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【29】魔力測定


 開店前の店で、ルルシュカはカウンターに紙を広げてトムと意見交換をしていた。


「何が始まったの?」


 そこに朝食の片付けを終えたアランがやってきた。

 

「アンのピアスの魔法の解析をしてるんだ。古代魔法には特に使用者の癖が出やすいから、何か手がかりがないかってね」

「すごい……難しそう」

「まあ通常の魔法も結構難解だけど……。古語だと特にそう見えるだろうね」


 アランは隣の椅子に腰を下ろすと、紙の文字をじっと見つめていた。

 

「なにかわかったの?」

「誰かが、ルルの研究を盗んだってことまではな」

「え? じゃあ犯人は軍の人ってこと?」

「その可能性は高いけど……」


 だが、それが誰だか見当もつかない。個室を持つようになってから、人を部屋に招いたこともない。それに、退役する頃には手帳は燃やしてしまっている。よって、もう誰も見ることはできないのだ。

 

「魔法士の人は皆、これを見ただけで理解できるの?」

「普通は出来ないだろうね……。古代魔法の研究は国で禁止されてるし、魔法士で古語が読めるなんてほんの一握りだ」


 魔法士が古語を読む必要はない。魔道具士なら別だが、たとえ読めたとしても、古代魔法の命令式と現代のものでは構造がまったく異なる。

 魔法の知識がなければなんの意味もない。となると初めから古語が読めるか、死ぬ気で解読を頑張ったか。

 

「禁止されてるのに、勉強してたの……?」

「アラン、好奇心ってのは、尽きない限り人を虜にするものなんだよ」

「……ごめん。ちょっと何言ってるかわからない」

「古代魔法っていうのは、それくらい魅力的な学問ってこと。別に今まで悪用したこともないんだから、いいでしょ」

「でも、それでアンさん困ってるし、人が死んでるよ……」


 アランの正論がルルシュカを真正面から殴りつけた。

 

「……悪用する奴が悪いんだよ」


 

 アランの言う通り、ルルシュカの興味が発端で犯人は古代魔法を使えるようになった。

 そう思えば、アンを危険に晒したのも自分のせいだ。その事実に胸に小指の爪の先ほどの罪悪感が残ったものの、完全に無視できるほど無関係とも言えなかった。


「じゃあ、犯人が使った魔法は、ルルが作ったオリジナルの魔法ってこと?」

「もともとあった魔法を改良したんだ。逆に犯人は、オリジナルを知らないってことだよ」


 本来の死の魔法は相手に凄まじい苦しみを与えて殺す魔法だ。ルルシュカはそれを、まるで静かに眠ったように。穏やかな死を迎えるように構文の一部を書き換えた。なんの苦痛も与えないように。

 せめても被害者の人たちが苦しまずに逝けたのは、不幸中の幸いと言いたいが、どうせ反論されるとルルシュカは押し黙る。

 

 とはいえ、どう考えてもアンのピアスに死の魔法をかけた犯人に、全くもって心当たりがみつからない。

 情報は新聞の記事だけで、犯行動機も不明。だが愉快犯とも思えない。再びピアスにかけられた魔法陣を見れば、そこにはきっちりと書かれた命令式や記号が並んでいる。

 どこかで見たことがある。それは確かだ。アールの書き方や几帳面な字はおそらく女性のもの。部下にも何人か女性はいたが、さすがにこのヒントをも元に、何十年も前の記憶だけでは思い出せなかった。


「そういえば、今日だっけ。教会に行くの」

「――あ、うん」

 

 ふいにかけられた声か、アランは一瞬遅れて返事した。ジャックはつい昨日のことなのに、もう教会の予約を取ってきた。どうでもいい、むしろやらなくてもいいようなことに限って、驚くほど即行動する――長年一緒にいても、これは理解できない。


 昨日の今日ではあるがアンの予定も取れたので、教会で待ち合わせをお願いしておいた。


 カウンターに並んだ資料をまとめ、ルルシュカはピアスにかけられた魔法の解除に取り掛かる。アランが練習用に使っていたウサギのぬいぐるみをカウンターに乗せ、小さな用紙に三重の丸を書き込むとぬいぐるみに紙を置く。


「なにが始まるの?」

「ピアスにかかった魔法を解くんだよ」

 

 ルルシュカは瓶から飴を一つ取り出し口に含む。


擺脱(はいだつ)(ともしび) 黄泉の路を照らす者 我が身を焦がし 終息を迎えん ――解放(リヴォルテ)


 口の中の飴玉が弾けて消える。

 パチチッと音が鳴って、ピアスにかけられていた魔法がほどけていく。ウサギのぬいぐるみの首元から布が音を立てて切り裂かれると、魔法は力を失い消え失せた。


「……なにが起こったの?」

「二重トラップがかかってたから、ぬいぐるみを身代わりに立てて、魔法の効果を終了させたんだ」

 

 裂けたぬいぐるみはとりあえずそのままに、ルルシュカとアランは出かける準備を整え、教会の近くの路地裏へと裏口から出かけていく。

 今日のルルシュカはシンプルなワンピース姿だったので、アランは嫌がるルルシュカに頼み込み、低めのツインテールに髪型を整えていた。

 ちなみに、ルルシュカの肩から下がる鞄の中には、いつものようにトムが潜んでいる。


 教会へ着くと、出入り口の前では、アンが笑顔でこちらに手を振っている。ルルシュカを見たアンは「かわいい」と声を上げ、うっとりとした様子で頭を撫で続け、ルルシュカを棒立ちにさせている。

 無表情のまま、アンの気が済むのをじっと待つ。だが、その気配は一向に見えなかった。

 

「もういい?」

「ええ、満足。ルル、あんなださいローブはやめたら? そっちの方がいいわ」

「ダサくないよ……。わざわざ来てくれてありがとう」

「お互い様よ。それにしても彼、魔力測定をするのね」

「改めて数値を知りたいみたいでね。ピアスを先に渡しておくよ」

「ありがとう、ルル。もう私、昨日今日とすごく怖くて」


 手渡された簡易包装を解き、アンはピアスをジッと見つめていた。先日の魔力は何処にも感じられなかったのだろう。息を小さく吐いたアンは、鞄からアクセサリーケースを取り出すと、ピアスをしまった。


「じゃあ、中へ行きましょうか」

「はい」


 アンの声に、しっかりと頷いたアランはどこか緊張しているようだった。ルルシュカはアンがおしゃべりを始めなかったのは、奇跡のように思えた。


 教会の広い空間には、色鮮やかなステンドグラスを通した光が爛々と降り注ぎ、照明がなくても内部は明るく満たされていた。奥には女神様の像が置かれ、ホールには椅子が何脚も並んでいるが、平日ということもあってか人は疎だ。


「こんにちは。魔力測定に来ました」

「ああ、ジャックさんからご連絡をいただいております。お待ちしておりました。隣の部屋に用意してありますので、こちらからどうぞ」


 教会内にいたシスターへ、アンが声をかけるとシスターは和やかな笑みを浮かべ、手で部屋を指し示し、優雅に案内してくれた。


 部屋は事務所のようなこじんまりとした空間だった。机の上に置かれた水晶を見たアランは、どこか嫌そうに少しだけ苦々しい顔をしている。


「どうぞ、緊張なさらずに。大丈夫ですよ」

「……ありがとうございます」


 準備が整い、シスターはアランに手をかざす様に促す。恐る恐る手をかざしたアランの手に反応するように水晶の色が変わっていく。


「魔力量は三の判定ですね。一般的な魔力量ですね」

「……ありがとうございます」


 ルルシュカは内心安堵しながら、シスターへと向き直った。


「測定ありがとうございました。一つ、伺いたい事があるのですが」

「いえいえ。どうされましたか?」


 ルルシュカからの視線に、アンが代わりに問いかける。

 

「昨日、こちらに青い瞳の可愛らしい顔立ちをしていた聖印者(せいいんしゃ)の方を見かけたのですが、今日もいらっしゃってますか?」

「……ああ。それでしたら、シスター・メアリーのことですね。昨日はこちらへ立ち寄っておりましたが、普段は中央の大聖堂にて聖印者として奉仕しております。こちらに来る予定は聞いておりませんので、お会いになりたいのでしたら、そちらへ行かれる必要がございます」

「そうですか。ありがとうございます」

 

 その後、アンはお祈りをして行くからと中で解散となった。ルルシュカもお手洗いにいくと言い、シスターに場所を案内されていた。


 一人になったアランが教会の外へ出ると、見知った顔がにこりとこちらに向けられる。

 そこにいたのは、――シスター・メアリーだった。


 先ほど名前を聞いた、ここにいるはずのない人物に、アランの胸がざわめき、心臓が一瞬だけ激しく跳ねた。

 

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