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商業作品 番外編集  作者: マチバリ
廃棄巫女の私が聖女!?でも騎士様に溺愛されているので、教会には戻れません!
4/5

ファミリー・コンプレックス

本編後の二人のお話


「子どもは君に似た女の子が欲しいんだけど、アイリスはどうかな」

「はい?」


 突拍子のなさすぎるジュオルノの言葉に、持っていた本を取り落とした。

 婚約が無事に国から承認され、晴れて婚約者同士となった私たち。元々一緒の屋敷で暮らしていたし、私には親がいないということもあり、婚約期間に入ったからと言って生活は何も変わっていない。筈だった。


「女の子、ですか?」


 ついそう返してしまったが、突っ込むべきところはそこではない。

 図書室で勉強用の本を選んでいた私についてきたジュオルノは、そんな私を眺めつつ「僕も何か読もうかな」などと言いながら本を選んでいたのだ。ついさっきまでは。

 それがなぜ冒頭の発言に至ったのか。理解できずに取り落とした本を拾い上げている私に、ジュオルノはさらに続ける。


「そう。女の子。家督の事を考えれば、男の子も欲しいけどやっぱり最初は女の子だと思うんだ。きっと可愛いに決まっている」

「ええっと? ジュオルノ?」

「可愛いだろうなぁ。うん、絶対可愛い」


 どこか熱っぽい顔で語るジュオルノの手にあるのは、小さな本だ。いったい何を見て、こんな突拍子もない話を始めたのかと覗き込めば、それは子ども向けの絵本だった。


「これって……」


 古ぼけてはいるが上質な紙に鮮やかな色がたくさん使われたそれは、私が孤児院で子どもたちと一緒に読んでいたほんとは全く別物。それでも描かれている物語は私もよく知るものだ。


「小さなネズミの家族、ですね」

「アイリスも知っているの?」

「ええ。よく小さな子にねだられて読んだ覚えがあります」


 その絵本は、小さなネズミが家族と一緒にピクニックに行ったり、家の中で怒る小さな騒動を描いた可愛らしいシリーズものだ。


「可愛いんですよね。それぞれのネズミたちにもちゃんと性格があって。仲の良い家族の物語だから、みんな大好きで」


 孤児院の子ども達は私を含め、みんな家族への憧れが強い。物語の中で仲睦まじく過ごす家族の様子は理想そのもので小さな子たちはいつだってこの絵本を読んでもらいたがった。


「私より年上の人達でも時々こっそり読んでいたんですよ」


 成長して絵本を読まなくなった人たちも、何故かこの本だけは良く手に取っていて、孤児院にある絵本はいつもボロボロだった。


「そうか……」


 ジュオルノは絵本を見つめ、優しい笑顔を浮かべた。


「僕も好きだったよ。この本は母が僕のために用意してくれた絵本だったんだ。父が読んでくれることはなかったけど、エルダがよく読んでくれたんだ」


 絵本の表紙を撫でる指先からは愛おしさが溢れている気がした。


「そうなんですね」

「ああ、だから子どもがたくさんいるのが憧れでね」


 挿絵の中で、ネズミの夫婦とたくさんの子ネズミたちが幸せそうに食卓を囲んでいる。


「……少し、わかる気がします」


 孤児院に子どもはたくさんいた。小さな子から大きな子まで。みんなこの挿絵の子ネズミたちのように狭い空間で押し合いへし合いいつも身を寄せ合って過ごしていた。

 でも、決して私たちは『家族』ではなかった。同じ境遇に置かれた『仲間』だった。


「ジュオルノと同じようなことを言っている年上の子がいたのを覚えています。大きくなって結婚したら、この絵本みたいにたくさんの子どもに囲まれたいって」


 そこまで口にして、私はようやく先ほどジュオルノが口にした言葉の意味を理解する。


「そう。選べるものじゃないけど、こういう相談もしておくべきかなって」

「~~~~~~~~っ!」


 顔が熱くなるのがわかる。なんて恥ずかしいことを聞いてくるのか。

 確かに婚約したということは、いずれは結婚するわけで、結婚をするということは、いずれは子どもを設けるわけで。


「ま、まだ早いですって!」


 思わずジュオルノから距離を取ってしまう。


「でも僕たちは婚約したんだし、そういう話をしてもおかしくないんじゃないか?」


 それはそうだけれど。

 だとしても早すぎる。結婚式だってまだなのに、子どもの話なんて。

 顔を真っ赤にして狼狽える私に、ジュオルノが苦笑いを浮かべた。


「安心して。アイリスの意志を無視するようなことは絶対にしないから。でも、この絵本を見ていたら、僕と君の間の子どもがいたらどんなに可愛いかなって」


 その切なさが混じった横顔に、私は失敗したと後悔する。

 私が孤児院で家族を知らず成長したように、ジュオルノも早くにお母さんを失くしていた。お城でマリー様やエレン殿下と家族のように過ごしたとは聞いていたが、それはジュオルノが欲しかった本当の『家族』ではないのだろう。


「ジュオルノ様……」


 自分からとった距離を詰めてジュオルノの傍に近寄り、絵本に添えられた彼の手に自分の手を重ねた。

 その手の温かさ私がこれから先の人生をずっと一緒に過ごしていく人の温もりだ。


「ごめんなさい。ジュオルノ様も家族が欲しいんですよね」


 ジュオルノがどんな気持ちで子どもが欲しいといったかを考えもしなかった。家族が欲しいと言う切望感は知っていた筈なのに。


「わかります。私も自分だけの家族が欲しいってずっと思っていましたから」

「アイリス」


 私の手の上にジュオルノの手が重ねられる。


「確かに家族が欲しいのも本当だけど、相手が君だから早く欲しいって僕の気持ちもわかってほしいな」


 そのまま腕を引かれ、ジュオルノの膝の上に座らされてしまう。ぎゅっと抱きしめられて、まるで囚われの身だ。


「ジュオルノ様!」


「アイリスが僕の婚約者になってくれていることにちょっと舞い上がってしまっていたのかもしれない。確かにちょっと早計だったね。ごめん、驚かせて」


 謝りながらもジュオルノは私を離す気がないらしい。ぎゅっと抱きしめられて、ろくに身動きもできない。とはいっても抵抗する理由は恥ずかしさだけなので、離して、と訴える気にもなれなくて。

 私の肩のあたりに自分の頭をぐりぐりとすりつけるように乗せてくるジュオルノは、どこか甘えた声で私の名前を呼ぶ。


「本当に、君と出会ってから僕はどこまで欲張りなんだろうと自分に呆れるばかりなんだ。君と出会ったころは、君を幸せにしたい一心だったのに、誰にも取られたくないって思うようになって、君が僕を好きだとわかってからは一刻も早く婚約という形で繫ぎ止めたくなった」


 言葉の熱烈さに、私の方が恥ずかしくなる。でもジュオルノの言葉には告白というよりは、まるで自分の中にある苦しみを吐き出すような切実さがあって、私はすぐに彼のオーラを見るために視界を切り替えた。

 息ができなくなるんじゃないだろうかと思う程の花びらは健在で、私の視界を覆い尽くす。その奥に見えるジュオルノのオーラは彼本来の青に混じって迷いの色が見えた。


「君と婚約出来たら安心できると思ったのに、今度は早く結婚して子供が欲しいって思っているんだよ? 本当に僕は欲深い」


 抱きしめられているのは私なのに、まるで小さな子どもを抱きしめているみたいな気持ちになってくる。


「時々思うんだ。僕の欲深さが、君の選択肢を奪ってしまったんじゃないかって」


 ぎゅっと、私を抱きしめる腕に力がこもり、迷いの色が濃くなる。


「僕以外の誰かと君が家族を作るかもしれない未来があったのかなって」

「ジュオルノ……」


 そんなこと、想像したこともなかった。

 教会を抜け出したあの日、私が想像していた未来では私は一人だった。誰にも頼らず、一人で静かに生きていくことが人生の目標で、結婚するとか誰かと暮らすなんて考えもしなかったのだ。白い髪をした不気味な孤児が、誰かに愛してもらえるなんて思っていなかったから。


「私、ジュオルノに出会わなければ誰かを好きだなんて気持ちを一生知らないままでしたよ」


 彼の髪を優しく撫でながら、私も私の気持ちを素直に伝えることにする。

 いつだって私はオーラを見ることで、他人の気持ちを知ることができた。だから、相手が望む言葉を選んで伝えることができる。だけど、相手には私の気持ちは見えない。ならば、言葉にして伝えるしかない。みんながそうしているように。


「ジュオルノが私を大切にしてくれたから、好きになってくれたから、私は私になれたんです。あのまま教会で聖女になっていたら、私はきっと誰の事も好きにならないままに聖女として結婚して死んだんだろうなと思っています」


 あの神官長の元で聖女になっていたら、きっと利用しつくされていたに違いない。


「だから、私は幸せですよ。安心してください」


 すがりつくように抱きしめてくる彼の頭を、抱きしめ返すように腕を回す。

 瞬きをすれば花びらもオーラも見えなくなるが、きっとあの青に混ざった悩みの色は消えてしまった気がした。その証拠に、私を抱きしめている腕の力は、さっきまでとは違い、柔らかく私を守るようなものになっている。


「アイリス」


 私を呼ぶ声も、いつもと変わらず甘い。

 くっ付いて抱きしめあっている状態が恥ずかしい気がしてくるが、嫌じゃないし、何なら嬉しいと思っているので、ジュオルノが考えている以上に、私も彼が好きなのだ。

 いつかこの事も上手く言葉にして伝えられたらいいのだけれど。


「じゃあ、僕と将来の家族計画について話し合ってくれるんだね」


 それとこれとは話が別です、と叫びかける私を見つめる青い瞳はどこまでも嬉しそうにとろけていて、反論するための言葉が消えてしまう。


「最初は女の子がいい。次は男の子かな。そのあとはどちらでも。最低では四人欲しいところなんだけど、アイリスはどう思う?」


 幸せそうに、でもちょっとだけ意地悪に笑うジュオルノは、私が照れている姿すら楽しんでくれているのだろう。

 悔しくって恥ずかしくって、でも幸福で。


「私は、ジュオルノに似た男の子がたくさん欲しいです」


 きっと全部叶うと思いながら、私は未来への希望を口にした。


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