その百合が祈る夢
本編終了後の例一家のお話
リリィ・プロムは伯爵家の次女として産まれた。
母親はリリィを産んだことで身体を悪くし、リリィが物心つく前にこの世を去った。
愛する妻を失った父親はリリィを冷遇こそしなかったが、7つ上の母親瓜二つの姉ほどに愛を注ぐことはなかった。
リリィが3歳になってすぐ、姉は聖女候補として教会に勤める事になった。
優しい姉と離れての生活はリリィにとっては寂しいばかりだった。
父親はここにいない姉の事ばかり話している。自慢するのも姉の事だ。姉が聖女になる事を前提とした、欲深い話ばかりしている。
生活は豊かで不足など何もなかった。だが、いつも満たされる事などなかった。
そんなリリィにとって慰めであったのは他でもない姉だ。面会に行けばいつも優しく出迎えてくれた。教会で巫女装束に身を包んだ姉はいつでも気高く清廉で。父親が姉が聖女になると信じて疑わないのも当然だと理解した。
しかしそんな姉が腕を失い意識を取り戻さぬままの日々はリリィの心を削り続けた。
変わり果てた姉の姿に父親も荒れていく。リリィには身の置き場などなかった。父親に言われるがままに、姉の服を着て城へ向かった。
それが、自分たちの運命を狂わす事になるなどとは夢にも思わずに。
「さあ、お食事ですよ」
「うん」
記憶を、心を真っ白にしてしまった姉は姉であって妹であり、子供のようであった。
一人を嫌がり、いつもリリィの手をねだった。優しく頭を撫でられるのが大好きな美しい姉。
気高く凛とした姿はもうどこにもない、あどけない少女のような笑み。
昔の姉も好きだったが、リリィは今の姉も好きだった。
そして父親も憑き物が落ちたように静かになり、姉だけに執着する事も、リリィに冷めた目を向ける事もなかった。
家族三人身を寄せ合うように小さな屋敷で暮らす生活は人生で一番穏やかな日々。
栄華も贅沢も何もなくてもいい。家族さえいればそれでいい。
この夢のような日々がずっと続けばいいと、リリィは空を仰ぎながら願った。