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政略結婚なのに、寡黙な辺境伯の無垢な溺愛が仔猫系令嬢を目覚めさせました  作者: 宮野夏樹
第1章 不器用な溺愛

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27.二人の世界


 ふわり、と風が揺れた。白いカーテンが窓から差し込む柔らかな光を孕んで、寝台のそばで軽やかに舞っている。その動きは、まるで昨夜の激しい感情が、静かに波紋を広げているかのようだった。遠くで鳥のさえずりが響き、部屋の空気は夜の名残をかすかに抱きながらも、確かに朝の匂いをまとっていた。それは、新たな一日の始まりを告げる、清らかな香りだった。


 ミネットはその柔らかな光の中で、まどろみの海からゆっくりと浮かび上がった。彼女の瞼は、まだ重たげに揺れていたが、その心は、穏やかな幸福感に満たされていた。重なるシーツの感触。肌に触れる柔らかな布地は、昨夜の記憶を呼び起こす。ほのかに香るゼノの匂い。彼の香りは、ミネットの心を包み込み、深い安らぎをもたらした。そっと瞬きをすると、視界の端に、大きな体が静かに横たわっているのが見えた。彼の存在は、ミネットの心を温かく満たした。


「……ゼノ様……」


 昨夜、不安と喜びの中で何度も呼んだ名前を、今朝もまた口にする。その声は、微かに掠れていたが、その中には、深い愛情と、そして安堵が込められていた。ふと指先を伸ばせば、すぐそこにある――あたたかい存在。彼の体温が、ミネットの指先に伝わり、彼女の心に深い安心感をもたらした。恐れも不安も、もうない。昨夜の恐怖と絶望は、彼の存在によって、すべて消え去っていた。指先がゼノの胸元に触れた。はだけた布の隙間から覗く彼の肌に、ミネットはそっと耳を寄せた。


 ――ドクン、ドクン。


 静かな、しかし力強い鼓動が聴こえた。そのリズムは、彼の生命の証であり、ミネットの心を揺さぶった。ミネットは目を閉じたまま、その音に聞き入った。まるで耳元で「生きている」と確かめてくれているようなリズム。その心音が、何よりも愛おしかった。彼の鼓動は、ミネットの心に、深い幸福と、そして安堵をもたらした。


「……おはよう、ミネット」


 不意に低く、掠れた声が頭上から降ってきた。その声は、まだ眠気を帯びていたが、その中には、ミネットへの深い愛情が込められていた。ミネットが目を開けると、ゼノがまどろみの中で微笑んでいた。彼の瞼はまだ重たげだったが、口元は優しく緩んでいて――眠る前に触れたときより、ずっと柔らかい。その表情は、ミネットの心を温かく満たした。


「……おはようございます、ゼノ様」


 ミネットが笑い返した瞬間、ゼノの手がそっと伸びて、彼女の頬を包んだ。彼の指先が、ミネットの肌を優しく撫で、その温もりが、彼女の心を包み込んだ。そして、優しく引き寄せられるまま、唇が重なった。


「おはようの……口付けだ」


 ゼノの言葉は、まるで蜜のように甘く、ミネットの心を溶かした。


「……ええ」


 ミネットは、彼の言葉に、静かに頷いた。ほんの少し触れるだけの、それでも昨日の夜とは違う、穏やかな温度のキス。そのキスは、二人の間に生まれた、新たな絆を象徴していた。互いの存在が、言葉よりも雄弁に“ここにいる”と語っていた。彼らの心は、深く繋がっていた。


 その日、ミネットはゼノのそばを片時も離れなかった。彼女の心は、ゼノの無事を喜び、彼と共に時間を過ごすことを何よりも望んでいた。医師がもう一度傷の確認に来たときも、ミネットはゼノの隣に立ち、彼の様子を心配そうに見守っていた。着替えの手伝いをするときも、ミネットはゼノの体を優しく支え、彼の痛みを和らげようとした。朝食の用意が整ったときも、ミネットは自然にゼノの隣にいた。彼女の視線はときおりゼノの左肩に注がれた。痛々しい包帯と痣、それでも命に別状はなかったことを、何度も確かめるように――。彼女の心は、ゼノの無事を、何度でも確かめたかった。




 朝食は、ゼノの自室で取ることになった。いつもより少し遅い食卓。寝間着の上に羽織を着たままのゼノと、髪をゆるく束ねただけのミネット。彼らの姿は、普段の厳格な辺境伯夫妻の姿とはかけ離れた、親密で、そして穏やかな夫婦の姿だった。従者も使用人も、扉の外で控えていた。彼らは、二人の時間を邪魔しないように、静かに見守っていた。


「……もっと食べないと、体がもちませんわよ」


 ミネットは、ゼノの皿にスープを注ぎながら、心配そうに言った。


「そちらこそ。昨夜、体力を使っただろう」


 ゼノの言葉に、ミネットの頬は一瞬で赤く染まった。


「……っ、ゼノ様!」


 ミネットは、ゼノのからかいに、慌てて声を上げた。


「冗談だ。顔が真っ赤だぞ、ミネット」


 ゼノのからかい混じりの笑みに、ミネットはスープの皿をわずかに揺らした。彼の笑顔は、ミネットの心を温かく満たした。いつの間にか、こんな風に笑って話せるようになっていた。以前なら冗談にも眉をひそめていた彼が、今日は微かに目を細めながらミネットを覗き込んでくる。彼の表情は、ミネットへの深い愛情と、そして穏やかな幸福感を表していた。その表情に、ミネットの胸がふわりと熱を帯びた。彼女の心は、ゼノの愛情に触れ、深い幸福を感じていた。


「ゼノ様……今日の執務も、この部屋でなさってくださいませんか?」


 ミネットの声は、ゼノの傍にいたいという、彼女の素直な願いを込めていた。


「……構わないが、どうしてだ?」


 ゼノは、ミネットの言葉に、わずかに眉をひそめた。


「理由なんて、いりますか? 貴方と、少しでも長く一緒にいたいからです」


 ミネットの言葉は、ゼノの心を深く揺さぶった。彼女の言葉は、ゼノへの深い愛情と、そして彼と共に時間を過ごしたいという、彼女の素直な願いを表していた。答えながら、ミネット自身も驚いた。こんなにも素直に言葉が出てくるなんて。


 ゼノの視線がほんの一瞬、迷うように揺れて――やがて頷いた。彼の瞳には、ミネットの願いを叶えたいという、彼の優しい気持ちが宿っていた。


「では、今日は……この部屋で政務をしよう」


 ゼノの言葉に、ミネットの顔は喜びで輝いた。執務机は一応設えてあるが、使われることのなかった机だった。その机が、今日から二人の共同作業の場となる。

 ミネットが用意を指示すると、エリーゼが音もなく現れて書類を運び込み、静かに退出した。彼女の動きは、二人の邪魔をしないように、細心の注意が払われていた。


「奥様も、どうかご一緒に」


 そう言って、手帳を一冊ミネットに手渡していった。政務官ハルトの筆跡で、ミネット宛の補佐メモが細かく記されていた。それは、ハルトがミネットを、辺境伯夫人として、そしてゼノの協力者として信頼している証だった。


「……ふふ。皆、わかってくださってるのね」


 ミネットは、くすりと笑った。彼女の心は、周囲の人々の温かさに触れ、深い幸福を感じていた。


「気づかれていないと思っていたのか?」


 ゼノの言葉に、ミネットは少しだけ顔を赤くした。


「少しくらいは……思ってましたわ」


 ゼノが笑った。窓の外、春の陽射しが降り注ぎ、風に揺れる木の葉が光を反射している。平和で静かな日常。戦場から戻って、ようやく帰ってきた「ふたりの城」。彼らの城は、愛と、そして幸福に満ちていた。

 書類に向かうゼノのそばで、ミネットも手を動かした。彼女は、ゼノの政務を補佐しながら、彼と共に時間を過ごすことを、何よりも幸せに感じていた。何気ない会話。筆音。差し入れられる紅茶と甘い干し果実。すべてが、かけがえのない時間だった。彼らの間には、言葉以上の深い絆が生まれていた。




「……ゼノ様」


 午後、ひと段落ついた書類の束に目を通し終えて、ふたりは少しだけ椅子を引いて窓辺に座っていた。夕日が窓から差し込み、二人の顔を淡く照らしていた。ミネットはゼノの隣で、彼の右手に手を重ねる。その指先から伝わる温もりは、ミネットの心を温かく満たした。


「……幸せって、こんなにも静かで、あたたかいものなんですね」


 ミネットの声は、穏やかだったが、その中には、深い感動が込められていた。


「……ああ、私も知らなかった」


 ゼノの声は低く、どこか熱を含んでいた。彼の言葉は、ミネットが、彼に新たな感情と、そして幸福をもたらしたことを物語っていた。


「お前が、教えてくれた。……この手を離さなければ、きっと、私は何度でも帰ってこられる」


 ゼノの言葉は、ミネットへの深い愛情と、そして彼女が自分の人生において、どれほど重要な存在であるかを物語っていた。彼の言葉は、ミネットの心を深く揺さぶった。


「私も……どこまでも待ち続けます。貴方のことを」


 ミネットの言葉は、ゼノへの揺るぎない愛情と、そして彼を信じ続けるという、彼女の固い誓いを込めていた。その言葉に、ゼノはミネットを引き寄せ、額をそっと重ねた。彼の額が、ミネットの額に触れるたび、二人の間に、静かで深い愛の波が広がった。


 目を閉じれば、また心音が聴こえた。今度はふたり分の――静かに、確かに重なる鼓動が、部屋の空気に溶けてゆく。その鼓動は、二人の心が、一つになったことを象徴していた。そして、誰もいない部屋の中に、ひとつの囁きが落ちた。


「……私の妻だ」


 それは、戦のあと、抱きしめた夜と同じ言葉だった。けれど今日のそれは、もっと穏やかで、深くて――ゼノの心からの、ミネットへの愛情と、そして彼女を妻として迎えたことへの、深い満足感が込められていた。


「はい。ずっと、ずっと。私は貴方の妻ですわ」


 ミネットの声もまた、変わらぬ誓いだった。彼女の言葉は、ゼノへの揺るぎない愛情と、そして彼と共に生きていくことへの、彼女の固い決意を込めていた。




 夜が近づいても、ミネットはゼノのそばを離れなかった。部屋の窓からは、夕焼けの残光が差し込み、二人の姿を優しく包んでいた。もう、彼の寝台も執務机も、食卓も、日々の営みの中にミネットがいるのが当たり前になっていく。彼女の存在は、ゼノの生活に、温かさと、そして幸福をもたらしていた。


 それはまだ始まったばかりの、「ふたりの夫婦」としての生活。けれどその日、確かに世界は変わったのだった。彼らの世界は、愛と、信頼と、そして互いを必要とする深い感情で満たされていた。


 ――寄り添うとは、こういうこと。

 ――愛するとは、離れずに在るということ。


 部屋の灯りが淡く灯され、ゼノはミネットの手を取った。彼の指先が、ミネットの指先をひとつひとつ確かめるように包み込み、その温もりが、ミネットの心に深く沁み渡った。そして、もう一度、心の底から、静かに囁いた。


「ありがとう、ミネット」


 ゼノの言葉は、ミネットへの深い感謝と、そして彼女への揺るぎない愛情を込めていた。


「こちらこそ、ゼノ様。……おかえりなさいませ」


 ミネットの声は、喜びと、そして安堵で震えていた。そして、ふたりはまたひとつ、夜の深みに寄り添っていくのだった。彼らの間には、言葉では表現できないほどの深い絆が生まれていた。

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