080. 御用聞き
養蜂といえばやっぱりコルト!……なのだけど、蜂蜜取りに通ってた感じ、コルトには契約してくれそうな住人はいなかった。正確にはすでに契約済みが多い。
当てずっぽうに探し回ってもいいんだが、こういうときこそ情報屋の卵を頼るべきである。
というかいつまで卵をつければいいんだ? すでにそれなりに知名度は高いはず。
フレンドでもあるので直接連絡してもいいんだけど、そこは他の人と同じく手順を踏みましょう。
今までは露天商人の傍ら情報を売ってたけども、店舗を構えたということで更にRPが捗ると話していた。なのでこちらもそれに乗ろうではないか。
場所はクルトゥテラのとある一角。西側の、食材などが豊富な市場から少し東に逸れた、あまり人通りの多くないところ。落ち着いた雰囲気の店舗が多く並び、木工製品なんかも少し見える。東側は木材加工の工房も多いから、そちらの商品が流れてるのかもしれない。
有用な道具なんかも探したいが、今は養蜂と造園の契約パートナー探し。また今度来ようね。
白い壁、深く黒くも見える焦げ茶の窓枠、扉は飴色でツヤツヤしている。そんな建物の並びの中に、埋没するようにしてちょこんとある小さな看板。
「N」という文字が、うにょんって感じに書いてある。イタリック体だっけ。
店舗は意外なことに扉が開かれたままで固定されており、入りにくいということはない。見た目、お洒落な喫茶店。クルトゥテラは気温も落ち着いてて気持ちいいので、寒くもないしいいね。
なんだかんだ、情報を買う側でコンタクトを取るのは初めて。売ること主体だったからな。
今までもらった情報だって、こちらからの情報の対価(の一部)だったり、検証目的でタダだったりしていた。
入った店内はすぐにバーカウンターが見え、そこから右奥にはテーブル席が2つ。どちらも二人掛けですれ違いやすいよう空間が大きく取られている。バーカウンター側の席もそれぞれ離れ気味だから、満員になったとしてもゆったりと過ごせそうだ。
左側、入口から少し影になったところは照明もあまり届かずどこか薄暗い。衝立で区切られているから、スタッフルームか何かなのかもしれない。ただ、店内向けにだろう、背の高い観葉植物が置かれていて、陰鬱さは感じない。
「いらっしゃいませ」
店員、というかカウンターの内側にいるからマスターっていった方が正しいか? 落ち着いたナイスミドルがこの空間によく似合う。素晴らしい喫茶店だ。座ってすぐサーブされた水のグラスも、カットが施されていて美しい。メニューは革張りの厚みあるしっかりした仕立てで、ストゥーデフから仕入れたのだろう、茶葉の種類が……って、私は情報を買いに来たのであってお茶をしに来たわけではない。看板からしてここであることは間違いないんだが、えっと、確か手順があったっけ。
N.N.からのチャットを遡りカンニング。オーソドックスに注文を頼む方式……かと思いきや、出された水に手を付けずに、下に敷かれたコースターを裏にひっくり返してマスターに返す、という。
これ、間違って水飲んだらどうなるん?
私の差し出したコースターを一瞥したマスターが、衝立をずらして奥へと招き入れてくれた。入った先、すぐに地下への階段が現れ、ポッとランプの火が立ち上がる。人感センサー付きかよ。こういうの作れるんだねえ。
降りた先、通路を曲がったところにある空間は上と趣を同じにしつつも、暗い色の比率が上がり、落とされた光量とちらちらと影を映すランプによって、妖しい感じを上乗せしていた。
その場で一人がけのソファに座るのは、見知った姿。
「やっほー」
「おや、珍しい。ようこそ」
「もうかりまっかー」
「気が抜けるんでやめてください……」
キリッとシリアスな空気をまとっていた N.N. が脱力したように項垂れる。今日の姿はこの場に合わせたものなのか、長身っぽく見える男性スタイル。まあ、スピリトゥス属なんで、身長には限界がある。後ろへと撫でつけられたシルバーグレーの髪と、オブシディアンの瞳。紋様は長袖に隠れて見えないし、ベストを着ている姿はどこぞの執事のようだ。いや、ここだとバーテン? お酒、は現状無理だとしても、ノンアルカクテルは作れるかなあ。
「情報くださいな」
「あ、ホントに買いに来られたんですね。はい、何をご用意しましょう?」
「失敬な。養蜂スキルのある契約パートナーの一覧とかある? 造園も」
「少々お待ちください」
オーダーに立ち上がった N.N. が、背後の本棚からいくつかの束を持ってくる。ファイリングではなく羊皮紙が重ねられ、細い皮の紐でひとまとめにされたものだ。沢山あるように見えるが、一枚一枚の厚みがあるため、実際はそれほどでもない。
うん、立ち上がると身長の低さがはっきり解るね。丁稚、は和風か。ボーイ、かな?
「造園スキルのある方は、いま人気が高くてですね。あまりオススメの方がいらっしゃらないので、ご自分で探されたほうが早いかもしれません。一応こちらがリスト。で、養蜂の方ですが、タイミングばっちりです。もう少ししたら養蜂も人が殺到する見込みですので、今決めてしまうことをおすすめしますよ。イチオシがこちら」
差し出された羊皮紙を受け取って確認。クエスト受注のときと同じように、羊皮紙にかぶさるようにして半透明のウィンドウが開き、人名とスキルとどこに行けば会えるかの情報が簡潔に並ぶ。ふむ、スキル習熟度とか能力値は見えないんだな、と思ったが、念の為ウィンドウを消して羊皮紙に記載されたものを直接読む。
……うん、詳しくは書いてないけど、メインスキル、ここでなら養蜂の関連スキルと思われるものの習熟度は載ってるね……あ、特記事項とかもあるね……。
「性格悪いって言われない?」
「気付かれました? 楽しいですよ。まあ、不利になるようなものをおすすめはしないので、そこは信用していただければ」
暗に情報隠蔽では?と突っ込めば、気付かないほうが悪いと返ってくる。まー、現実でも契約書はちゃんと読みましょうって言うもんな。
「ちなみにお値段は」
「気付いても気付かなくても変わらないです。ほら、情報が多いと選ぶのに迷う方もいらっしゃるので」
「ものは言いようだな。これ、すでに契約済みだったらどうすんの?」
「これも契約書の一種ですからね。先方が他の方と契約した時点で、こちらから情報を消したいときには契約満了の手続きをしていただければ、この羊皮紙自体が灰色になります。それで確認する感じです。ああ、もし契約直前で色が変わった場合は別のものと交換していただけますよ」
「楽しい制作物だなあ。錬金術っぽい」
「一応商人系のスキルなんで、錬金術ではないですね。パラトスはそれで悔しがってましたが」
「頑張れって言っといて」
雑談を挟みつつ渡されたものを全部チェック。というか全部見せてくれるの破格だと思うんだけど、一応全部ではないらしい。よりどりみどりはVIP対応ってやつ?
支店もそれぞれのエリアに増やしていく予定だそうで、とってもお金持ちですね。情報は金なり。
「よし、この人にする」
「おや、おすすめは気に入りませんでした?」
「んー、まだ行ったこと無いマップ開けてこようかと」
「この方は……ああ、なるほど。サラエフまだだったんですね」
「結構引きこもりよ? 最近欲しいものは物々交換だったり取ってきて貰えたりするし」
「狭いとはいえ広いですもんね」
一言で矛盾することだが事実である。一回辿り着いてしまえば箱庭経由ですぐ移動はできるが、たどり着くまでの道は短縮できないんだな。まあ道すがら採取物の発見もあるし、悪いことばかりではない。
支払いを済ませて外に出れば、丁度陽が落ちていくところだった。初めての道で夜中移動は避けたいから、一回ログアウトして雑務片付けてきますかね。




