061. 選ばれたのは
ストゥーデフに行くならシェフレラに声をかけようか、と思ったが、タイミング悪くインしていないみたいだった。
なので単独で大工を探しに来たわけだが――
「そこの別嬪さんうちにしない!?」
「そっちよりこっちの方が良いよ! 今なら資材割引サービスだ!」
「見てって見てってー!」
これはどういう状況でしょうか。
大通りにひしめく人混み。両側に屋台もかくやと言わんばかりの出店が出ているが、それらはすべて契約待ちの職人の受け付け。右から左から引っ切り無しに誘い文句が通り過ぎていく。
住人もプレイヤーもかなりの数だ。注視してるつもりがなくても視界に入るせいで情報がうるさい。なんとか人混みの薄い場所へたどり着いて、反応する秒数設定を調整した。
「……ホップ?」
「ん? あれ!? フー!?」
もう帰っちゃおうかな、とげっそりしているところに声をかけられ、なんだと顔を向ければ知った姿と再会。それもレアキャラだ。
コルトにお酒があると教えてくれた顔の良いモブとは思えない住人が、その綺麗な顔をこちらへと向けていた。
こんなところで会うとは。
もしや複数フラグ立てると関連クエスト発生する系だろうか!
「久しぶり! ストゥーデフにいるとは思わなかったよ!」
「そっちも。顔色が良くないが」
「んー、ちょっと情報過多で? 調整したから大丈夫」
「そう、か?」
あいも変わらず、砂色のフードを深めに被っている。まあ、ここら辺はクルトゥテラより建物の色も深く、白味の強い姿は辺りに溶け込んでいる感じでもない。かといって目立っているようには見えないから、知り合ってないと見えないのかも。それか、単純に周りがお祭り騒ぎで、スルーされてる可能性。
「酒は、見つかったか?」
「あー、ウン。存在確認は。その節は情報ありがとうございました」
深々と頭を下げる。手には入らなかったけど、酒に通じる情報はとても貴重でありがたかった。
蜂蜜酒の原料は手に入ったしね。それがなんでかMP回復薬になりましたけど。
「フーはいつからここに?」
「二週間くらい前……そろそろ移動しようかと思っていた。会えて良かった」
「旅してるの?」
「そんな感じだ。ここは煩くなってきたから」
「ああ……」
周りを見渡して納得の相槌を打つ。
これね、前来たときはこんなんじゃなかったんですけどね。
「なんでこんな混んでるのか解る?」
「ん……渡り人特需とか……聞こえてきていたが」
「へ」
「家を建てたい人が多い、らしい」
「へえ〜〜〜〜……」
これあれか。箱庭レベル上げるために起こったのか!
いかん直接ではないとはいえそこはかとなく後ろめたい。
なるべく自然に見えるように愛想笑いを浮かべつつ、そろりと人の少ない通りをチェックする。
ストゥーデフの町並みはクルトゥテラより大木が多く、脇にそれた通りの中には木の根が張り出した歩きにくそうなものも散見された。客引きもそういう路地には居らず、必然、人もまばらだ。
「ホップは」
「はぃ!?」
意識が通りに向いていたせいで、変な声が出てしまった。瞬きが多くなったフーが、遠慮がちに聞いてくる。
「その、建築士を探しに来たの、か?」
「あ、あー。当たらずとも遠からず、みたいな」
探しに来たのは大工ですけども。
このゲームだと別職種なのか、呼び方が複数あるのかどっちだ。リアルだと違いがありはするが、それがそのまま当てはまるとは思えない。
「そう、か。見つかると良いな」
「お、おう」
素直に応援されてしまった。もう諦めて帰ろうとしてましたなんて言えない。
「あ……っと、建築もなんだけど、木の苗も探してて」
「酒、のためか?」
「お酒の湧き出る素敵な苗があるって!?!?」
「いやそこまで言ってない」
いけないけない。また暴走するところだった。
「うろのある木になれば、たまに湧くこともあるらしいが」
「おおおおお!」
一瞬冷静になったものの、次の瞬間さらにテンションが上った。本当にフーはいい酒情報をもたらしてくれる!
「虚、うろね!! どういうの!?」
「種類は……すまない、わからない」
「そっかあ。解ったら連絡もらえたりする?」
「ん…ならばこれを」
握りこぶしを向けられるのに反射で手を差し出す。その手のひらの上に落とされた、青い鱗のようなもの。
「目印。持っていれば、連絡を飛ばせる」
「わー、ありがと、う……」
[ 特殊 ] 反復の頸木【レア度:S 品質:- 】
フーに手渡された連絡用の目印。これそのものに効果はない。
お礼を言いつつ鑑定したらば、初めて見るレア度に言葉が途切れる。
いやこれ、貰っていいもんなんです???? 効果はないってなってるけど、なってるけど!!
やや厚みがある「反復の頸木」なるものは、形はピックに似ているが、材質はよくわからない。滑らかな質感と、光を内包しているようにちらちらと青い色合いを変えるとても綺麗なアイテムだ。
「高価なものじゃ」
「いや、自分で作ったものだから……珍しいかもしれないけど」
大変珍しいかと思います。レア度がそれを主張している。
でもまあ、せっかくの申し出だし、連絡欲しいって言ったのこっちだし、突き返すのは大変問題だろう。住人と出来るかわからないけど、フレンド登録が一番いいんだが……どちらにしたって、ここでそんな話題が出てこないっていうことは好感度が足りないかそもそもそんなシステムがないかのどっちか。
「な、無くさないようにします」
なんといっても酒につながるキーアイテムだから……! 身につけておくのが一番いいが、加工、しても良いんだろうか。いや袋に入れて首から下げとくのが良いか。
「うん。じゃあ、また思い出したら」
「よろしく!!」
すでに旅支度を終えていたフーとはそこで別れ、そそくさと脇道へと引っ込む。
一人でいるとまた客引きの餌食になってしまう。
大工を探しに来たんだけど、イベントとしてはもうお腹いっぱいだ。というか大工に関しちゃ探さなくても契約できそうな人はよりどりみどりっぽいし、落ち着いてからでいいか。
となると、当初の目的にもしかしたら酒が湧くかもしれないという付加価値のついた、苗木を探すのをメインにしよう!
果樹もあればなおよし!果物発酵でお酒できるもんね。
葡萄があれば良いんだけど、コルトでも苗木はなかったしなあ。それっぽい木は斜面の片面に生えてたりしたけど、生ってるようには見えなかったんだよね。
……もしかして、成長自体しない、んだろうか。外の環境は。
「箱庭に期待かけられてるの解る気はするなあ」
箱庭外のフィールド、死んでる気配はしないんだけど、草木の成長ってすぐに解るものでもないしね。レモンやライムなんかは採れてはいるが、すでに生っていたものが止まったってことも考えられる。まあそこはゲーム的な処理だとも思うけど、採取しても一定時間で元に戻るっていうの、保護と照らし合わせたら納得になっちゃうんだよな。
入った脇道には人影がない。そんな道を選んで入ったから当たり前なんだけど、凸凹と木の根が張り出す通路といい、壁の面に這うツタといい、どこか退廃的な空気感をまとっていた。
左手の建物は元は商店だったのか、窓の大きく開いた部屋にはショーウィンドウが見えている。右手の建物は、住居の裏口なのだろう、細い扉が並んでいる。それらすべてに人の気配はなく、明るい日差しは重なる葉を通して柔らかく差し込み、光量が足りているにも関わらず、なんとはなしに物足りない気持ちにさせられた。
ノスタルジック、とも少し違う。
そんな気持ちで気もそぞろになっていたのをあざ笑うかのように、進行方向に人が落ちていた。
……イベントはお腹いっぱいって、さっき言ったよねえ!?
綾鷹でした。
ってずっと頭に残って別のタイトルが付けられなかった。




