057. だからチュートリアルは先にやれと
すっと扉を開く。全長が短めのスウィングドアだから、室内の様子は一部見えていた。
前回来たときと同じ、人はまばらで閑散としている。その僅かに居た人も、注視してみれば全てが職員や住人だった。つまりプレイヤーがいない。
訪れたのは、『トランス・ユニオン クルトゥテラ本部』である。
一応、クエスト報告で何回か来てたりするんだけどね。毎回、プレイヤーとすれ違ったことがない。前よりは受けてくれる人も増えたみたいなんだけど、報告する時間帯が被ってないのかな。
「あー! いらっしゃーい!」
嬉しそうな声と笑顔を向けてくるのは、お馴染みとなったケトゥン。
彼がまたなんというか、ほわほわなくせに押しが強いというか、こなしたクエストの空きにまたクエストを詰めてくる天才である。それもあって、いまだギルドの方のクエストがこなせていないという。まあ幸い、お金には困ってないし、今のところ珍しいアイテムもギルド報酬にないというから、人の少ないこちらに通ってるというわけ。
「今日も報告? ちょっと軽いもの頼みたいんだけどぉ」
「軽いと言われて十数体、この恨み晴らさでおくべきか」
「ごめんって。あれはこっちの事前情報から時間が経ってたやつだったから、ホント悪かったよ。書類ミス」
カウンター越しに片手を立てて謝ってくる姿は緊張感がない。
こちらも過ぎたことだし、割と美味しい追加報酬をもらったのでそこまで恨んでないのだが。軽いコミュニケーションだ。
「今日は別件。箱庭について聞きたくて」
「ほう」
内容を告げればケトゥンの切れ長の目がスッと細められた。どことなく品定めされている気持ちになるのは、間違ってないんだろうな。
「登録証見せて貰える?」
差し出された手の上に登録証を置く。普段は首から下げてるんだけど、不思議素材で冷たくも重くもないから存在を忘れそうになることもしばしば。箱庭に置きっぱなしの人も居るらしいね。
「ふむ。まずはおめでとう、と言っておこうかな。こちらの実績も申し分ないし、奥に来て貰える?」
検分後、窓口から立ち上がって手招きを受けた。指し示されたのはカウンターの奥から伸びる廊下で、頷きながらもどうやって行くんだと首を傾げる。だって壁から反対側の壁までカウンターが伸びてるんだよ。乗り越えていけと?
疑問が顔に出ていたのか、得意そうなドヤ顔をしつつケトゥンは何かを操作した。途端にカウンターの一部がへこみ、通れるようになる。
「お手をどうぞ、お姫様」
「謎技術」
気障な仕草で手を差し出すケトゥンは無視して、カウンターの内側へ侵入した。手元を見ても、操作盤などはない。もしかしたらこのカウンターそのものにそういう機能があるのかもしれないが、見た目は大きな一枚板である。いやこれ、継ぎ目ないな。このレベル、現実だとかなり高価になるんじゃないか? 樹齢何百、何千だよ。
まあ、電子内のバーチャルオフィスなんかも盛んな昨今、高級家具を目にするのは機会が多い。利便性を追求するより見た目追求したのもあるよな。それと同じ質感。うーん、データ量データ量。
「つれない」
「無人になりそうなんだけど受付け業務良いの?」
「ああ、それなら代わりの者を、」
「あー!! 本部長!! またこんなところに!!」
言いかけた言葉を遮るようにして、奥から人が走ってくる。ん? 本部長? 振り仰いだケトゥンと目があった。
「……おえらいさん?」
「任されてるだけで、偉くなったつもりはないなあ」
緩く微笑まれたがそれはつまりお偉いさんでは? こう、あれだ。ギルド的なギルド長みたいな。いかん混乱している。
だって最初の出会いから今まで、ただの事務員Aさんだと思ってたんだよ。注視判定でも役職はでないしさあ!
「敬語とか、必要ですかね」
「今まで通りでいいよ。そういうの嫌いだろう?」
「あ、はい。いや別にやぶさかではないんだけど」
「まあ、まあ。僕がさみしいなあ、って」
「はあ。じゃあまあ、いつも通りで」
お許しも出たことだし、走り寄ってきた多分今度は本当に事務員Bさんへケトゥンを突き出す。
「おや?」
「ご協力感謝します! すみません、なんか無理難題言われてません?」
「おやぁ??」
「いえ、特に。奥に連れて行かれそうになりましたけど」
「この犯罪者がぁ!!!!」
「ちょ、まって!誤解!誤解だから!!」
……自分でやっといてなんだけどちょっと可哀想だな。そこはかとない罪悪感に駆られたので、事務員Bさんの荒ぶる肩を突いて登録証を掲げる。
「たぶんこの、箱庭操作機能と箱庭クエストの説明だと思うんです」
「……あっ! そうなんですね! おめでとうございます!」
「奥でって言われたんですけど、奥なんです?」
「はい! 設備もありますので、奥でのご説明になります!」
「そういうことだから、行って良い?」
「理由があったからって書類が減るわけじゃありませんからね!! 案内したらすぐ! すぐに! 戻ってくるんですよ!!」
「はーい。いこうか」
促されて奥へと。ちょっと振り返って事務員Bさんへ手を振っておいた。後でしっかりきっちり送り届けますからねー。
「いやあ酷い目にあった」
「その割には嬉しそうだけど。被虐趣味?」
「念願の箱庭操作者だからね。君、顔に似合わず口悪いよね」
「ギャップに萌えるだろ?」
「そこで萌えたらホントに変態じゃないか」
軽口の応酬を行いながら、連れて行かれた先は箱庭を作ったあの神殿の小部屋と似たような入口。違うとはっきり解るのは、あのときのような不思議な膜もなく、普通の扉が鎮座しているからだ。入り方もごく普通に扉を引くだけだった。外開きか。
「なんもないな」
「殺風景でしょ。登録証もう一度貸して貰える?」
「はい」
渡した登録証をケトゥンが奥の壁に埋め込む。と、部屋全体がブレたような感じがして、奥行きがいきなり広がった――感じがした。
投影なのか、壁に映し出される景色は見慣れたもの。私の箱庭の風景だ。
『認証しました。箱庭操作・クエストの許可を検知。初回説明モードを起動』
「ドゥクトゥス、箱庭操作の説明を」
『イエス、マスター』
どうやらこの機能の管理者はドゥクトゥスというらしい。ケトゥンの指示が終わるやいなや、横長の大きな画面が一つ、複数の小さな長方形が私の周りに浮かんだ。
『案内を開始します。箱庭操作機能はいくつかのバージョンに別れておりますが、説明のためバージョン2までを擬似開放します』
声とともに横長の画面へ同じ言葉が表示される。視覚と聴覚とどちらでも確認できるみたい。
また、小さい長方形の一つに、五つのバージョンと機能が表示された。……ん?
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ver0 箱庭全体確認マップ追加
ver01 植生操作 / 地形操作
ver01.5 水流操作
ver01.8 湿度操作
ver02 天候操作 / 気温操作
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んんん??
「あの、なんかマイナーバージョンがあるんですが」
『説明します。バージョン0は箱庭操作機能解禁とともに初期開放されています。その後のバージョンは別途、箱庭ポイントにより開放が可能です。開放は順次となっており、数値を飛ばしての開放は出来ません。しかし、.5などのマイナーバージョンは開放をスキップすることが可能です』
「なる、ほど」
歯切れが悪いのは理解できないせいじゃない。バージョン1、その内容と出来ることを想像して、土魔法で作った道を思い浮かべたからだ。
「……この、植生と地形って……道作ることとか出来ます?」
『イエス』
チュートリアルうううううう!!!!




