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賽は投げられた

 あるギャンブル狂いが一国の王様になった。

 彼はギャンブル狂いであったが、それは唯一といっていい短所であり、ともすれば愛嬌とも捉えられるほど、それ以外の部分で出来た人間であった。

 そんな彼はギャンブルで国を変えようと画策した。

 手始めに彼は、国民全員にサイコロを一つ配ったのである。


『国民皆賭博法』。彼が策定したのは、国民全員が人生のあらゆる場面で、その結果を運に委ねなければならないという法律だ。運と言うのは、100面サイコロ一つで決まる(100面サイコロとは殆ど球形であって、ゴルフボールに似ている)(ちなみにこのサイコロは造幣局で作られるもので、破棄、損壊、改造は違法である)。

 例えば、学校のテストがあったとしよう。『国民皆賭博法』が出来てからのテストは、そのほとんどが百点満点から二百点満点と変わった。採点方法は簡単である。実力で取れる部分が百点満点、そして、テストが終わった後皆それぞれが100面サイコロを振って、出目の分が加点されるという方式だ。

 つまり、一生懸命に勉強して百点を取った学生も、サイコロで1の出目が出てしまえば101点。

 反対に、全く手を抜き遊び惚けて、鼻をほじりながらテストを受け1点しか取れなかった学生も、サイコロの目で100を出せば101点。

 成績の上で、彼らの扱いは同じになる。


 その他、人生における様々な競争の場面でも、同様だ。

 資格試験でも、就職活動でも、スポーツでも、(出目の倍率は適当なものに調節されながら)最終的にはサイコロを振って、運に恵まれたものが成功していく。


 それ以外にも、『運勢税』というものも導入された。

 あらゆる支払いの際にも、1回百面サイコロを振らなければならず、その出目によって税率が決まるのだ。

 倍率は0.1で、実際のところでは0~10%まで税率が変動する。ちなみに、最低値の『1』が出れば『ラッキー税』として、逆に10%が減額される。


 さて、施行から1か月が経ったところで、当然のように不満は炸裂した。

 声を上げたのは主にエリート層である。自分たちが研鑽に積み上げてきた時間を、サイコロ一つに左右されてたまるものか、国王は頭がおかしいと、要約すればそう言う内容を、理路整然と唱えた。彼らは社会的に立場のあるものも多かったから、放送、出版、演説という形で、広く国民に訴えた。

 しかし、その抗議に抗議しかえす層も現れた。つまり国王の擁護派である。彼らの多くは中間層と、あるいは小数の怠けものたちだった。

 彼らにとってもまた当然で、社会的上層を占めるエリート層たちに、時間を掛けずとも勝てるかもしれない可能性をくれたのが、『国民皆賭博法』だったからである。

 たとえテストで60点しか取れずとも、サイコロで100を出せば、100点を取ってサイコロで50を出した天才に勝てるのだ。

 抗議と抗議は噛みつき合って、テレビ討論や、国会前で彼らはぶつかり合った。

 反対派が掲げる『Dice is Die』というプラカードに、擁護派は100の出目しか書かれていない100面サイコロを模した発泡スチロールを投げつけた。反対派が悉く踏みつぶせば、中には小さなサイコロが100個詰まっていて、敷き詰められた砂利のように反対派を転ばせた。

 さらに、サイコロ爆弾型サイコロ100個のうち1個には『Dye for Dice』と書かれた真っ赤なビラが入っていて、掴み上げた反対派には集中砲火が浴びせられた。

 国王はそんな国内情勢の傍ら、我関せずといったように国務を平常通り完璧にこなして、空いた時間で変らぬ趣味の賭博に勤しんだ。ちなみに、その生涯収益はマイナス2億円だと言う。


 それから一年が経つと、国内情勢は穏便化の一途を辿っていた。

 反対派、擁護派の対立関係が終わったわけではない。しかし、そちらもの派閥がうっすらと気付き始めたのである。『国民皆賭博法』がまかり通った後も、世の中のエリート層と中間層、下位層がひっくり返ることは無いのだと。

 もちろん、流動は激しくなった。大事な受験で100の出目を出した落ちこぼれ学生がエリート街道に踏み入ることはあったし、営業成績レースで、将来の幹部候補と目されていたエリートが最後のサイコロで1の出目を出し、出世街道で停滞するということもあった。

 けれど、強いものが強く、弱いものが弱いという大局が変わることは無かった。国王が国民皆に持たせたサイコロは、造幣局の職人たちと造り上げた腐心の一作。重心の中心精度はもはや角がなければ真球とも呼べるほどで、その点出目の期待値に偏りが出ることはあろうはずがない。ついでに、公的賽の偽造グループの頭領には、国王自らが極刑を言い渡したこともあって、イカサマの芽も摘める限りに摘み取られた。

 つまりは、サイコロの女神は等しく、分け隔てなく、皆にたまに微笑んでは、たまに睨みつけていたのである。擁護派だから出目に恵まれることもなければ、反対派だから出目に嫌われることもない。1を出した怠けものは今までよりさらに泣きを見て、100を出した天才は完膚なきまでの賞賛を得た。

 三年経ってみれば、世界はあんまり変わらなかった。

 相変わらず、実力のあるものが成功し、怠けるものは燻っていた。


 しかし、少しだけいい方向に変っていた。

 『運勢』そのものが見えるようになって、国民皆が期待と不安という尺度を、1~100という定量で見られるようになった。

 今の自分が少し頑張れば、70くらいの出目を出せば、あの資格だって取れるかもしれない。

 ほとんど現状は安泰だが、もし30くらいの出目を出してしまっては、全て元の木阿弥かもしれない。

 自分はまるでだめだが、90の出目を出せばワンチャンがあるかもしれない。


 ふざけた法であっても、それ以外の国務で全く粗を出さない王様であるから、再選の日は遠いと知って、人々の多くは呆れながらも、今日もどこかでサイコロを握って、何かに挑もうとしている。

 期待値は50.5である。


 そして王様は、少しの経済成長を遂げた己の国で、休養日であるから仕事と責任から全く距離を置いて、行きつけの競艇場で、今日も5万円をスッていた。


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