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【25】対話

 

 ベッドの脇の椅子に腰掛けた少女は、薄暗い部屋で月明かりに照らされて、どこか大人びて見えた。


(ルー、シャ……?)


 思い浮かんだのは、写真で見た魔法士の面影。

 確信はなかった。ただの勘――そう思いたかっただけかもしれない。けれど、アランにはルルシュカがルーシャに思えてならなかった。


「あいつがなにを君に吹き込んだかは知らない。だから、聞きたい事があるなら、質問に答えるけど……」

「……いいの?」


 思いもよらない言葉に自然と目を見開いた。

 目にかかる前髪越しに、ふわりと笑ったルルシュカが見える。


「全部答えられる訳じゃないけど、とりあえず言ってみなよ」

「……ルルが、僕の両親を……殺したのは、本当?」


 一番気になっていたことだった。

 セオドアの言葉の真偽を知りたい。ここで嘘を吐かれてはもうアランに成す術がないが……。

 影を落としたサファイアの瞳に、目が離せなかった。


「……本当だよ。必要なことだった。だから、君には謝罪はしないし、詳細も言うつもりはない」


 その言葉は、硬く、冷たかった。けれど、アランに向けられた瞳には、覚悟と、深い迷いのような影が浮かんでいるようにも見えた。


 本当だった――。

 両親を殺した。アランの大切なものを奪ったはずなのに、なぜか怒りが湧いてこなかった。

 むしろ、彼女が「謝罪しない」と言い切るその強さに、胸を締めつけられた。


「これだけは教えて。……セオドアさんは、ルルが恐ろしい計画を立てて、僕の父さんがそれに気がついたから、ルルに返り討ちにあったって言ってたんだ」

「……それはないよ。全くの嘘だ。自分でそんなことができるなら――。私は……違う道を選んでただろうね」


 今度は、先ほどの毅然とした態度とは裏腹に、肩を落とした。

 まるで、何かを諦めた人のように。


 違う道。もし彼女がそれを選べていたら、結果は違ったのかは分からない。だが、アランから見たルルシュカは凄い魔道具士で、魔法士だった。

 きっと、アランの知っているルルシュカはほんの一握りの側面くらいだろう。それでも、そう思うには十分な気がした。

 その彼女が、できないとなると、何かとてつもない事情があったのではないかと思えた。


「……僕の両親を知ってた?」

「もちろん知ってるよ。……よく、知ってる。君を見た時に、すぐにわかった。二人の息子だって。君のお父様は、誇り高き魔法士だった」


 ルルシュカは一拍置いて視線を落とした。


「それに彼らは私に、知識と、誇りを与えてくれた素晴らしい人たちだった。でも、君には両親の名前を教えるわけにはいかない」


 アランは目を見開いたまま、何も言えなかった。

 両親のことは憎んでいた訳じゃなかった。それなのに、殺さなければいけないなんて、そう言われたら、むしろ父親の方が悪かったんじゃないかとすら思える。


 それから、どうしても気になるのは、アシュリー邸での出来事だった。

 あの後、ジャックにこっそり聞いた話では、写真立ての魔道具は、触った人の魔力から幸せな記憶を呼び起こし、追体験ができるものが一般的だと教えてくれた。

 あの写真立ては不具合を起こしていた点と、指輪にはルルシュカの魔力が宿っていた点を考慮すれば、あれは間違いなく彼女の過去の片鱗だ。


「ルルは、ルーシャ……なの? ……僕も……殺すつもりだった?」


 一瞬、間が空いて。

 ルルシュカは顔を伏せ、目線をそらした。


「どうしてここでルーシャの名前が出てくるのか、理解できないな。それに、彼女はもう随分前に亡くなってるよ。おしゃべりは終わりだ。……もう少し休んだほうがいい。机に軽食と水があるから、好きに食べて」


 そう言って、椅子を引く音だけが響いた。


「そういえば、……肝心なことを伝え忘れてた」


 ドアノブに手をかけたルルシュカの動きが止まった。


「……なに?」

「君は正式採用されたよ。ジャックが勝手に申請したんだ。でも、私は辞めた方がいいと思うけど……それだけ。――おやすみ」


 アランを振り返ることなく紡がれた言葉に感情は乗っていなかった。


 静まり返る部屋で、アランは火照った身体から熱を逃すように窓に手を伸ばして開け放つ。心地良い風が滑り込んでくると、少しだけ気分も落ち着いた気がした。


 ルルシュカは本当に両親に手をかけていた。でも、彼女は両親に悪意を持ってなかったようだ。むしろ「尊敬していた」という言葉が合いそうな、そんな雰囲気があった。


 ――セオドアの話は嘘だった。


 やはり、彼は何か別の理由でルルシュカからアランを引き離したかったようだ。

 彼はルルシュカを盲信するほどに敬愛していた。となれば、彼女が手にかけた夫妻の子どもが傍にいることが信じられなかったのかもしれない。


(昔、何があったんだろう……)


 セオドアの年齢は不明だが、大佐という地位から見てもそこそこの年齢だろう。という事は、ルルシュカはセオドアよりも歳は上。そう考えると、見た目とのギャップが凄い。

 自分の両親と同じ年齢か、それ以上かもしれない。その可能性を想像すると、なんだかおかしくて笑みが漏れた。


 それに、彼女は悪事を画策していたわけではないという。その言葉に安堵し、またひとつ疑問が増える。


 ルーシャと、マルグリットのやり取りを、なぞるように頭の中で反芻する。


 ――では、こう取り計らいましょう。ご子息様の魔力はすべて封じ、一族との縁も断ち切ります。以後は、魔力なき者として、養護院にて静かに生をお送りいただきます。


 淡々とした冷たい声。ルルシュカもルーシャも孤児で、マルグリットはフォーサス家のお嬢様。貴族が擁護院を訪ねるのは珍しくない。


 だが、ルーシャに対しての母の言葉は、苛烈で、まるで玉座に座る王女のようだった。感情をあらわにしながらも、譲る気配は一切ない。

 それに、あの侮蔑の言葉は、訓練の際のルルシュカの言葉に似たものがあった。

 そこだけを切り取ると、二人は不仲にも思えたが、ルルシュカの話し方からすると違うらしい。


 殺されるはずだった。でも、母はルーシャに懇願し、彼女は冷たい声で、母に提案した。

 アランの命は、魔力と名前、血筋の喪失の上に成り立っている。


(魔力を全部返して欲しいなんて、言えるはずない……)


 ふと、ここでひとつの疑問が浮上する。

 もし、この仮説が正しければ、アランの父親はダニエル・アシュリーになる。

 彼は三英雄の一人で、ルーシャもその一人だ。三英傑は同期の仲良し三人組だと言われている。ダニエルのだろう書斎にも、わざわざ写真を飾るほどだ。


(……親友だったって、ことだよね……)


 くだらない御伽話だと、ルルシュカは鼻で笑った。

 トムは、そういう話にはいつだって、知られたくない真実ってのがあるもんだ。そう言っていた。


(三英傑の話は、なにかを隠すための……嘘?)


 ルルシュカの過去で、いったい何があったのか……。


 例えば誰かを守ろうとしていた。そう考えると、自然とジョシュリーの名が浮上した。

 三英傑の死の時期と、アランが養護院で指輪を手にしたのは、一年前後の差しかない。

 形見だとも言っていた。


 ……だとしたら――


(考えすぎかも……)


 知りもしない両親だからか、今では「なぜ?」という問いの方が大きい気がする。憎いかと問われればどこか他人事のように遠く、難しく思える。

 セオドアから聞かされた時は、あんなに動揺していたのに……。

 それが何故かは、自分でも分からない。


(親友を殺せるなんて……さすが軍人って、とこなのかな……?)


 もしアランが――なにかの理由で知人や親しい人を殺さないといけなかったら。

 養護院で過ごした仲間の顔が浮かぶ。それに、ジャックやルルシュカ、トムの姿。

 その誰もが、仮に復讐の相手だったとしても、アランが殺すなどと考えるのには想像すらできなかった。


 ふっと息を吐いて、窓の外を見れば月が見える。


(僕は、明日も明後日も、その先も……ここに居て、いいんだ)


 ジャックのお陰で正式に採用が決まったとルルシュカは言っていた。明日ジャックに会ったらお礼を伝えて、それから理由を聞きたい。


 辞めたいなんて気持ちはない。むしろ――


 血のつながった見知らぬ家族より、一か月しか共に過ごしていない他人の方が、そばにいて嬉しいと感じてしまう。

 涙を流せないのは、きっと薄情なのではなく――ただ、何も知らないからだと思いたかった。


 ルルシュカの話を聞いてから、アランの出した結論は驚くほどに早かった。

 思考が落ち着くと、ベッドを降りて机へと向かう。

 用意されていたのは、アランが以前、何かの話で好きだと言ったスープがあった。


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