117. 怪しいものではございません
「どうでしょうかこの様相」
「お前、検証班に慈悲はないのか?」
「失礼な感想だな!」
ゲートなるものが設置され、貿易が許可され云々、流石に情報共有したほうが良いだろうとログインしてる皆を呼び出してみれば、上記のようなやり取りをすることになった。
失礼な感想を言ったモルトの他に、ゲートのそばにはエールズとN。リトは少し離れた場所から街の姿を眺めている。顔には笑みが浮かびどこか爽やかな風情なのは、パラトスから解放されたためだろうか?
「うーん、どうやら箱庭の持ち主じゃないと反応しないっぽいね」
「パーティ組んだらどうでしょう?」
「試してみるのもありだけど……ホップ、これ自分で使える?」
「あ、試してなかったや」
Nと話していたエールズに呼ばれてゲートの前へ。設置したは良いけど、実際に使ってみたことはないというのは察されていたようだ。
ゲートは結局、移動させずに最初の設置場所、すなわち街の近くの丘の上で固定した。皆を待つ間に道を整備したり、ゲートの周囲をストーン・サークルもどきにしてみたりと遊んでいたので殺風景な場所からちょっとしたランドマークくらいにはなっている。
ゲート自体は箱庭の入口と同じ模様が彫り込まれた石造り。円柱が横に並び、上部がアーチで繋がっている。ロココ様式とかそんな風情もちょっとあるけれど、そこまで目立って華美ではなく、繊細さより力強さのほうが受ける印象としては強い。
これがどういう機能なのか……外界との貿易うんぬんってつくくらいだから、出入りできるものではあるんだろう。それって箱庭の入口開く機能とどう違うの?とは思うが、設置型になることで住民が自由に使えるらしいとはシェルテットに聞いた。
一緒に聞いていたアマヌスが狂喜乱舞してたな。食料クエストもこなして食事やなんやらもなるべくフォローしてたんだけど、それはそれとして買い食いはまた別の楽しみだと力説されてしまった。まあ、最近プレイヤーの美味しそうな出店も多いから、ちょっと気持ちはわかってしまうのがなんとも。
シェルテットがなんで知ってるかってのは、管理官としての基礎知識らしい。じゃあこの後どんな能力が解放されるのか全部知ってるってこと?という問いには曖昧な笑みを浮かべられた。ジョブについたときに本のようなアイテムを貰うらしいんだが、どうやら箱庭が成長すると読めるページが増えるそうで。先読みは許されなかった。
そういえば説明のときに私が使う云々は聞いてなかったなー、と、特に警戒もなくゲートへと触れれば、仰々しい「Warning」のウィンドウが立ち上がる。焦ったのも一瞬で、ご丁寧に箱庭の主は使用できませんよという説明が付記されていた。
「なるほど住人専用」
「そなの?」
「っぽい」
ヘルプも呼び出して内容を共有していく。
それはそれとして、ついぞこのゲートを住人が使った形跡がなくて首をひねる。特にアマヌスはあんなにも喜んでいたのに、なんでだ? なんて思いつつヘルプを読み進めていけば、住人が使用するための設定が足りていないようだった。
それは使おうと思っても使えませんね。すまない。
しっかり確認するのも今が初めてだからなあ。周囲をデコるより先に本体をどうにかしろっていうね。作業してる最中、様子を見に来たシェルテットが、なんとも言えない顔をしていた謎が解けた。
「設定前だから住人も使えなかったわ。えーと、あー、これ、自分の登録してる場所と契約パートナーの……故郷?登録があるとこ?が、外に行く地点として設定できるっぽげ。行ったことない場所もあるな……なんでこれ私使えないんだ!」
「行ったことない場所の契約パートナーどうやって捕まえてきたんだ」
「契約パートナーからの紹介、かなあ? たぶん?」
カカリナやリエンダなんて見慣れない地名に対してぐぎぎしつつ、現在設定できる地点を全部登録してやる。特に上限とかは無さそうだった。増えたら探すの大変そうだな。どうやって移動先を選択するんだろう。
指先で使えないゲートをつんつんしていると、ゲートが僅かに震える。無意識に壊したかと一瞬焦ったが、どうやら誰かがこちらへと入ってこようとしているようだ。出入り口にたむろしていた皆にも声をかけてゲートから距離を取る。
程なくして、猫耳はやした眼鏡のお兄さんが姿を表した。
「ゲートの設置、おめでとうございます。ウチはフエルですわ。あんさんが雇い主でええでっしゃろか」
赤茶がかった毛並み、もとい髪。もみあげだけが長い短髪の、そのもみあげ部分を後ろに撫でつけながら、少し小さめの丸眼鏡の奥で銀色の瞳が細められる。
これはエセ関西弁の胡散臭い眼鏡……! エセ関西弁の胡散臭い眼鏡枠じゃないですか!
なお本当にエセかは不明。イメージです。
「設定したの今なのに……あ、私がそうです。契約主のホップです。よろしく」
「丁寧、迅速をモットーにしとりますんで。あんじょうよろしゅうお願いします」
「シェルテット呼ぼうか?」
「や、お気になさらず。行き来のチェックとご挨拶に来ただけですさかい、すぐ戻りますわ」
「そう?」
「へえ。店を長く開けるわけにもいきませんし。あ、これ良ければ皆さんでどうぞ」
「これはご丁寧に」
「ではこれにて。慌ただしくてすんまへんなあ。今度店の方にいらっしゃったら皆さん勉強させてもらいますんで」
「あ!大豆の買い取り来てた?」
「まだ発見出来とらへんみたいで……せや、忘れてた。いつもの方からの伝言で、しばらく忙しくなるとのことでしたわ」
「そっかー。まあ好意だから期限もないしね。大丈夫だって伝えといて」
「承知しました。ほなこれで」
怒涛のように訪れて必要事項だけをやり取りして怒涛のように去っていった。
「時は金なり……」
「満足そうに雰囲気出してるとこ悪いけど、今の何?」
なんとも言えない顔で皆が見てくる。あ、リトだけは毒花畑を確認したいって離脱してったわ。自由だな。
「契約パートナーのひとり? 初めて顔合わせたな。何くれたんだろ」
フエルからもらった手土産的なつつみの中身は、一口サイズの大福っぽいもの……。
「うそ、求肥あんの!?」
「あまりにも説明不足が酷い。求肥って何で作るの」
「白玉粉やもち粉……? あ、そうかこれも粉だけあるパターンか? いやでもどこで手に入るんだ」
「あとで調べたげるから今はさっきの人の説明して」
ふっと目の前が暗くなったかと思えば頭に食い込む指の感覚。どうやらエールズのお仕置きが発動直前のようで、まだ痛くはないけどこれ以上脱線すると容赦しねーぞという意思を感じる。
「おっと……いやでも、それ以外って、うちの買い取り窓口、くらい?」
「あー、交易区に店舗構えてるっていう、あれか?」
「そう!」
モルトからのフォローもありつつ、どうにかエールズのアイアンクローから逃れることが出来た。納得したエールズは、先程の言葉通り掲示板で求肥について調べてくれる模様。律儀だ。
「はぁ〜、だいたい把握しました。でもちょっと、箱庭レベル4になるための条件がまだハッキリしませんね。住人を迎え入れて街にするのは大前提でしょうけど、他にも街になってる方は居ますし」
「3になるための条件は確定してるんだったか」
「いえ、まだです。当たりをつけて、最後の検証中だったかと。……終わったらすぐに4の検証になりますねぇ……いや、すでに3になってる方々に共有して先行してもらったほうが良いですか」
「だな。ちょっとこっちで連絡するわ」
「お願いします」
Nとモルトが話しているのをBGMに大福っぽいものに手を伸ばす。もちっとした皮に甘みが抑えられた餡。ちょっとの塩味が、その抑えられた上品な甘さを引き伸ばしてたいへん美味しゅうございます。うん、どこで買ったのか今度聞きに行こ。
妙に難産だったのは季節の変わり目のせいに違いない




