077. 【閑話】エールズとモルト
「だから言ったじゃん。諦めが肝心だって」
「いや、でも……」
「はいはい、ほら脇が甘い」
言うと鋭く突き出された剣先が脇腹を掠める。
慌てて避けたことで事なきを得たが、あと一瞬遅ければ普通に刺さっていた。
「っぶね! お前クルトゥテラ所属だろ! PKしたら罰則あるだろうが!」
「ははは、PvP扱いのスパーリングだからねえー! 無効無効!!」
もちろん現在PvPなんてシステムはない。傷つけばHPが減るし、ゼロになれば死ぬのだ。そしてその場で回復するなんてこともなく初期地点にリスポーンする。
確かに、双方合意の上での戦闘訓練ではあるのだが……こういう思い切りの良さはホップとよく似ている。
意趣返しとばかりに力を入れた一撃を上から叩きつけ、防御されたその瞬間に距離を取る。本気の殺し合いではないのだから、無理な追撃は意味がない。
再度刃を打ち合わせながらエールズからの指摘は続く。
「あいつだって子どもじゃないし、なんとかする対応力もあるのは知ってるだろ? まあ、僕が助言したことも関わってるから、あんまり強くは言えないけどさ」
「いや……感謝してる」
「そういうとこは素直なのにね。もー、負い目に感じすぎ」
「ホップが気にしてないのは、解ってる」
打ち込んだ剣は盾に防がれる。動きが止まったところに盾下からエールズの剣が突き出されるが、今度は余裕を持って回避できた。
「やるね」
「癖は知ってっからな」
一撃、二撃、三撃。合わさる武器からわずかに火花が散る。
間隙を縫ってやり取りが重ねられ、大きな音が青空の下響いた。
スパーリング……戦闘訓練じみた遊びを持ちかけてきたのはエールズからだった。
ホルトゥス・ネクソム、このゲームの前に皆でやり込んだ別ゲーム、そこを離れることになった原因からこっち、俺とホップの間にある蟠りにも似た何か。いや、喉に刺さった小骨のように、飲み込めない思いをしているのは俺なんだろう。
誰が悪かったわけでもない。ただ、少しのズレが重なって、ボタンを掛け違えたように歪になってしまっただけ。
その原因が自分にある、というのは傲慢だと、指摘はされたがそれでも、後ろめたい罪悪感は消えない。ならば自分が思う償いを次の世界ですればいいと、エールズからの言葉でここに来た。
ゲームも、同じゲームで遊ぶいつものメンバーとの時間も、楽しいと感じる気持ちに影は見えなかった。それに安堵しつつ、もう二度と前と同じ轍は踏まないと決め、丁寧にフォローをしていたはず。
それが過干渉気味になっていると、忠告を受けたのは記憶に新しい。
「癖」
「お前たちと違って、一緒にいた時間、長くねーけどっ」
盾の武器破壊を狙って、先端の強度が少なめ部位へ強めの一撃。あわよくば取り落とすか手でも痺れてくれればと思ったが、少々眉を顰めさせた程度で捌かれた。
「友人に優劣なんかないでしょうに。拗ねてんの?」
「そうだよ! わりーか! 初めてだったもんでなぁ!」
「悲しくならない?」
「うるっせ」
やや乱暴になりがちな口調と攻撃の手を、深く息を吸い込むことで整える。
ホップは、初めてできた「まともな」友人だった。それまでに周りに人がいなかった訳では無いが、財力だとか見てくれだとかに群がる有象無象で、俺に利用価値がなくなれば離れていく、そんな打算に満ちたものに溢れていた。
損得抜きの友人関係なんて諦めていたところに、あいつは穴を開けた。それがどれほどの救いだったかなんて、誰にも解るまい。あいつを起点に人間関係は整理されていき、今は笑えるくらい普通の交友関係だ。
結局、自分の心持ち次第なのだと理解した。
だから余計、そんな関係が壊れそうになったことに、依存にも似た何かが産まれてしまったんだと思う。
「あいつを俺みたいにしたくなかった」
「はい、ダウトー。そんなタマじゃないと解るでしょうに」
「俺は良い方に変わったが、悪い方に行く人間もいる」
「だとしても、僕達もいる。もうちょい信じてくれても良くない?」
防戦一方だったエールズが攻勢に出てくる。
剣で剣を抑えられ、シールドバッシュで殴り飛ばされた。
後ろに飛ぶことで威力を殺したが、盾の凸凹とした装飾が地味に痛い。
「ってーな」
「試してみたけど結構使えそうだね。サンキュ」
「そりゃどーもっ」
体良く試し切り、ならぬ試し打ちされたことに文句をいうが、それ込みでの誘いなのだから、技を掛けられるのは当たり前ではあった。
ならばとこちらも、あえて大きく振りかぶり、盾での攻撃を誘う。思惑通りに盾と身体に隙間が空いたところで本命の攻撃。
「【ファイアーショット】」
針の穴を通すように盾とエールズとの合間に生まれた炎の弾丸。それが放たれるより早く、エールズは盾を手放した。
「死ぬ死ぬ死ぬ!ギブ!!」
「いやお前の防御と俺の魔攻じゃ死なないだろ」
「急所攻撃って知ってる!? 心臓直撃コースですけど!」
「あ、わりぃ、殺すわ」
言葉とは逆に魔法をキャンセル。霧散した炎が赤く尾を引いて消えていく。
「いつのまに火魔法取ったの」
「わりと最近。取得スキルが全部二次になったし、レベル上げの写経したくて」
「ああ、二次から経験値効率が落ちるんだっけ」
「らしいな。体感でもまったく上がらん。要素が足りないのか、今開放されてるエリアのレベル帯じゃないのか」
「進んでも崩落してるんでしょ? 新エリアもなにもなくない? 新規ダンジョンとか?」
「ダンジョンはありそうだが」
落とされた盾を拾って手渡す。華美にならない直線と円が組み合わさった流麗な装飾は、その実メリケンサックのような効果をもたらすのを先ほど身を持って知った。
「またホップがやらかしそうだなあ」
「いや流石に……無いとは言えない」
「手出し無用だよ?」
「解ってる。まあ、仲介情報料もたんまり貰ったし、しばらくはあいつの欲しそうな食材でも探すわ」
「もともと君、世話焼き体質だったんだねえ」
「そっくりそのまま返す」
心外な言葉に睨みつければ、へらりとした気の抜けるような笑みで迎え撃たれた。
ああ、まったく。
自己保身でも欲望でもない関係は、くすぐったくも温かい。
時は夕暮れ。藍色を混ぜ込んで紫になった空が、沈む太陽に照らされて鮮やかなグラデーションを描く。この壊れた世界でも空の色は変わらないんだなと、らしくもなく感傷的な気持ちになって、歩き出したエールズの背中をしばらく見つめていた。
「何やってんの行くよー。素材回収ループが始まるんだから」
「ネネのお守りも大変だな」
「まあ、幼なじみですから。どいつもこいつも我が強い。調整役の身になって」
「楽しんでるくせに」
「楽しくなきゃやんないでしょ。僕はネネで手一杯だから、ホップは任せた」
「さり気なく一番コントロール不能を押し付けてくんな」
少し先を歩いていたエールズの、横に並んで前を向いて。
この後の素材リストメモを出したところで視線を感じた。横を向いて目を合わせ、何だと言葉にするよりも早く。
「だってあいつの親友でしょ?」
最後にそんなことをてらいもなく言ってくるのだから。
この仲間との平穏で楽しい時間を守りたいと、そう思ってしまうのだ。
川原で殴り合うの亜種
タンクにとって盾は武器だと思います




