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04

 ルルシュカが穏やかに「どうぞ」と声をかける。そのあとで、脇の通路からアランをカウンターの内側へと促した。

 ゆっくりと、ドアが静かに開く。姿を現したのは、三十代前後と思しき男性だった。やや落ち着かない様子で室内を見回し、アランとルルシュカの姿を確認すると、少し戸惑いながらも中に足を踏み入れる。

 

「……あの、古代魔道具(アンティーク)のことでって言ったら、受付の方にこちらを案内されまして……」

「ここでいいよ。私が担当するルルシュカ。具体的な要件を教えてくれる?」


 ルルシュカはやさしく微笑み、手でカウンター前の椅子を指し示す。男性が椅子に向かって歩み始めた頃、アランは周囲を観察するように眺めていた。

 

 促され入ったカウンターの内側は、客席側より一段低くなっていた。椅子に座る客の目線と、立って接客するルルシュカの目線が、ちょうど同じ高さになるよう設計されているようだ。

 設置された椅子も、自然な視線のやりとりができるよう、やや脚の長いものが使われている。壁側は、客席からは見えにくい作りになっており、棚や作業用のカウンターが組まれていた。


 整理整頓された棚には、箱や書類が並んでいる。その中で、取り出しやすい位置に置かれた小瓶がどこか浮いて見えた。

 中には飴玉のような透明な球体が半分ほど入っている。それはどこか虹色に光っているように見える。

 

 椅子の引かれる音がして、アランは視線を客側へ戻し、意識をそちらへと向けた。


「祖父が亡くなって、遺品整理をしていたんです。そしたら、これが出て来て……。これがなんなのかを知りたくて来ました」

 

 椅子に座った男性は、鞄から魔道具を取り出しカウンターに置くも、その視線は戸惑いにアランの方へと何度か向けられる。

 「大人の方が対応してくれると思ったのに」——そんな思いが視線に滲んでいる。

 だが何も言わないアランに、男性は諦めたように小さく息を吐いた。


 持ち込まれた魔道具は、両手に乗る程の大きさの銀色の球体と、その球体を置くための台座。球体の表面はつるりとしているが、光の加減で時折、うっすらと文様のようなものが浮かんでいた。

 

(……僕にはこれが何か全くもって、なんなのかわからないけど、ルルにはわかるのかな……?)

 

 カウンターに置かれたアンティークを真剣な眼差しで見るその姿が、昨日の返品時とはまた違ってアランには見えていた。

 

「家族は売ればいいと言っているんですが、これが何か分からないのに売るのも気が引けてしまって。それに、凄く大切に保管されていたので……」


 依頼者は、この魔道具を持って来た経緯をそう話した。

 魔道具には大きく分けると二つに分類される。現代の技術で作られたものか、遥か昔、古代魔法が使われていた時代に作られたものか。

 後者の魔道具を一般的に古代魔道具(アンティーク)と呼び、現代では解明されていない高度な技術で作られており、驚くほどの高値で取引される。

 

「もしかしてお祖父様、軍に所属してなかった?」

「え?! そ、そうです。戦術部隊に定年まで従軍していました。現役時代の祖父は、退役するまでほとんど家にいなくて。……だから皆、祖父の話をしたがらなくて。

 あ、すみません、変なこと言って。今のは忘れてください。あの、なぜ祖父が軍関係者だってわかったんですか?」

「このアンティークに見覚えがあって」


(……あれから、もうそんなに経ったのか)

 

 脳裏に、このアンティークの持ち主の笑顔が蘇った。懐かしい教官の笑顔はいつだって穏やかで、笑うと目尻の皺が一層深くなるのが好きだった。

 自然と、ルルシュカのサファイアの瞳が細くなると、かつて訓練生だった頃の記憶が思い起こされた――

 

『魔法士科の訓練生が、戦術科の剣技をマスターするなんて、前代未聞だぞ』


 豪快に笑う教官は戦術部隊では有名な剣の名手。今では一線を退き、軍の訓練学で教官を務めている。


『ご指導ありがとうございました。これは私たちだけの秘密ということで、何卒お願いします』

 

 女性の訓練生は人差し指を口元で立てて、お茶目に笑った。教官は『せっかくマスターしたのにか? そういう希望なら、仕方ないが……』と頭をかいて、訓練生の言葉に同意する。

 

『私、明日から一般任務に出るんです。すぐに名を馳せるので、そうしたらちゃんと名前で呼んでくださいね』

『そりゃ楽しみだ。そういえば、同期の二人は相変わらず魔法の練習か?』

『あの二人は今日から一般任務だって、張り切って出かけて行きましたよ』

『そりゃ負けていられねぇな。嬢ちゃん達三人、稀に見る秀才だって言われてるらしいじゃねぇか』


 訓練生はその言葉にまた嬉しそうに笑ったが、ふと表情を曇らせ、年上の教官の私生活を案じた。


『それは光栄な評価ですね。教官ももういい歳なんですから、仕事は程々にしていい加減家族孝行して下さい。じゃないと、退役後に居場所がなくなりますよ』

『……そりゃ困るな』


 教官は目尻に皺を寄せて笑った。その後、訓練生は宣言通りに名を馳せ、晴れて教官のもとを訪れた。

 

『教官、お久しぶりです。ご報告したくて――』

『嬢ちゃん! 来たか。見ろ! 孫と流星群を見に行くから、アンティークを買ったんだ』


 そうやって嬉しそうに笑った教官に、目を丸くした。

 ついこの間まで、家族を顧みない姿勢をたしなめられ、気まずそうに笑っていたのに……。

 その後も教官は、嬉しそうに家族の話を語っていた。

 

(あの時は、認めてほしくて訪れたのに、結局、家族の話を延々と聞かされたんだよね)

 

 あれほど嬉しそうに笑う教官を見るのは、あの時が初めてだった。

 アンティークを目の前にして何も言わないルルシュカに、依頼者の男は不安そうに声をかけた。

 

「あの、……ルルシュカさん?」

「ああ、ごめんね。これは映像を記録する《オクルス》っていうアンティークだよ。使い方は、確か――」


 依頼者に使い方の手順を教えていく。依頼者の男は言われた通り、魔道具に魔力を流し「あ……なるほど」と頷きながら操作を進める。操作が終わると、球体に複雑な光の線が描かれた。

 アランはその様子を見つめながら思う。ルルシュカはやはり、「ただの子供じゃない」と。

 

「何か記録されてるね、見てみようか。トム、部屋を暗くできる?」

 

 何故ここでトムの名が出るのだろうか。その疑問にアランは依頼者の奥で寝る黒猫を見た。ルルシュカの声に、窓台で寝転がる黒猫の尻尾がゆらりと揺れる。

 すると、徐々に店の明かりが消え、窓から差し込む外の光が遮断され、満天の星空が天井いっぱいに広がった。

 次から次へと流れては消える美しく儚い流れ星に、アランと、依頼者の男は驚きに目を見開いた。


「カレスティナ……流星群……?」

「キミのお爺さんは、この光景を記録していたみたいだね」


 その光景に、依頼者の男は幼い頃に祖父と見た星空を思い出していた――

 

 三十年に一度の流星群がちょうどその年に見られると知った子供の俺は、『見に行きたい』と両親にねだった。

 けど、両親の始めた事業が軌道に乗り始めた時期と重なり、申し訳なさそうに『ごめんね』とだけ言われ話は終わった。


 ――はずだった。


 どういう訳かその話を聞いた爺ちゃんは、『俺と行こう』と忙しいはずなのに約束をしてくれた。しかも、よく見える場所があると、爺ちゃんは近くの山に俺を背負って連れていってくれた。

 その時に初めて爺ちゃんとちゃんと話しをした。初めはちょっと緊張してたけど、爺ちゃんは優しくて思慮深い人だった。それでいて、どうしようもないくらい家族には不器用だった。


(そうだ……。爺ちゃんが一緒に行こうって言ってくれた時、俺”家族みんなで見たかった”ってこぼしたんだ……)


 ――そんな言葉、すっかり忘れていたのに……。

 

(爺ちゃんはそれで、このアンティークを……)


 結局このアンティークは祖父の部屋の物置にひっそりとしまわれていた。言い出せなかったのか、家族に断られたのか。――男の目には涙が滲んでいた。


「何か、俺がきっかけをつくれてたら……違ってたのかな……」


 ポツリとこぼれた言葉を掻き消すように、アンティークに記憶された子供の笑い声が部屋に響いていた。

 

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