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第一話「目覚めはキスから?」

*** 一 ***


 贖罪。そのために目が覚めてから5秒ほど静止――。


「いやあああっ! 変態⁉」

「ぐぅっ⁉」


悲鳴とともに眼前にいた男を拳で顎を殴り飛ばした。


身体を起こし、腕をさすりながら仰向けに倒れた男を睨みつける。

男は殴られた頬を抑えながら、ぎこちない苦笑いをして身体を起こす。


「いてて......。急に殴るとかひでーな」

「こっちのセリフよ! 眠っている乙女の唇を奪うなんて最低最悪!」

「んんん⁉ いや待って、ちょっと顔をのぞいただけ......」

「寝ててもわかるわよ! たしかに口に......」


そこまで口にし、頬を真っ赤に染めて唇を両手で覆い隠す。


鮮明に思い出せるしっとりした感触に視界が歪んで苦しい。


男と会話が噛み合っていないが、こればかりは間違えるはずがないと、あまりに大きすぎるショックに身体が震えだした。


(いやっ……! だって、そんなの......。目は閉じていても意識はあったんだから!)


眠りから覚めてもすぐに目を開くことが出来なかった。


まどろむ思考のなかでゆっくりと唇が離れ、目を開けば見知らぬ男。

とっさの反応で思いきり殴り飛ばしたが、男はしらばっくれるばかりで埒が明かない。

悔しさと悲しさに唇を袖で強く擦り、めげてたまるかと男を"唇泥棒認定"し、強く睨みつけた。


「最低! もう戻らないんだから!」

「はあぁ。そんなキスの一つや二つ……」

「そんなってなによ! 乙女には大事なことよ!」


考えれば考えるほど涙を我慢することが出来ない。

ついに目尻からポロリと落ちて、着物の袖で顔を痛みつけるように乱暴に拭った。


「はじめてだったのに……」


はじめての口づけは好きな人と。

そう思っていたのに、眠っている隙に奪われて打ちのめされる。


間抜け顔をする男に、なおさら涙がこぼれて喉が苦しくなった。


「それは災難なことで......」

「あなたがしたんじゃない! ううぅ......!」


乙女失格。

唇を重ねて恥じらいに頬を染めることも出来なかったと嘆きに嘆く。


悲痛に泣き暮れていると、男は後頭部をかきながら顔をのぞき込むように見つめてきた。


「悪かった。女子には大事なことだ、うん」


男なりに真摯に謝っているのだろう。


「ぐすっ……。あなた名前は?」


それがわかったから同じように真剣に向き合おうと涙を拭う。


感情の乱れが激しい姿に男は目を丸くし、やがて愛くるしいと目を細めて肩を落とした。


深琴みことだ。あんたの名前は?」

「穂乃花よ。......女性の名前みたいね、あなた」

「あいらしいだろ? 褒めてくれてもいいぞ」

「褒めないわよ!」


おちょくる姿勢は変わらないと、穂乃花はつい苛立って声を荒げてしまう。


顔を反らすと深琴が穏やかに微笑み、立ちあがって穂乃花にも手を差しだした。


なにせ穂乃花がいるのは石棺の中。

ずいぶんと変なところで寝ていたと苦い顔をしながら穂乃花は深琴の手を無視して外に出た。


取り合ってもらえなかったことで深琴は「あーぁ」と困惑している。


穂乃花はそれを尻目に見て、あらためて深琴はどういう男なのかを把握しようと、鋭い目つきで上から下まで舐めるように観察した。



ずいぶんと変わったなりだ。


重厚な黒い外套に、飾りのように巻き付ける白藍色の布。

瑠璃色の石の耳飾り。


(下は……なにあれ。袴に……皮の靴?)


草履でもカラコロ音の鳴る下駄でもない。

夜空色の髪は、ざんばら頭と呼ぶにしてはいささか整っていた。


帯刀していることから身分の高い人だろうかとついつい凝視してしまう。


「なんだい、惚れたか?」


ニヤッといたずらに笑う姿に穂乃花はカッとなり、乙女度外視で深琴の足を踏みつけようとする。

だが、反射速度は深琴が上回り、サッと避けられてしまった。


「惚れるわけないでしょ! 唇泥棒!」

「はいはい」


被害を受けたのは穂乃花なのになぜ、深琴のペースになっているのだろう。

不満を抱きつつ、もう一度足を前に踏みだして深琴の胸ぐらを掴んだ。


「あなた何でこんな山奥に? ここはもう立ち寄る村もないはずよ」

「んんん~。ちょっと探し物をしてて」

「探し物?」


その言葉に穂乃花は自分がここで眠っていた理由を思い、焦って小袖の合わせを引っ張りながら中を見下ろす。


そして唇が奪われることよりも注視しなければならなかったことが、もののみごとに穂乃花から失われたと気づき、冷汗が流れだした。


慌てふためいて深琴に手を伸ばして外套を引っぱると、前とめる金具が外れ、着物の合わせも乱れてしまう。


(ない……)


さらに奥に隠しているのだろうか。


外套にポケットはないかと確認したあと、着物の内側に着る詰め襟のシャツを掴む。

そうして真剣になっているうちに、頭上から濡れた吐息が落ちてきた。


「それ以上見ちゃうかい?」


艶っぽい笑みが穂乃花に向けられる。


夜色の前髪がさらりと揺れたことで、穂乃花は自分が何をしているかに気づき、顔面蒼白になって後ずさる。


赤くなったり青くなったりと忙しない穂乃花に、深琴は楽しそうに外套を脱ぐと両腕を広げた。


「気が済むまで調べてみ?」


清廉潔白な笑みをジロリと睨みつけ、穂乃花は苛立ちを募らせていく。


だが自身の感情より大事なことがあると、頭の中で「自制心、自制心」と唱えて深琴の持ち物を一つずつ確認していった。


穂乃花の気にするものは見つからず、他に調べるところがあるかと考えて視線が下降する。



――袴を見て五秒ほど制止。


パッと顔をあげると満面の笑顔を浮かべる深琴。


穂乃花はあわてて深琴を突き飛ばし、背を向けて小袖の胸元をたぐりよせた。


「お前さん、何を探してんだ?」


慌ただしい穂乃花に深琴は衣服を直すと、気さくで砕けた口調で穂乃花に問いかける。


その問いに穂乃花は拳を握り、悔しいと吐き出さん勢いで深琴に振り返った。


「勾玉よ。身に着けていたはずなのにないの」


穂乃花の回答に深琴の指先が跳ねる。


足早に深琴は穂乃花の袖を掴むと、穂乃花は藤色の瞳を見開き、ギョッとして硬直してしまう。


勾玉のことを思うと穂乃花は冷静でいられなくなり、悲鳴をあげたいのに深琴の手を振り払えなかった。


穂乃花が怯えていることに気づくと、深琴はあっさりと両手をあげて穂乃花から一歩退く。


緊迫した空気から解放され、穂乃花は力が抜けてその場にへたり込んだ。


「オレさ、勾玉を探してるんだよね」

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