093. 居心地が良いばかりに
「……以上! 管理系ジョブの青田買いについてでした!」
「なるほどね。情報ありがと」
シェルテットが無事管理系に就いたことをステッラに報告しがてら、預けていた契約書を引き取りに来ました。
まあ、もともと仮契約でクラヴィン登録はしていたからね。あとはコレを中央のユニオンへ提出すればおっけー。
「学院にそんな制度があるのは知らなかったわ。そもそも、学院自体もどこにあるのか知らないし。探しに行きたいけど、フラグ必要そうよね……」
「シェルテット貸し出そうか?」
「あらいいの? 学生同伴ならひとまず学院に入る事はできるかしら」
「ついでに商人関連のあれこれ教えたって。シェルテットに丸投げしてるから」
「無茶するわねえ」
私も無茶だと思っている。が、初対面で受けたあれこれのちょっとした意趣返しも兼ねてたりするわけで。
でも申し分なく勤め上げてくれたんで、思わぬ拾い物だったと考えを変えた。だからこそ、労ったりだとかこうしてフォローを頼んでたりするわけ。
「で、ネネさんや。さっきから何をなさっているので?」
「……調整」
そんなステッラとのやり取りの裏、私の周りをうろちょろしつつ、裾に触れたり背中に触れたりしていたネネが顔を上げる。針や糸といった判りやすい道具はないものの、片手に持つ素材ともう片手がほのかに光を帯びているところから、耐久値の回復や能力付与なんかをしていたらしい。
「着たまま出来るもんなんだ」
「作ったの俺だし、ホップがセクシャル設定で弾いてないから」
「補足するなら、セクシャル設定してても修理やら付与の依頼出せば出来るわよ。どうしても細かい部分は身体に合わせないと調整しにくいみたい」
「大きさなんかは自動なのに?」
「付属品、パーツなんかは意図しない位置になる」
「ですって」
システムがいい感じにしてくれはするものの、こだわりの職人的には納得いかないそうな。まあ、今やってたのはそれとはまた別らしいが。
やっぱり能力値が低いのが気になったようで、底上げをしようとあれやこれやしていたという。それでも耐久値を損なわないようにだったり、まかり間違っても消失したりしないように、強化値はそれほど積めなかったと嘆かれた。
「素材の限界……」
「そればかりはどうしようも。あ、そだ。うちで服素材作るらしいよ」
「!!」
ずずいとネネの顔が近づく。いや、私に迫っても素材は出てこんから。
ステッラとともに宥めすかして、三人連れ立ってうちの箱庭へ。シェルテット貸出しの件もあるから丁度いいと思おう。
ネネのお目付け役であるエールズは今日仕事なのよな。出張と接待がセットとかなんとか、これだけバーチャルや遠隔での環境が整備されてるのに、なおも接待の最上級はリアルでのものだそうだ。そんなに重要じゃなければバーチャルで済ますから、絶対数は減ってるらしいけども。
さてさて、ツェチィーリアはどこに居ますかね。箱庭操作機能でマップは出せるものの、誰がどこにいるかは解らない。ただ、植生は見れるので、今までと違うものが生えてるだとか、なんとなく緑が多くなってそうなとこだとか、作業してそうな部分の当たりはつく。その場にいるかは運次第。
今日はログハウスから東、森の中っぽい。アマヌスに作ってもらった森のコテージ付近に前まで見当たらなかった空間がある。木の表示から草原の表示になっているから、切り開いて畑でも作ってるかな?
該当ポイントへ行くまでの道は、箱庭操作機能が開放される前にリーナと頑張って作った部分。今はあの時よりも手が入れられて、ただの土を固めた道から歩きやすいように木や砂利が敷き詰めてある。ほんとは平べったい石とか並べたかったんだけど、調達するのが途方もなくて諦めた。建築スキルとはちょっと違うらしくて、アマヌスも薄い大きな石を大量に用意するのはできないみたい。そういうのは造園の方らしいけど、ダルシェンツェにお願いするの忘れてたな。
そんな思い出深い道を三人で歩きまして、コテージが見えてきたと同じくして視界がひらけた。深い森の中にぽっかりと木々がなくなった空間。丁度光が差し込み、水が撒かれた直後なのか、艶の増した土と緑が目に飛び込んでくる。
目的のツェチィーリアは居たものの、なにか棒のような木材を設置中だ。支柱にしては広範囲だけども……?
「あら、お帰りなさいませ。そちらの方々は?」
「ただいま。二人とも渡り人の友人だよ。ネネは軽く会ったことなかったっけ」
「ええ、覚えています。コッペパンサンドを頂いたときですよね。改めて、ホップさんの契約パートナーをやらせていただいています、ツェチィーリアと申します。どうぞツェチィとお呼びください」
「ご丁寧にありがとう。私はステッラよ」
綺麗な所作で会釈するツェチィーリアに、これまた洗練された所作で返すステッラ。ネネは我関せずとばかりに、耕された土の方を気にしていた。
「服の素材を作るって聞いた」
「ええ、許可がいただけましたので」
「どういうもの? サンプルある?」
「え、ええと……?」
ぐいぐいくるネネに戸惑いながらも、ツェチィーリアの説明してくれたところによれば、この広範囲に立てられた支柱(やはり支柱で良かった)に巻き付く蔦性の植物だという。成長すればそのうち蔦同士が平行に絡まり合って、天井のようなものを形成するらしい。素材としては葉を主に使うが、花も染料や薬の原料になるとかなんとか。
メディオキス属ではポピュラーな服素材だが、どうやら崩落の影響で外では採れなくなっているそうで。苗はツェチィーリアのような栽培を主にする人たちで保有してるんだが、土が変わったのか植えても根付かなくなってしまったようだ。
「ですので、こちらでも成功するかはまだ解らないんです。私達にとっては馴染み深いものですし、育て方で肌触りも変わってくるので手もかかるのですけど、やっぱりベスティスに包まれているのが一番落ち着くので……」
ベスティスというのが植物の名前。正式にはベスティスレリントゥというらしい。
手がかかるとの言葉通り、追加で契約パートナー候補を紹介されましたよ。栽培メインに染色と鍛冶が出来る二人の人材だそうで……鍛冶!? 栽培メインで!? と、驚いたものの、すぐに思いつく金属系の鍛造ではなくて、骨とか実とかをメインに使う植物系の鍛造らしい。あまりにもリアルの物理法則と違っていて想像ができないよ。
「ホップ、契約して」
「ちょっとまって報酬の確認とか用意できるかとかあるから!」
「そんなもん俺の持ち出しでいいから早く」
「ネネ? 早く契約したって早く素材が採れるわけではないのよ?」
「品質に影響がある」
「断定するじゃん……」
ステッラのフォローも何のその、契約するまで離してもらえない流れ。いや実際品質はそうなんだろうけどさ。あと、ツェチィーリアの手が埋まってしまうのは避けたい。もっと料理系の素材やら酒の原料やらも栽培してほしいんですよ。
実際にどうだろうと差し出された契約書に目を通せば、まあ賄えなくもない報酬だった。というか一部に蜂蜜って書いてあるんだけど現物支払い? 甘いもの好きなの?
クラヴィンもすでに預かっていたそうで、その場でご契約。あとで紹介するために連れてきてくれるって。
< 契約パートナーの規定数を確認。【ark hortus】影響度を上昇させます >
< 箱庭内への住人住み込みが解禁されました。ヘルプをご参照ください >
「そうだわ、これもご相談しようと思っていたのですけど。アマヌスちゃんがもうそろそろ宿舎から出ないといけないらしくて。もし良かったら、箱庭内に住まわせて頂くことって可能ですか?」
「はい?」
情報量! 情報量が多い!!




