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SNSミュージアム

 

「皆さん、ご覧ください。これが旧日本国にて当時、10万いいねを獲得した投稿です」


「ははぁ」

「これが」


 紳士的なポリカーボネートスーツに身を包んだ、来館客一行。その一団には父母兄妹の一家族あり、カップル一組あり。美術家志望の若者一人あり。皆一様に、其々の清潔なスーツを着こなしていた。

 丁寧な声使いで、数世紀前のSNS投稿を解説するのは、このミュージアムの案内人。コンセプトに則って、この時代では奇抜にあたるデザインの入ったポリカーボネートスーツを、磨かれた所作によって上品に着こなしていた。


「──こちらの投稿を解説いたしますと、なによりまず特徴的なのは、共感を誘う強調された口語形です。SNSは不特定多数に発信されるものでありますが、まるで学友に話しかけるかのような雰囲気を読み手に錯覚させることができています。つぎに、読み手の共感を誘うための比喩。男性を犬と言う対話可能なようで言語の通じない存在に置き換えることで、女性の読み手に内緒話のような特別感と、優越感を誘っています。次のセンテンスでは、一抹の自虐を混ぜることによって、より読み手との距離を縮め、最後は『なんだよね』と文末を示しつつも、提案のニュアンスを織り交ぜることにより、押しつけがましくない印象を与えています」


「ははぁ、なるほど」

「ねぇお父さん、どうしてこのことは、えすえぬえすにとうこうされたの? このひとの、かれしさんに言うのがふつうでしょう?」

「そうだね、Jちゃん。いま私たちは、みんなこうやって思ったことを言い合える社会を作ってきた。そのおかげで、どの国も平和になったのだけれど、こうして、言いたいことを言えない時代の人々の言葉と言うのを、知ることも大切なんだよ。このお姉さんの気持ちを、Jちゃんも考えてみよう」

「えぇ、気持ちを伝えないって、むずかしいねぇ」


 娘の優しさと、真面目さに父母兄が顔をほころばせる一方、芸術家志望の若者は唇の下に指をあてて、なお真剣に見入っている。


「卓越された技術で強調された、共感を誘う内容を、伝えるべき人のいない場所で打ち明け、多くの人から承認を得る……欲求の錯誤だ。問題解決には至っていないというのに、なぜこうも真味を伴って、この人のシルエットが浮かび上がってくるのだろう……」


 真剣に見すぎて思わず口から零れた言葉から、隣にいたカップルが、心配そうに声をかけた。


「お兄さん、芸術家を志されているんですよね。……大丈夫ですか? 先ほどから、順路が似ていたのでお兄さんがどの作品も真剣に見ていたのを知っているんですが……失礼ながら、芸術を真剣に志す人ほど、今の時代は病みやすいと聞きます。特にここは見る人を滅入らせることも多いという、SNSミュージアムですし……素人ながら、心配になってしまいまして」


 彼氏の方が恐る恐る聞くから、若者の方はその不安を払しょくするかのような、爽やかな微笑みで首を振った。


「いえ、ご心配に及ばず。先生からは、健やかに病めてこそ、一流の芸術家だと言われていますから、本当にダメになったら、自制はします。むしろ、食糧、資源、格差問題が全て無くなったこの時代では、病む方が難しいですから……。こういった環境に身を置くのも、修行の一つなんです」


 彼氏はパッと表情を明るくした。


「なんてすばらしい。きっと、お兄さんのような人がこれからの芸術を造り上げていくんでしょうね……!」

「いえいえ、まだまだ卵のうちです」


 微笑ましい賛辞と謙遜に、静かに見守っていた案内員もつい輪に入りたくなってしまったが、それをぐっとこらえ、この旧時代の感情遺産であるミュージアムの職員として、気を張りなおす。

 つぎに彼女が案内するのは、このミュージアムきっての黒い部分だからだ。


「では、次にわたくしがご案内するのは、『裏アカウント』館になります。ここからの順路は大変申し訳ありませんが、15歳未満の来場者様はご案内ができません。前方あちらで手を上げている、別のスタッフの案内に従い、順路をお進みください」


 それを聞いて、家族一行は素直に一礼し、全年齢ゾーンの進路へと進んでいく。「私も、少し見て見たかったかも」「いやいや、『裏アカウント』館はとってもこわいんだぞー?」「えー、私もう大丈夫だよー?」なんて聞こえてくる談笑で、残った大人たちを和ませながら。

 そして、カップルの方も、彼女の方がやや怖気づいたようだった。彼氏の腕を取りながら、申し訳なさそうにほほ笑む。


「ごめん、私も目の前まで来たら、勇気が出なくなっちゃった。あのご家族さんについていっていいかな」

「うん、勿論」


 彼氏は彼女の頭を自然に撫でて慰め、二人もまた会釈をして、紳士的に順路を変える。


 残ったのは芸術家志望の若者一人だった。

 案内員も、冗談めかして聞いた。


「お客様はご準備よろしいですか?」

「ええ。覚悟はできております。……なんて言いつつ、少し冷や汗の出るような想いはしておりますが」


 ふふふ、はは、と軽妙に会話を交わしてから、二人は『裏アカウント』館へと進んでいった。


 そこには、この時代には無くなった、誇大妄想、自己弁護、不平不満に、嫉妬や憎悪と言った悪感情が清冽に展示されていて、人類が遺して置くべき感情の記録として、大切に保管されている。


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