表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/30

【05】計画は順調



「実験段階とは言ったけど、魔力を数回に分けて移すテストは、もうほとんど終わってる。だからその点は安心してほしい。それと、まだ発表前だから……この話は、他の人には内緒にしてくれる?」

「もちろん誰にも話さないけど……魔力を僕に渡して、ルルは大丈夫なの?」

「私の魔力量は、君に分けても問題ないくらいにはあるから、心配いらないよ。それに、それで円満に指輪を返してもらえるなら、安いもんだよ」


 とは言ったものの、実際にルルシュカの魔力が減るのは、アランの魔力の封印を解く瞬間だけ。仕事と同じだ。兵の心を落ち着かせるには、上官の笑顔が一番効く。

 

 従軍時代、神官の男がよくそう言っていたっけ。

 ……なら今は、私がそれを使う番だ。

 

 懐かれても困るが、ここは一旦、甘い顔をしておこう。

 従軍時代に世話になった神官の穏やかな笑顔を思い出しながら、ルルシュカも同じように微笑んでみせた。


 終始どこか不安げだったアランの表情が、そこで大きく変わる。

 紫の瞳が驚きと喜びでぱっと見開かれ、ほんの少し、光を帯びたように見えた。


 思わず立ち上がり、カウンターに手をついてルルシュカとの距離をぐっと詰めてくる。それに、ルルシュカは涼しい顔のまま、椅子を静かに後ろへ引いて、距離を取り直す。

 そのせいか、冷静になったからなのかわからないが、少し顔を赤らめ、ストンとアランは椅子に戻った。


「ありがとう、ルル。僕、全力でルルの仕事、サポートするよ」


 そう言って、アランはへにゃりと笑った。

 その笑みには、救われたような安心と、誰かの役に立てることへの素直な嬉しさが滲んでいた。


(チョロいな……。騙されてくれて助かる。これは私の指輪のため、私の平穏のため――君のためじゃない)


 ルルシュカは思わず緩みかけた口元に力を込め、無表情を繕った。


「で、どうすればいいの?」


 隣で話を聞いていたトムは、のびをひとつしたあと、香箱座りへと体勢を変えている。その顔は、どこか呆れているようにも見えた。


「急に体に魔力を戻すと、体にどんな負荷がかかるか分からないから、先に体に魔力を慣らしておこう」

「……どうやって?」

「その指輪を使う。それで魔力を体に慣らして、次に魔力の使い方を覚える。それから二回くらいに分けて魔力を移したら、指輪を返して貰うよ」

「この指輪、そんなことも出来るんだ。……ねぇ、ルル。そういえば、いつからこの指輪を探してたの?」


 少し姿勢を下げたアランが上目遣いでルルシュカを見上げる。紫の瞳が、微かに揺れて光っていた。


「さあ、いつからだったか。あまりに長すぎて、覚えてないな」


 どんな情報にでも価値がある。

 別に教えてもいい内容だったが、アランは警戒対象だ。

 至極つまらなそうに答えれば、アランは少し不満だったのか、眉間にしわを寄せていた。


「ルルって、見かけによらず長生きしてるんだね」

「レディに歳の話をするなんて、君はマナーがなってないね」

「そりゃ、……僕は養護院で育ってるからね」


 ルルシュカの余裕の表情に、わがままが通らない子供のようにアランは顔を顰めた。


「じゃあ早速、魔力に慣れる事から始めよう。そのまま待ってて」


 奥の棚へ歩き、小瓶から飴玉をひとつ摘んで口に放った。舌の上でゆっくり転がすと、ほの甘さがじわりと広がる。

 魔力を消耗する作業には、これが欠かせない。


 かつて持っていた膨大な魔力のほとんどを、退役時に手放した。

 今残っているのは、一般人とそう変わらない程度の魔力量。まさかそこから魔道具士として再び歩むとは思っていなかったが……だからこそ、足りない分は工夫で補っている。


 この飴玉は、今の自分の最大魔力量と同等の魔力を凝縮した魔道具だ。舐めればゆっくり、噛めば一気に魔力が補充される。万が一、危険域にまで魔力が減れば、自動で割れるようにも細工してある。


 小さくて甘い――けれど頼れる相棒。今の自分には、なくてはならないものだ。

 準備を終えて振り返ると、アランが興味津々にこちらを見ていた。


「そのまま座ってて」


 カウンターの中から出て、アランの背後に立ち、そっと背中に手を当てる。


 カウンターから出て、彼の背後に立つ。そっと背中へ手を添えた。

 細身に見えていたけれど、手のひらに伝わる感触は意外にしっかりしている。肩甲骨の辺りにうっすらと浮かぶ筋肉の張りに、当たり前だがアランが“男”なのだとルルシュカは実感していた。


(……あったかい。当たり前か)


 心の中で自分にツッコミを入れながら、ゆっくりと息を整えた。

 魔力の流れを意識すると、淡い光が体を覆い始める。やがてその光は、手のひらからアランの体へと注ぎ込まれていく。

 魔力は彼の身体をゆっくりと巡り、全身へと広がっていった。


「これが魔力の流れだよ。分かる?」

「なんか、体の中がじんわり暖かい感じ。それが全身を巡ってるのが分かる」

「いいね。この感覚を忘れないで」


 魔力の流れを止めると、そっと手を離す。

 指先から伝わっていた体温が消えた。


「じゃ、次は指輪の魔力で同じ事をするよ」

「うん」

「手、出して」


 アランの横に移動すると、彼も椅子をくるりと回してこちらを向く。

 差し出された左手が目に入る。中指には、魔道具の指輪が光っていた。


(アクセサリーが、好きなのかな……)


 節の目立つ、繊細な指。小指にも別の指輪が嵌められている。

 膝の上に置かれた右手には、三つのリング。どれも控えめなデザインだが、それぞれ違った装飾が施されていた。

 さりげないけれど、どこか印象に残る。個性が出ているのに、不思議と嫌味がなく、彼自身によく似合っていた。


 そっと手を重ねた瞬間、アランの視線が跳ねた。

 ぱちりと見開かれた目が、こちらをまっすぐ見上げる。


「子供の体温って、高い気がしてたけど……ルルは少し冷たいんだね」


 ぽつりと呟いたその声に、ふと翳りが混じった。

 その一言のあと、アランは少しだけ視線を伏せた。まるで、誰かを思い出すかのように。


「君の体温が高いだけじゃない?」


 軽く流すように返しながら、今度は指輪の魔力に干渉する。すると指輪が淡く発光し、その光が静かにアランの体へと広がっていった。

 自分の力ではなく、外部の魔道具から供給された魔力。その流れを、彼の中で一度再現してやる。


「自分で動かせそう? 頭の中で、この流れを思い描くんだ」


 アランは小さく頷くと、そっと目を閉じた。

 息を吸い、吐く。呼吸が静まり、集中の気配がこちらにも伝わってくる。


(睫毛、長いな……)


 ふいに浮かんだ無関係な感想を胸の奥に押しやる。

 ルルシュカは意識を切り替え、アランの体内を巡る魔力の流れから、そっと指先を引くようにして感覚を離していく。

 彼が自力で制御できるように――導きすぎず、放り出しすぎず、絶妙な距離感を保ちながら。


「どう?」

「出来てると……思う」


 その言葉に、ルルシュカは軽く息をついた。

 もう指先に、指輪にあった魔力は感じなかった。


「なら大丈夫だね。これから時間がある時はこの練習をする。それが出来るようになったら、次は魔力を外に出す練習。そうやって、魔力の使い方を学んでいくからね」

「魔力を使うのは、もう出来るよ?」


 ゆっくりと首を傾げるアラン。昨日から思っていたが、彼は基本話すスピードも、動きもゆったりとしている。

 もともとの性格なのか、育った環境なのか。


「それは君の力じゃない。指輪のお陰。それには自動調整機能がついてるんだ」

「……そうなんだ」


 魔力を自分で意図して使う。

 それをしていないのだから、指摘されなければ気が付かないだろう。


「動いていいよ。これで終わりだ」


 明日は外での仕事がある。しかも、行き先は伯爵家だ。

 アランを連れていくのは正直気が引けた。だが、追い出すまでは、彼の目的を探っておいた方がいい。こちらと同じように、彼には何か隠していることがある。


「……明日、仕事で出かけるからそのつもりでね」

「連れてってくれるの?」


 意外だったのか、期待の混じるその表情は純粋な少年のそれで。

 本当に彼が警戒すべき相手なのか疑わしくなってくる。


「そうだね。社会見学に連れてってあげるよ」


 口の端を吊り上げて、意地悪そうにルルシュカは笑った。

 からかうような言い方をしたにも関わらず、アランは気にする素振りもみせず、嬉しそうに笑うと少しだけ俯いていた。


(どっちの笑顔……?)


 まだ初日だ。警戒するに越したことはない。

 ルルシュカは気を引き締め、何もなかったようにアランに魔力循環の練習を続けさせた。

 あの微笑の裏に、何があるのか。――まだ、何も見えない。

 今はただ、“観察”を続ける時だ。


 ***


 翌朝。


 昨日、ジャックにお使いを頼まれたアランは、ついでに「個人的な買い物がしたい」と言ってきた。だが実際には、食材を買い込んできたらしい。

 用意された朝食を渋々と口にし、ルルシュカは先に店へ向かった。


 しばらくして片付けを終えたアランが店へと出勤して来た。


「ルル寝癖、ついてる……」

「今日はこれでいいんだよ。あとで綺麗になるから。君は魔力を慣らす練習ね」


 そう告げると、ルルシュカはセントリオの指輪に魔力を補充する。消耗分を満たすためだ。魔力を体に馴染ませる訓練を行うアラン。

 アランの表情は真剣で、一切の気を散らす様子がなかった。


 ルルシュカは、修理で預かった魔導具の魔法陣に視線を落としながらも、アランの様子をしっかりと見守る。

 ふと時計を見れば、思った以上に時間が過ぎていた。そろそろ外出の準備を始める頃合いだった。


 作業の手を止めると、引き出しから魔法陣が描かれた紙を取り出す。


「そろそろ出かけるよ。はい、これ持って」


 差し出された紙を受け取ったアランは、不思議そうにそれを両手で眺めていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ