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【28】死の魔法

【28】仕掛けられた古代魔法


「何がかかってるの?」

「……アン、今日ここに来てくれて本当によかったよ」

 

 ルルシュカは硬い声でそう告げ、指先でピアスの魔力の痕跡をなぞる。

 

「これを付けたまま魔力を使えば、身体の深部に異常が起きて、最悪……命を落とす」

 

 血色の良かった顔が、サッと青ざめる。

 誰かに恨まれるような覚えなど、彼女にはまったくなかった。

 

「え……? なんでそんな魔法が……。それに私、魔法士と会った事もないわよ?」

「これは……おそらく今日掛けられた魔法だよ。誰かにピアスを触られたりした?」

「今日……。うーん……ここに来る前に、お祈りに教会に行ったの。その時に、髪に何か付いてますよって、取ってくれたシスターがいたんだけど、触ったかしら? ……それくらいよ」


 教会のシスターが魔法を付与するとは考えにくいが、自身がイレギュラーな存在ということは理解している。そんな存在が他にいてもおかしくはないだろう。

 

「シスター……。なら違うね。アンと一緒に暮らしる方は?」

「今は一人暮らしだし、セキュリティーもちゃんとしてるところだけど……」


 一応話は合わせるが、他に容疑者がいないならシスターが気になるところだ。

 

「ねぇ、いやよぉ……気味が悪いわ。……これって取れたりするの? 大切なピアスだから、これからも使いたいの」

「出来るけど、ちょっと時間がかかるから、一日預かってもいい? アンはいつもうちを贔屓にしてくれるから、今回はサービスするよ」

「いいの? 助かる。お願いするわ。それにしてもいったい誰が――」


 せっかく話が落ち着いたかと思えば、またアンのお喋りが始まった。

 

 アンの話に相槌を打ちつつ、ルルシュカはピアスを預かる。話の合間を縫い、ようやくアンティークの説明を始めるも、アンの話の脱線は止まらない。

 

 書類にようやくサインをもらえたのは、アンが来店してから三時間後だった。うんうんと優しく話を聞いていたルルシュカだったが、最後には無表情で話を聞くのもいつもの事。


「じゃあ宜しくねー」

「気をつけてね。来てくれてありがとう」

 

 手を振るアンを見送った店内で、ルルシュカは、張りつめていた糸がぷつりと切れたように、重く頭をカウンターに預けた。表情を作る余力すらなく、ただ無言で目を閉じる。

 あの後、窓際のソファで耳を押さえて丸まっていたトムは、ようやくうるさいのが帰ったと伸びをしている。


「疲れた……」

「……ルル、お疲れ様」


 新しい紅茶を淹れたアランが、脇にそっとソーサーに乗ったカップを置く。


「ありがと……。アンは好きだけど……、あの子、黙ると死んじゃうのかな?」

「はは、……確かに」


 終始喋り続けていたアンに、アランも頷いて賛同した。それにしても気になるのはピアスだ。

 

 疑わしきはシスターだが、なぜシスターが?

 ルルシュカはあくびをしているトムに、カウンターに上半身を預けたまま声をかける。


「トム、どう思う?」

「さあな。だが、故意にかけられたのは間違いねぇ」

「だよね……」

 

 アランはトレーの上で輝くエメラルドのピアスを見つめていた。最近魔力の見方を教えたから、実践しているのかもしれない。だが、小さく首を傾げたところをみると、まだここまでの魔力は視えないようだ。

 

「……アンさん、危なかったね」

「本当だよ。もしトムが気がつかないまま、アンティークの操作して貰ってたら、今度はアンが新聞の死亡記事に載るところだった」

「……どう言う事?」

「死ぬんだ。このピアスには、魔力を使うと使用者を殺す魔法が付与されてる」

「……え?」

「アンにはそんな怖いこと言えないでしょ」

「なんで……誰が、そんな魔法を……」

「それが分からないから困ってるんだよ。……よりによってなんでアンが」


 それから少しだけカウンターで項垂れたルルシュカは、起き上がると両腕を上げて体を伸ばした。


「ねぇルル。……先日のセオドアとの話しで、ルルが魔力を捨てたっていってたのを聞いちゃったんたけど……。それって、本当? それに、ジャックにも言われたんだ。アランも勉強すれば魔道具士になれるって」


 その問いにルルシュカは固まった。予想もしていなかった――いや、考えないようにしていた話題だった。

 トムは「ほらみろ」と言わんばかりに、にやにやと笑っている。

 いつか来るかもしれないそれが、今来た。

 

「ジャックは、アランならなれるよ。君には十分その資格がある! って言ってたけど、詳しくはルルに相談しなって言われて……。僕は無理だって思ってたから、ルルの魔力のことも聞いて……それで……」

 

 ジャックの真似をしながら話すアランに、僅かな苛立ちを覚える。ルルシュカはなんて無責任な事を言って背中を押してくれるんだと、ふざけたオレンジ頭を恨んだ。

 

「……アランは、本気で魔道具士を目指すつもりなの?」

 

 そう問いながらも、ルルシュカの胸の奥にはわずかな痛みが走る。


「うん。ルルやジャックの仕事を間近で見て、カッコいいなって思ったし。それに……これからもここで働けるなら、その方がいいよね」

「それは、確かにそうだけど……」


 わかりきった返事に、ルルシュカはなんと言うべきか言葉を詰まらせる。確かに魔力は戻した。でも平均値だ。生きるには問題のない量で、彼がなにかをきっかけに全てを知ったとしても、簡単には復讐ができない量。


 ここに来て自分の決意が揺らいでいることに、ルルシュカは自分で驚いた。これではトムが言った通りではないか。


(バカみたいだ。迷うことなんて、一つもないのに……)

 

 今のところ復讐などと考えてはいないようだが、人は変わる。


 それに――彼の血を引いてる。その為に一族は滅んだのだ。手の中できらりと指輪が光る。ルルシュカは唇を噛み言葉を必死に探した。


(ジャックも言ってたけど、魔力測定は受けさせるか……)


 魔力を戻す予定はもうないが、今アランに戻した魔力量は確認しておきたかったのもあった。

 

「とりあえず、……まずは魔力検査を受けようか。ジャックに教会に申し込みを入れてもらうようにお願いしておいで」


 ルルシュカは話を濁すように提案した。

 

「言ってくるね」

 

 顔を明るくしたアランは、すぐさま軽い足取りで部屋を出て行った。


「どうすんだよ?」


 カウンターで変わらず寝転ぶトムは、頬杖をついて楽しそうに笑っている。

 

「今のアランの魔力量が正確にはわからない。でも、普通に暮らせるくらいにはなってると思う。……ただの感覚だけど。だから一度、検査を受けさせたい。それで十分。それ以上は……戻さないよ」

「んだよ、つまんねえの」

「……でも、セントリオの指輪がある」


 魔道具士にも魔力は不可欠だ。たとえ不完全でも、指輪を使えば使える魔力量は跳ね上がる。ルルシュカの考えが揺らいだのを見てか、トムは目を丸くした。


「それで仕事はできる。……私と同じだ。でも……どれだけ頑張っても()()()だ。資格は取れないし、指輪がなければただの一般人だ」

「俺はあいつなら、全部戻してもいいと思うけどな」

「そう言う問題じゃない。魔力を奪う。その()()のもとに生かしたんだ。

  ……それでも魔力を人並みに戻した。名前も違ってたし、私が思ってたのとは全然違う。でも、魔道具士の仕事はできる。資格がないことくらいは……許してよ」


 ルルシュカの表情が苦々しく歪む。

 養護院でのアランの生活など知りもしないが、ルルシュカは別にアランを苦しめたいとは思ってはいなかった。それは本心だ。ただただ死と同じくらい苦しい事を思い浮かべた結果があの譲歩だった。それだけ。

 ぎゅうっと指輪を持つ手に力が入る。

  

「それを言う相手は俺じゃねぇけどな」

「……わかってるよ、そんなこと。アランには内緒だからね」


 暗い面持ちでルルシュカはトムに釘を刺す。

 

「へいへい。で? それを守ると、ルルは俺になにをしてくれんだ?」

「……一緒に陸軍カレーが食べれる」


 ゆるゆるとカウンターに顔を顔を伏せていくルルシュカは、組んだ腕を枕にして、横にいるトムを見た。

 トムは楽しそうに声をあげて笑っている。

 

「そんな話もあったな。久しぶりに全制覇二周目いくか」

「これからはアランも晩御飯に加わるから、頻繁には無理だよ。どうせまた途中で飽きるんだから、最初から数を絞ってよね」

「……もう猫も辞めるか」

「やだ……。猫でいて。それにお気に入りのキャットフードの新作が出て喜んでたじゃん」

 

 退役後、トムは当初、人間の姿で同行していたが、ジャックとの出会いの際に猫だったこともあり、結局は猫の姿に落ち着いていた。

 ただ、ルルシュカとの二人の食事の際にはいつも人間の姿へ戻っている。

 

 トムがこの国の人間とはどこか違う、浮世離れした雰囲気のせいか、本来の姿に戻ると、ルルシュカは正直そわそわしてしまうのだ。だが、それを本人に言うのは、なんとなく恥ずかしいのと、調子に乗られるとからかわれるので、黙っている。

 

「俺をペット扱いするなんて、お前くらいだからな、イカれ女」

「トムがペットだなんて思ったことないよ。それに、……ふふ。久しぶりに聞いたな、それ」


 ――やっぱりトムって、最高。

 

 アランのことは、またあとで考えよう。

 今は、この穏やかな時間を守りたい。


 ルルシュカは、アンのピアスに秘められた魔の気配から、そっと目を逸らした。


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