで使うのは一本の剣のみ。
腰にさすのは二本のため、「そっちは使わないの?」と問うと、折れているから使えないと教えてくれた。
折れた剣を持ち歩くなんて邪魔だろうに、と思いつつ剣に既視感を覚える。
(まぁ、いいか)
デコボコの道を歩いていき、ようやく目的地に定めた商いの街・斎成にたどり着いた。
草履だけは用意したものの、穂乃花の恰好はまだ外套で隠しているだけ。
おまけに足裏は痛いままなので、深琴におんぶしてもらう状況が続いていた。
それはもう周りの注目を集めてしまい、赤恥に深琴の肩に顔を埋めた。
(耳、赤い?)
こうも近ければ肌の色や温度の変化に気づく。
くわえて斎成に着いてからは深琴の足が速くなったと、背負われ揺れながらぼんやりと考えた。
深琴に背負われるのは心地よい。
ほとんど警戒心を解いていた穂乃花の前に、カラフルな布地を飾る店が現れる。
呉服屋らしいその店に深琴は穂乃花を連れて入り、入り口手前の畳敷きにおろした。
「店主さんよぉ、一式そろえてくれねぇか?」
「は、はい。承りました……」
訳あり男女に戸惑う店主だったが、深琴の依頼にそそくさと着物を選びだす。
穂乃花はキョロキョロと店内を見渡して、壁の棚に整列された反物を眺めた。
ずいぶんと色合いが華やかだと目を輝かせていると、店主が何着かの着物を穂乃花の前に並べて見せる。
「こちらはいかがです? 流行りものだと緑、勝色(紫みのある青)の袴を合わせる方が多いですね」
こんな組み合わせも……と店主はどんどんすすめてくる。
その様子を深琴はじっと眺めていたが、穂乃花はまったく反応を示さない。
一体どうしたのだろうと深琴が顔をのぞきこむと、目をキラキラさせた女の子がそこにいた。
「わぁぁ、なにこれなにこれ!」
まるでおはじきの宝石箱にはしゃぐ子どものようだった。
着物を手にとってはキャーキャー騒ぎ、ついには店内を駆けまわって商品を物色しだす。
あまりのはしゃぎように外套がずれて肌が見えそうになると、店主が目を細めて舌なめずりをする。
いやらしい目つきに深琴は咳払いをし、店主をけん制すると、楽しそうに着物を物色する穂乃花に歩み寄ってわざとらしく肩を抱き寄せた。
「なっ……なに……」
「気に入ったのはあったか?」
「え……...えぇっと……」
もじもじしながら穂乃花はとある一着を指す。
矢絣柄の着物を選び、頬をほんのり染めてほんわかと微笑んだ。
「すれ違う人、この模様多かったから」
「……そうか」
その言葉に深琴は甘ったるく笑み、穂乃花の髪を指先でくるくるして遊びだす。
距離感が狂いそうになるので思いきり突き飛ばすと、耳元で「夫婦なんだから」とおどされる。
ここは店主の目もあり、穂乃花には分が悪い。
なんとか最低限の距離にしようと抵抗していると、奥から店主の嫁が出てきたので着付けを手伝ってもらうことにした。
(わぁ、かわいい)
ときめきでいっぱいだ。
店主の奥さんに手伝ってもらいながら着替え、くるりと回って嬉しさに頬が浮く。
着方はすぐに慣れそうだと安心し、深琴の前に出る。
「ど……どう?」
この時代のオシャレは気恥ずかしい。
おかしくないかだけでも知りたかったのに、深琴は目が合ってもめずらしく何も言わずさっさと代金を支払い、店を出てしまう。
慌てて深琴を追いかけ外に出ると、小走りでなんとか追いついて袖を引いた。
「あの! ありがとう!」
浮きたつ気持ちを込めて。
そこまで立派に面倒を見てもらう必要はないのに、深琴はまるで穂乃花を楽しませるように好きにさせてくれた。
これで身なりは安心だと理性で気持ちを鎮めつつ、乙女としてオシャレに身を飾れる幸せに胸がくすぐったかった。
すると深琴はふてくされて口をへの字にし、振り返って穂乃花の鼻のてっぺんを人差し指でへこませる。
「貞操がなんだと騒ぐわりに警戒心がないんだな」
不満を漏らす悪ガキのような口調だ。
一体何だと穂乃花が首をかしげると、深琴はハッとして「いや」と否定して口元を隠した。
ぶっきらぼうになんでもないと言葉を引っ込めたので、穂乃花はなんとなく気になってしまう。
(変な奴。……やめた。考えても意味ないわ。どうせすぐに別れる)
これは穂乃花の安全を確保する上での準備旅。
安心が得られたらすぐに別れる"かりそめ夫婦"である。
夫婦と名乗るのも、二人旅を怪しまれないために体よく語るもの。
それだけの関係者を気にかけても無意味だと、穂乃花は自分に言い聞かせて心の声に耳をふさいだ。
代わりにずっと穂乃花が巫女として出来なかったオシャレへのときめきを前面に出していく。
オシャレとはなんて心が躍り、乙女を幸せにするものか。
深琴と同じように編み上げブーツを履き、紫の袴を広げて跳ねるように歩いた。
「すっごくかわいい! なんだかもう……かわいいの! ありがとね!」
語彙力はどこかへ飛んでいった。
ただただ歓びをあらわそうと背伸びをして、緩みっぱなしの頬を両手で包む。
牡丹色のリボンでハーフアップにまとめたあと、同色の組紐で一つに結う。
大きなリボンを髪に飾り、鮮やかな着物をまとうとは、この時代のオシャレはカラフルで主張が強い。
着物だけでなく、見たこともない装いが当たり前になっており、穂乃花は時間が経過すれば価値観も変わっていくことを体感した。
「穂乃花」
ふいに名前を呼ばれて動きをとめる。
ちらりと上目に深琴を見ると、深琴はいぶかしげに穂乃花の顔を見下ろしていた。
相当見られていたと恥じ入っていると、深琴が穂乃花の手を掴み、興にのって駆けだした。