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004.家族になろう


 その日の午後、ゼノとミネットは私室で領内の書状を整理していた。書物や書類が積み上げられた机に向かい、ミネットが慎重に文字を追う横で、ゼノはペンを走らせる。


 春の陽光が窓から差し込み、暖炉の火が静かに燃えている。静かで穏やかな時間だった。その静寂を破るように、隣の部屋から「みゃあ、みゃあ」という、小さな、けれど連続した鳴き声が響いてきた。


「……ゼノ様、いまの音……」


 ミネットは顔を上げ、耳を澄ます。


「猫だな。クロかシロか……だが、声が多すぎる」


 首をかしげながら寝室へ向かうと、暖炉の傍らに用意されていた毛布の上で、白猫のシロが身体を丸めていた。その傍らには、父親らしく誇らしげに尻尾を立てる黒猫のクロ。そして……その間には、ころころとした毛玉が五匹。


「……いつの間に」


 ゼノが目を瞬かせる。その声は、驚きと、かすかな感動を含んでいた。


「ご覧くださいゼノ様、白と黒が混ざった仔猫が……まあ、可愛い……」


 ミネットは息を呑み、両手を胸の前で組んだ。仔猫たちはまだ目も開いていないが、ちいさな身体をもぞもぞと動かし、母猫シロの腹に顔をうずめていた。クロはその背中を丹念に舐めてやり、シロは母らしく子を抱き寄せている。その光景は、まるで理想的な「家族」そのものだった。


「クロも……父親の顔をしているのね」


 呟いた瞬間、ミネットは胸がざわつくのを感じた。


(あのクロが、もう立派に父親になっているなんて。シロだって母猫の風格で、五匹も産むなんて……。その一方で、自分はまだ……)


 ゼノとの夫婦生活は順調に続いている。互いの心も近付き、夜を共にすることも増えた。だが、まだ子は授かっていない。


「……なんだか悔しいわ」


 ぽつりと零してしまった。その声には、ミネット自身も気づかないうちに、切ない感情が滲んでいた。


「悔しい?」


 ゼノが振り向く。彼の表情は、ミネットの言葉の意味を測りかねているようだった。


「クロとシロに、先を越されたみたいで……。だって、もう立派に“夫婦”じゃない」


 ミネットは自分でも可笑しいとわかっている。それでも、猫に嫉妬してしまうのだからどうしようもない。


 ゼノは一瞬、言葉を失ったように固まった。だが次の瞬間、耳まで赤くしながら真っ直ぐにミネットを見つめる。


「……私たちだって、十分に夫婦だ。誰に見せつけられずとも」

「そ、そうだけれど……」

「……だが、君がそう思うなら」


 低く掠れた声。ゼノの瞳は、暖炉の炎よりも熱を帯びているように見えた。ミネットの頬もまた、みるみる赤く染まる。仔猫たちの愛らしい寝息を背に、二人は視線を絡ませたまま言葉を失った。




 その夜。寝室の扉が閉じられると同時に、ゼノは普段の堅物な仮面を外したようにミネットを抱き寄せた。熱く深い口づけ。指先が頬をなぞり、髪を解き、背を撫でる。


「……ミネット。クロやシロに、負ける気はない」

「ふふ……私も同……」


 言葉を遮るように、また唇が重なった。互いの鼓動が重なり合い、夜は濃く深く流れてゆく。暖炉の火が小さくはぜる音、外では雪がしんしんと降り積もっていた。やがてふたりは互いの名を呼び合いながら、寄り添って眠りにつく。




 翌朝。居間では、クロとシロが仔猫たちを胸に抱え、満ち足りた様子で眠っていた。その光景を見たミネットは、思わずゼノの腕に寄り添いながら呟いた。


「……やっぱり悔しい。でも、幸せ」

「……ああ。私もだ」


 互いの手を固く握り合い、猫たちの寝息を聞きながら微笑む二人。その姿は、もう誰が見ても揺るぎない「夫婦」だった。

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