お笑いロボット
あらゆる業界でロボットが活躍する現代。その波は、ついにお笑い界にも押し寄せてきた。
この日、ベテランのピン芸人である彼は、楽屋でスーツに蝶ネクタイ姿のロボットと鉢合わせた。人型だが、軽量プラスチック製の白い顔をしており、ロボット感が丸出しだ。人工皮で体を覆い、遠目から見ればほとんど人と見分けがつかないが、あえてそのままにしているらしい。
そういうところも気に入らないんだ。彼はふん、と鼻で笑った。
「ロボットにお笑いなんて無理だよな。感情がないんだからよ」「鉄臭いからあっち行けよ」
彼はわざと大声で言い放ち、周囲の芸人たちと笑い合った。ロボットは口角を少し上げ、ただ黙っていた。
「あんま変な空気にすんなよなあ。わざと噛んだりしてさ。ははははははは!」
だが、どれだけ笑ってもどうにも落ち着かない。その理由はわかっていた。
彼の出番はそのロボットの次だったのだ。
開演。芸人たちが順番に舞台へ上がり、ネタを披露していく。そしてついに、ロボットの出番がやってきた。他の芸人たちは興味津々で舞台を覗き込むが、彼だけは「ロボットの漫才なんて聞けたもんじゃない」と吐き捨て、舞台袖で耳を塞いだ。
しかし、肌に響くビリビリとした振動が、客席の異様な盛り上がりを物語っていた。
――なに、ただ物珍しいから沸いているだけだ。まったく、素人さんはこれだから……。
自分にそう言い聞かせるが、額に冷や汗が滲む。
ロボットが舞台袖へ戻ると、彼はようやく手を下ろし、深く息を吐いた。
『先輩、出番ですよ』とロボットが言った。
「うるせえな。お前に言われなくてもわかってるよ。いいか、笑いってのはな、魂でやるもんなんだよ……」
『すみません、声が小さくて聞き取れませんでした。もう一度言っていただけますか?』
「うるせえよ!」
彼は強引に不安を押し込み、笑みを作りながら舞台に立った。
ネタが始まる。
意外にも、舌の回りはいい。いつも以上に気合が入っており、頭も冴えている。調子は悪くない……と、彼は思っていた。だが、ふと異変に気づいた。
どうしたことか、客が一切笑っていないのだ。
もっとも、彼はもともと爆笑を取るタイプの芸人ではない。テレビに出る夢はあるが未だ叶わず、周囲に「舞台こそ芸人の主戦場」「客との距離感がいいよな!」などと訊かれたわけでもないのに、語ることが多々あった。
しかし、ここまでの静寂は初めてだった。焦り、言い間違いをしては「へへへ」と笑ってごまかす。わざと間違え、誘い笑いも狙った。だが、返ってくるものはない。観客の表情は困惑と冷ややかさで固まっていた。
――何がどうなってる……。
彼もまた困惑した。そのとき、静まり返った場内を切り裂くような子供の声が響き、その理由が明らかになった。
「ねえ、ママー、なんであの人、ロボットの真似してるの? しかも、すっごい下手ー!」
「しっ、静かに。たぶん、そういう芸なのよ」
彼は息を呑み、舞台袖を振り返った。そこでは、ロボットが他の芸人たちと肩を小突き合い、楽しそうに笑っていた。
――あの野郎、おれのネタをコピーしやがったのか……!
彼はようやく気づいたが、もう遅い。ネタはすでに終盤。今さらどうすることもできず、このままやり切るしかなかった。
冷たい視線を浴びながらネタを続け、そして最後、彼は無表情の観客たちに向かって、こう言い放った。
「お前ら、みんなロボットかよ!」
スベった。
舞台袖では、ロボットが肩をすくめて苦笑いしていた。