美園の苛立ち
フローライト第百十四話
朔が今回のコンクールには出ないと言っていると電話で黎花に伝えると、黎花が「どうして?」と聞いてきた。
「何だか出たくないって・・・」
「またそんな理由?」
黎花が少し呆れ気味に言った。
「最近ちょっとあの子、おかしいね」と黎花は考えるような声を出した。そして「私から直接朔に言ってみるよ」と黎花が電話を切った。
そして少し経ってから朔が美園のいるリビングに入って来た。そして真っ直ぐキッチンの方へ行ってグラスに氷を入れているようだった。ウイスキーを注いでからリビングに戻って来るて、美園が座っているソファに座った。
ウイスキーを一気にグラスの半分ほど飲んでからグラスをテーブルに置く朔は、かなり苛立っているようだった。
「何なわけ?俺の勝手だろ?」と朔が独り言のように言う。
「どうかした?」と美園が聞くと「コンクール、出さないって言ってんのに・・・」と朔が言う。
「黎花さん?」
「そう」
そう言って朔がまたウイスキーを飲む。
「やっぱり出さないの?」
「出さないよ」
「どうして?」
「どうしても!」
美園は黙った。またこれ以上言えばうるさいと言われるだろう。もう色々面倒になっていて出さないなら出さないでいいと思った。
「・・・美園・・・美園は出した方がいいって思う?」
朔が急に弱々しい声を出す。
「・・・さあ、朔のいいようでいいよ」
「美園・・・俺のこと好き?」と朔がいきなり関係のないことを聞いてくる。
「好きだよ」
「じゃあ、ここでさせて」
「何を?」
「セックス」
朔がそう言って残りのウイスキーを飲み干した。そして美園をソファの上に押し倒してくる。
「朔、ここじゃやだよ」
美園が言っても朔はそのまま美園に口づけてきた。それからいきなり美園のズボンをおろしてくる。
「朔、ベッドにして」と言っても、朔は無言で美園の膝を舐めてきた。
「やだって」と美園が足をよじり、起き上がろうとすると朔が美園の膝を押さえてくる。
「朔、やめて!」
少し大きな声を出すと朔の動きが止まり、起き上がった。
「何でやらせてくれないの?」
「だからベッドでって・・・」
「ここでもいいでしょ?」
「やだって」
「やっぱり・・・したくない?誰かとしてるの?」
(は?)と思う。
「誰ともしてないよ」
「じゃあ、何でしてくれない?」
「だからベッド・・・」
「誰としたの?」と朔が美園の言葉を遮って聞いてくる。これはかなり精神的に参ってるのかもしれない。朔は時々うつ状態になる。そういう時は被害妄想が酷かったり、苛立って怒鳴り声をあげることもあった。
「誰ともしてないよ」
「じゃあ、させてよ」
「いいけど、ここじゃやだって言ってるだけだよ」
朔の調子が悪いことに気がついたが、美園自身も何故か最近苛立っていた。そのせいなのかどうしても譲る気持ちになれない。
「じゃあ、もういい。他の人とする」
(は?)とまた思う。
「どういうこと?」
「そのまんまだよ」と朔が立ち上がる。
「朔、そういうこと言うのやめてよ。普通にベッドに行けばいいだけじゃない。何でそんなにこだわるの?」
ああ、いつものパターンかもと思いながら、けれど美園自身もどこか愛情を欲しがっていた。
「・・・こだわる?」
「そうだよ。ここでじゃなきゃやだだなんて、小さな子供みたいにただこだわってるだけでしょ?」
「美園も、俺がおかしいって・・・こだわりすぎだって、そう思うんだ」
「違うって。今の話だよ。朔自身がどうこうって話じゃない」
「同じだよ。同じことだろ?」
美園がそこでため息をつくと、朔は何も言わずに部屋から出て行った。
定期的に朔とはうまくいかなくなる時がある。今もそんな感じだ。でも今回は何ということもない。特に理由はなく、倦怠感だけが残る。いつもなら奏空に相談しようと思ったり、藤波風のことを思い浮かべたりするのに、今回はどうしていかわからなかった。何せ何という問題があるわけではないのだ。
── 利成さん元気?
不意にいつかの黎花の言葉が浮かんだ。美園は何というわけでもないが、出かける準備をして利成と明希の住む家に向かっていた。