表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

短編まとめ

神子と呼ばれ傅かれても幸せは手に入らないから

作者: よもぎ

神殿の奥深く。広さだけは十分な部屋と、そこに面するちっぽけな中庭。

そこがわたしの世界の全て。


創世神とやらの下した預言でわたしは神子だと判断された。

生まれる年月日。髪色。瞳の色。生れ落ちる地方と親の職業。

それら全てが合致したために、乳離れをしたその瞬間にわたしは神殿に拉致されたのだ。


語彙がそれなりにあるのは、ひとえに部屋に運び込まれる書物のおかげである。

そして現状に不満を感じるのは、無造作に放り込まれる書物と自分を比べることができたから。


わたしは飢えを感じたことはない。

寒さに、暑さに苦しんだこともない。

寝床に困ったこともなければ着る服だって。


けれどわたしに家族はいない。

友達だっていない。

何もないのだ。


わたしを世話する神官たちは、みな仮面をかぶっている。

神に預言されるほどに愛された神子に見苦しいものを見せてはならじということらしい。

そのくせ、放り込んでくる書物には大衆娯楽が山ほど混入しているのだから矛盾している。



わたしは声を出したことがほとんどない。

出そうと思えば出せるけど、誰もわたしと会話しようとしないのに、無意味だと思って数年前から一言も発していない。

中庭に降りてくる小鳥たちと戯れるとて、ヒトと鳥では意思疎通が出来ないのだからしゃべらない。

心の中で勝手に語り掛けて満足する。

心の中ではわたしはおしゃべりなのだ。


今日も半端に生温くて気持ちの悪いスープと、ちぎりにくくて噛み応えがブニャブニャしたパンを食べる。

食べなくても問題ないけど、一日二日と食べないとお腹が痛くなってくる。

しかも食べなかった後の食事はもっとひどい。

このなまぬるいスープにちぎったパンを浸して煮込んだものが何日も出される。

食感も味も最低なので、大人しくこのエサを食べている。



いつか病を得るか、老いるかして死ぬまでこの生活だと思うとうんざりする。

娯楽本にあるような波乱万丈の人生を望むわけじゃないけど、当たり前に生きて、当たり前に死ぬ人生でありたかった。

ちょっとくらい貧しくてもいい。

ただ息をしているだけのような、押し込められた暮らしを何十年もするのは嫌だった。


嫌であっても逃げられない自分が何より嫌だった。





雪の降る中、梢に止まった鳥を部屋の中から見ている。

今週の本はもう読み終わってしまった。


(寒そうだけどこの子たちは外にいけるんだよね。いいなあ)


わたしは禁止されている。

雨や雪の日には、中庭に出てはいけない。

勝手に出たとなるとわたしの世話をする人たちが鞭打ちされるのでやめている。

明らかにけがをしている人を見るのは正直気分が悪い。



――連れ出してあげようか?



頭の中に声が響く。

小鳥がわたしを見つめている。

ぱちぱちとこまめに瞬きをするちっぽけな目で。



――神子だって言っても普通の女の子なのにね。

――魔族の領土でいいなら、連れ出してあげるよ。

――僕の妹と同い年みたいだし。



小鳥は魔族らしい。

魔族というと、北西方向にある半島に暮らす種族。

強い魔力を持ち、個性が強い。

その程度しか知識がない。

確か、魔法も使えるのだとか?

つまりこの小鳥は変身か何かした姿なのだろう。


じっと見つめていると、ふるると雪を払って小窓の方に飛んでくる。



――僕は魔族の国の貴族なんだ。遊びにきてるんだよ。

――転移魔法ならどこでもちゃちゃっとだからね。



「わたし、なにもできないよ」



――別にいいよ。お客さんとして扱うから。



「わたし、わがままかもしれない」



――女の子はそうでなくちゃ。



「わたし、よわいよ」



――魔族と比べたらそりゃあねえ。期待してないよ。



小鳥はぱっと小さな翼を広げた。



――どうする?お嬢さん。行くなら今行っちゃおうよ。きっと楽しいよ。









わたしは、魔族の手を取った。

魔族はエレメスと名乗り、妹のヒルダとわたしを引き合わせた。

同い年っていうけど、この子年下な気がする。

でも、お人形遊びとかは付き合ってて楽しい。

発想が豊かなので、わたしもよくしゃべるようになった。

そうじゃないと付き合えないから。


魔族の国に来てから、そういえば名前がなかったな、と思った。

そうしたらエレメスが「アイリス」と名付けてくれた。

聞けば、この時期に咲く花の名前だそうで。

名付けのセンスないからなあ、僕、とぼやいていた。


お屋敷は小ぶりなのだそうだけど、わたしからすれば十分広くて。

庭だって広い。


一家のペットとして飼っている――というか放牧している――鶏が毎朝、夜明けを教えてくれる。

それに最初はびっくりしたけれど、一家は気にせず二度寝してしまうそう。

逆に使用人たちは仕事だ!と起き出すので、重宝されているよう。



こちらに来てから、夫人に言われて歌の練習をしたり、教養のための勉強をしたりをしている。

歌は人生を豊かにするわ! と、まずはストレッチや筋トレなるものを教えてもらって、体を歌える状態にしてから本格的に習っている。

夫人はその気になれば1時間くらいずっと歌いっぱなしでいられる。

わたしは一曲が精いっぱいだ。

ヒルダには、「お母さまは普通じゃないから気にしないでいい」と言われている。たしかに。



自分の年齢も分からない、と言うと、吸血鬼さんが呼ばれてきて、針で指先をつついて出した血で鑑定してくれた。

あなたもう十四歳ね!成人間際よ! って言われて、ヒルダ十歳と同い年くらいと思われてたんだってちょっとショックだった。

でも食生活良くないからちゃんと食べなさいね、とも言われた。

育ってないのそのせいよ、って。



こちらで食べる食事はおいしい。

パンはちぎりやすいしふわふわと柔らかいものから噛み応えがあるものまで。

スープは熱々、お肉やお魚も食べられる。

午後には甘いものさえ食べさせてくれる。

チョコレート、という黒くて仄かに苦い、けど甘いものが好きだ。

……食べ物を好きになる日が来るとは思わなかった。


というか、わたしは結局のところ与えられるばかりで何も出来ていない。

その辺を聞いてみると、



「アイリスがこの国に来てから、農家はいきなり土壌が良くなったとか実りがいいとか言ってるし。

 思いもよらないところに鉄鉱脈や宝石の鉱脈も見つかったりしてたりしてね、幸運続きだからさ。

 だからそれが仕事でいいんじゃない?」



と、返された。

え。じゃあ元の国は? と不思議に思って聞くと、



「ちょっとずつ衰退していってるけど大丈夫じゃないかな。

 神子様がいなくなった! って今も必死に探してるみたいだけど、三か月かかる距離のここまでやってくることはないんじゃないかなあ」



なるほど? と納得がいった。






エレメスの家に来て二年が経った。

毎日の勉強とレッスンは楽しい。

今ではヒルダと机を並べて勉強する間柄だ。


夫人は相変わらず歌が好きで、本当に最近になって流行し始めた蓄音機なるからくりで、オペラを流しては幸せそうにしている。

蓄音機から流れる音に合わせてダンスをしたりしているので健康もばっちりだ。


エレメスは跡継ぎということもあって、ちょっとずつ勉強を進めて、今ではご当主の手伝いをしている。


エレメスたちは何か固有の能力があるわけじゃない。

万能的な魔術の使い手で、種族ごとの差異を考えて統治が出来るので貴族として重宝されているのだとか。

種族としては魔女、魔法使い。

しかし体術のほうもそれなりに使える。

ヒトと交わることも可能な近い種であると考えられているそう。

魔族とて、種族によっては交配できない種もいるとか。

魔族同士では大丈夫らしいけど。



最近では地図を見て、あちこちを知ったつもりになれている。

この屋敷があるのは、海際の方。

なので新鮮な海の魚が食べられるし、けれど陸ではあるので家畜の肉も食べられる。

時間の進みを遅くする魔術や物を凍らせる魔術を併用するおかげで、本当なら運んできて食べるのがちょっと難しい海老が食べられるのだと聞いた時、確かにここに来るまで食べたことがなかったな、と思った。

まあ、お肉もここに来るまであまり食べたことはなかったのだけど。

もしかするとスープに入っていたのかもしれないけど、あの不気味で不快なスープに入っていたとしてどれが何だったか不明だ。



わたしが神子だということはナイショで、エレメスが気に入って連れてきた高貴な身分の客人ということになっている。

一応、魔王と呼ばれる人は知っているけど、でもお会いしたことはない。

来た当初に手紙で「不満や不便があったらエレメスに言いなさい。その分の負担くらいは私が受け持とう」という親切な手紙が来たくらい。

なので、多分だけど、私の生活費は魔王が払っている。


時々、蔵書の収められた図書室に行く。

国が違えば文化も違うようで、どの本も知らなくて面白い。

種族ごとの違いをまとめた本は何度も読み返している。

知らなくて失礼をするよりは、しっかり覚えておいたほうがいいはずなので。



夫人は親切だからドレスを作りましょうとか色々言ってくれるんだけど、でも普段着のワンピースの方が動きやすくて好き。

夫人も普段はワンピースだ。

ドレスは社交の場とか、お客さんが来る時に会うための服。

わたしには無縁なので、と思って遠慮しても、

「でもいつかは必要になるものよ」

と言われていて。


まあ、魔王様にお会いすることがあったりなんかすれば、必要になるんだろうけど。

でもまだ体の成長途中なので、今作っても無駄になってしまう。

それに、そういう場所にいったり、お客さんが来たりとかは今のところ予定がないし。



というのは建前で、なんとなく気付いている。

夫人たちは、できたらエレメスと結婚してくれないかな、と思っているのだと思う。

でも、エレメスがどういう気持ちでいるかはわたしには分からないし、わたしもエレメスに対しては恩人という気持ち以上を未だ抱けていない。

情緒が育っていないから、未だに親愛も友愛も分かりかねている。

そんなだから、心苦しく思うところはある。


けれど。


いつか、きちんと恩返しができたらいいな、と。

暖炉の薪がぱちんとはぜる音を聞きながら思った。




エレメスの保護下に入った後も実はそこまで自由じゃないけど、前の環境に比べたら護衛さえついてれば街歩きも出来るし買い食いだって出来るので貴族令嬢程度には自由な身分だよ。

でもアイリスちゃんからするととんでもない自由さなので十分幸せ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ