063. 彼女の主張
目の前に行倒れもかくやという姿の人物。裏道に近い小通りで、他に人もおらず、いかにも助けて差し上げなさいというクエストの香りを感じる。
いやそういうの要らないんで酒をください。
しかしここで頭を抱えてしまえば、それもまたフラグを拾う気がする。
ここでの最善手は気付きはしたものの何事もなかったようにスルーする。これだ。
「あんっのクズども……職人ヅラしやがって……なーにが特需だこの土地の住人でもないくせに……っ」
まってくださいどうにもスルーできない呪詛が聞こえてきました。
思わず一瞬、足を止めてしまったのがいけなかったのだろう。次に歩を進めようとした時、くんっと引かれる感触がし、歩くことが妨げられたのを理解した。下を向けばガッチリと足首に手がかかっている。その手はうつ伏せになっていた人物へと繋がっていて、こちらを向く顔と目があった。
フードの隙間から見える髪は、褪せたピンクでウェーブが掛かっていて少し長い。瞳はきれいな緑をしていたけれど、どこか淀んで暗い色に見える。
「え……っと」
「もし、そこの道行く方。良ければあたしのお願いを聞いていただけませんか」
「聞くだけで……よければ……?」
スルースルーと思っていたのに、気付けば承諾の言葉を紡ぐしかない状況になっていた。
これはもう、好奇心を満たす方向に振り切るべきか?
あとなんか丁寧口調になってますけどその前の呪詛聞いちゃってるんで。
「ありがとうございます! ちなみにお兄さん、見たところ大通りの方々とは契約されていないご様子。これは間違いないでしょうか?」
「あ、はい」
「とても素敵ですね! ええ、本当に素晴らしいです!」
瞳に色が戻り、花が舞うような笑顔を浮かべられましたが、その表情と現在のシチュエーションが合っていません。なんせ、地面に腹ばいになった女性が足首を掴んできているのだ。どっちかと言えばホラーだよこれは。
まあ、初見で正しく性別を言い当てられたので、寛大な心で接するとしよう。慣れてるけど、思うところはあるんでね。いや、ここだと未分化だったか。じゃあ言い当てられたわけではないか。
「契約するとなにか不味いの?」
「そうですねぇ、すぐに実害がでるというものではないです。まあ、あいつらも? 一応はスキル持ちですし? ちゃんとした建物くらいは建てれるでしょう。でもでも! それ以上にはならないんですよ! 特に神木を使った建築なんて、出来るはずがないんです!」
「神木……」
それお酒湧きません? お神酒用の木だったりしません?
話しているうちにヒートアップしてきたのか、足首に掛かる力が強くなっていく。まだダメージは出てないし、痛くもないんだけど、これどこまで力入れてくるんだろう。
「そ、こ、で! あたしです! この神級構築士のあたしにかかれば、どんな建築だろうと品質、耐久力ともに最高なものをご提供できますよ!!」
あっ、ここも呼び込み(?)だったかー!!
呼び込みから逃げて呼び込みに捕まる。これもイベントなんだろうけど、どうあっても契約しないといけないということか。
「契約したいの?」
「えっ、いやいや、その、別に無理やりとかそういうわけでは……」
「じゃあさよなら」
「したいですっ!!」
うおっ! 足首に掛かる力が更に強く!! 握力ありますね!!
「えー、とりあえず逃げないので、離してもらってもいいでしょうか」
「いやですっ!」
「ええー」
「離したら逃げるでしょう!?」
「いやだから逃げないって」
「いーやーでーすー!!」
埒が明かない。
しばらく押し問答するものの、どうやっても契約しないと離してもらえなさそうだった。
なんだこれ押し売りか? 大通りの呼び込みのほうがまだ紳士的だったぞ!
「あーー!! わかった! する! するから! とりあえず手を離して起き上がって!!」
「結んだら離しますー!! こちらにサインを!!」
「どっから取り出して……器用だな!?」
足首を掴んでいない方の手に書類を突き出され、その表面を半透明のウィンドウが覆う。
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神級構築士アマヌスとパートナー契約を結びますか?
【Yes】 【はい】
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承諾しか選択肢ないやんけ!!
まあこの流れでいいえと答えたら同じ問答が繰り返されるんだろうし、もはや強制イベントじゃないのかこれ。どうして。
素直にYesを押してやると、ようやく足首から圧迫感が無くなった。本人も落ち着いたのか、もそもそと起き上がろうとしている。
「えっと、アマヌス、さん?」
「はい、アマヌスです。ご契約ありがとうございます。これで久しぶりに壁のある家で眠れます……」
「家ないの?」
「あったはずなんですけど、崩落に巻き込まれて消えました。避難用の宿舎は職がある人が優先なんで、あとはこんな感じに適当に過ごすか、広場で他の人とごろ寝です。広場、屋根はあるんですが、プライバシーもなにも無いんで、ちょっと」
「た、大変だあ……」
今までお店の人とか普通に暮らしてる人としか関わってなかったけど、そういうのは崩落から免れた幸運な人達らしい。大抵は家もなく保護を受けている状態で、そこからスキル持ちは職を探したり復興作業に加わったりしていくそうな。
ちなみにぽんって発生することもあるらしい。発生するってなんじゃとなるが、なんか、居なくなってた人が再構築されるとか?
再構築は語弊があるか。崩落時に保護された原初の泉から現界する、って説明だったけど、うーん、なんだろ。リアルにない概念だからか言い表すの難しいな。
とにかく、人も一定間隔で増えていくので、スキルが有る人はさっさと職を見つけろってことらしい。で、ある程度落ち着いたら、移住先を決めて移り住めと。
「はー、移住先も見つけなきゃなのか」
「はい……でもでも! まだ契約したてですし、猶予は貰えるので! ですので、早速仕事させてください」
「それは構わないんだけど、うん? パートナー契約って給料発生する?」
「え」
スンって感じにアマヌスの表情が抜け落ちた。
まだ手に持っていた契約書を読んでみるが、報酬についての記載はない。
ステラとの契約は素材の直接配送の代わりに保存食の納品なんだよね。アマヌスもそういうのかと思ってたんだけど、違うようだ。
あ、ちなみに書類系って、ちゃんと中身は書かれていることが多い。ウィンドウは簡略化した内容を渡り人向けに表示しているだけらしい。
「給料……」
「んー、どれくらいのヌンスが適量なんだろ。現物払いっていってもアマヌスが欲しいものが解らないしなあ」
「え……契約書にない、んですけど、払って貰える……?」
「いらなかった? でも何もなしっていうのは、」
「いりますっ!!」
お、表情が戻ってきた。
興奮しているのか、やや赤みががった頬に目がぎらぎら。
うーん、可愛いよりやっぱりホラーなんだよなこの子。特に薄暗さもないのに、言動が一致していないというか。いやまあ、契約書は単純にヌケモレっぽいけど。
「私が目をつけただけあってものの道理が解っているひとですねっ! それでこそこの神級構築士アマヌスのパートナーにふさわしいです!」
「契約で繋がれてるだけだけどね。で、おいくら?」
「えっと……えっと……これくらい」
立てられた指は三本。
三百ってことは無いと思うから、三千かな? んー、でももうちょっと色つけたほうが良いと思うけど、本人希望ならいっか。
「わかった、三千ヌンスね。単位間違ってたら教えて」
「ヒェッ」
いいよ、という気持ちで返答したのに、アマヌスはなぜか硬直した。
……おーい? 大丈夫ー?
三千ヌンス=三十万(日本円換算)




