056. 大事なこと
「で、何をすれば良いわけ?」
連れてこられて開口一番、リーナの言葉に森を指差す。示したそこは鬱蒼と茂っており、木々は浅層と同じだが比較すると密集度が高い。疎らに覗く地面も下生えが覆っており、およそ歩くことに相応しくない様相を呈していた。
そうです。出るところは選べても箱庭に戻ってくる場所は、直前まで居たところになるんです。
「?」
「道を……作りたいんだけど」
それ以上に説明できることがない。あ、いや、魔法の指定は出来るか。
「土魔法ならリーナの十八番だろ?」
「正しくは火のほうだけれど。マァ、土もそれなりに鍛えてるわね」
高く結い上げた薄紫の髪、そこから落ちる一房を指に絡めながら小首をかしげる。組んだ腕が胸の大きさを強調していた。
あるのは立派な胸筋なんですけどね。仕草が女性的でも体格がゴツい。
「でも土魔法スキルに道を作るものなんてなくってよ」
「そこはほら、結構自由度高いから、隆起をこういい感じに」
「あなたみたいな繊細さを求めないで頂戴」
「照れる」
「褒めてな……いえ、褒めることになるのかしら?」
言いながら、腰につけた短杖を取り出す。この間会ったときは長杖だったけど、装備更新したんだろう。前のものより装飾が豪華になっている短杖は、シンプルな木にオレンジの水晶が埋め込まれている。
「前の子のほうがこういうのは向いてそうねえ。威力重視で誂えたから、お望みの効果は出ないかもしれないわ」
「ま、掘り返してもらえたらそれで」
「雑草処理みたいに言うじゃない。【グレイブ】」
詠唱破棄もかくやという勢いで放たれたアーツが地面を揺らす。隆起した土が左右へ草を押しやり、50cmほどの高さの土の塊が数m先まで伸びた。その過程で柔らかくなったのだろう地面に、根を下ろしていた木々が傾ぐ。
「やん、土が飛んできちゃったわ。固めないと駄目ねえ」
「おー、壮観」
下生えは問題なく掘り起こされ、これだけでも歩きやすそうだ。道とするには柔らかい隆起だが、元は攻撃魔法なのだ。剣山の上を歩くよりはよっぽどやりやすいというもの。
地面自体、水分量が多かったのだろう。泥とまではいかないが、跳ねた土が汚した頬を、フリフリのハンカチで拭いながらリーナはもう一度杖を構える。
「さて、これを森を抜けるまで作ればいいのね? あとはどう固めるか、かしら」
「水分抜く? 火?」
「さすがに延焼が怖いわ。火に巻かれるなんてイヤよワタシ」
「それもそうだな。んー、地面に打ち下ろす系のアーツないんだよなあ」
「りゅ」
悩んでいると頭の上でリモが主張してくる。お、なんかしてくれるのかな?
未だに契約パートナーとしての能力はグレーアウトしてて不明なんだけど、火をつけてくれたり肉を食べたりレモンを食べたり……いや食べてばっかだな!?
あとは殆ど寝てる。よーわからん生命体だ。
で、主張したリモは頭から降りることなくもう一度鳴いた。途端、空気が歪んだ感じがして土が一気に平らになる。
「おぅ……」
「あらやだ。有能」
「りゅふー」
リーナに褒められてご満悦の鳴き声。更に撫でられてデロデロになっているのが頭の上の身じろぎ加減でよく分かる。
これ傍から見たら私が撫でられてるように見えるな。
「ふわふわねえ。幻獣なのよね?」
「そうだね」
「ふふ、そのうち尻尾でも生えそうね」
「……成長するの?」
リモは無言。するの? しないの? どっちなんだい。
ま、リモのお陰で道を固める問題は解決しそうだ。
実際に固まった土は50cmから5cmくらいに高さが減っていて、上に乗ってみても足が沈むようなことはない。圧縮度合いがすごい。多分これ、不可視の物理攻撃っていうなんかよくわからんリモの攻撃手段を応用してるんだろうな。感覚的にパーでぐしゃってやった感じ。ひえ、逆らわんとこ。
「じゃ、ちゃっちゃと繋げましょうか。リモちゃんよろしくね」
「りゅふっ!」
気合い充分なリーナとリモのお陰で、どんどん道が出来ていく。私は後ろからついていくだけだ。たまに後ろを振り返って確認するが、道が消えた様子はなく一安心。掘り起こされた下生えは消えているし、木々も、斜めになってたやつは消えてる。ちょっとだけ盛り上がったかな? 程度の木は元に戻ってしっかりと地面に根を下ろしていた。
うーん、草木の処理をしなくて良いのは楽だ。
道幅は両手を広げたより少し大きめ。人がすれ違う分には支障がない。あ、でも大柄な人だとちょっと窮屈かも? まあうちにくる人で一番でかいのリーナだし、問題ないか。
「私も土魔法取ろうかな」
「順調に属性迷子ね」
「風が一番相性いいっぽいけどね。シルフは風の子」
「シールフ、ウンディネ、サラマンダラ、グノムですっけ。ちょっと発音違うわよネェ」
「ベースの言語が英語じゃないんだろ」
「魔法属性に照らすと圧倒的に足りないから、他の種属にもなれるんじゃないかって探しているらしいわ」
「そういや成長したらうんぬんって言われたっけ」
スイになんかそんなこと伝えられた気がする。順当に考えたらレベルを上げたら、ってことなんだろうけど。他の要素もありそうだ。
「マ、いいんじゃない? お米作るの楽そう」
「田んぼを耕せと申される」
「日本酒を期待してるワ」
よこされたウィンクに腕を組む。ふむ。土魔法、一考の余地はありか。
それにしてもリーナはリアルでも飲める、どころかワクなのになんで私は無理かね? 同じ遺伝子入ってるのに釈然としない。従兄弟だから離れているといえばそうなんだけど、うちの両親も弱いってわけじゃないからなあ。解せぬ。
「まずはお米見つけないと」
「そうねぇ……色々材料が不足してるわ。そうだ、これあげる」
「ん?」
「蜜蝋から作ったリップよん。唇うるツヤ」
「蜜蝋……蜂の巣? うるツヤは興味な、」
「詠唱速度と魔法攻撃力上昇」
「ありがたくいただきます!」
「素直でよろしい」
さっきから詠唱あるの? ってほどバンバン撃ててたのはこれかあ。良いものもらった。
後でためそ。
そうこうしているうちに、森の出口が見えてくる。最後の詠唱とリモの道固めが終わって、無事に森深くからの道が完成した。
余裕ができたらこの道も草花あしらったりベンチ置いたりしてグレードアップしたいね。木を渡してウッドデッキっぽくするのもいいかもしれない。湿地帯観光でよくあるやつ。……いや、湿地あるんだからそれこそ湿地に作ればいいか。
「とうちゃく、っと! やー、助かったわ。ありがとう」
「蜂蜜ジュースでよくってよ」
「はいはい。三本でいい? いま材料不足で」
「五本欲しいところだけど、貸しにしておくわ。そろそろ養蜂が解放されるんじゃなくって?」
「んー、蜂の巣納品クエ、換算が個人単位っぽいからなあ。モルトのほうが早いかも」
蜂蜜は買取してるほうが多いから、蜂の巣納品は進んでないんだよね。やっぱりボス周回がネック。
「モルトが養蜂。あまりイメージわかないわ」
「同じく。そもそも花がなさそう」
「レラに期待したほうが良くってよ。蜜蝋は蜂の巣そのものが必要だから、ワタシも納品数は多くないのよネ」
「周回してたんだ?」
「美しさを保つためには努力が必要なの」
うーん、この。目的に真っ直ぐなのは血筋ですかね。
「それに、ちょっと周回もしづらくなってるし」
「ボス強化でもされた?」
「いえ……プレイヤーの方ね。フィールドはインスタンスだけれど、そこへ行くための岩があるでしょう? 性質の悪いのがたまに沸くのよ」
「あー、独占」
「出来てないけれど」
沸いたそばから駆除されるらしい。警備、じゃないけど、それに近い人たちがいるんだとか。紳士協定っていう……それはどうなんだってネーミングだな?
野次馬とおバカと紳士と一般プレイヤーと、結構なにぎわい。今ならそっちに注目行ってるから、早朝ならユニオンも人が居ないだろうとアドバイスを受けてしまった。チュートリアル放置してるのバレてたね!




