115. お勉強と住人の迎え入れ
「へ? 僕に?」
毒花の知識を請えば、まさかそんなことを言われると思わなかったのか、ウィーナーは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた。
鳩が豆鉄砲って比喩も面白いけどね。初めて聞いたとき、運良く口に入ったら餌が向こうから飛び込んできて、ビックリじゃなくて喜びに転じるかも知れないって変なこと考えてたっけ。
「聞けそうな心当たりなくて」
「薬師ギルド……あー、渡り人さま方がきてて、ポーション系の需要があがってるんだっけー。忙しいところは聞きにくいよねぇ〜」
まったくそんなことは思考の隅にも過っていなかったが、良いように解釈してくれているのでそのままにする。言われて気づくことってありますよね。
「ん〜。ここにあるやつだけでいいのぉ〜?」
「他も教えてほしいです!」
「そっかぁー。じゃあ特別報酬ってことでぇ〜、契約書に追記してくれたらいいよぉ」
にこにこと追加報酬をねだられたので、了承して固く握手を交わした。
知識をタダ売りしない姿勢、とても好感が持てます。
お互いに時間があるときだけ、教えた時間分に対応する別報酬と話をまとめて、早速この毒花畑の植物について教えてもらうことに。
「これはねー、影哭草だねー。全体的に神経毒と幻覚毒を持ってるけどー、煮出して抽出しないと効果はないの〜。普通に触れてもだいじょうぶだよー。採取するとき汁が付かないように注意ね〜」
他の草の陰、地面に沿うように暗緑色の葉を広げる植物を指して説明してくれる。他と比べて花もなくて地味だが、しっかりと毒性はあるらしい。
「こいつは夜がキレイなんだー。葉先が僅かに光ってね。涙をこぼしてるように見えるからこの名前がついたの〜」
「へえ。夜に変わるのもあるのか」
「結構あるよぉー。今はわかんないけどー、三つの月が空にあったころはー、全部がない夜はほんとに露がこぼれるんだよねぇー。一番毒性が強くなるんだけどー、合成素材としては使いやすかったかなぁ〜」
間違って直で触れちゃうと過去の悲しい記憶や恐怖が幻覚として蘇って、正気を失うんだけどねーと繋げて言われる中で、リモがコロコロと話題の影哭草の上を転がっていった。
「夜にきれいなのはこっちもかな〜」
次に示されたのは虹色に輝く花びらが特徴的な、蘭っぽい植物。鑑定では名前は幻惑蘭と表示されていた。一つひとつの花も大ぶりで、毒花畑の中で一番目立つ。
「明るいときもキレイだけどね〜、夜はふわふわの幻想的な光をだすんだー。あ、でも、夜のほうが香りは広がりやすいから、魅了耐性か毒耐性のレベルが高くないと、ちゃんとマスクしないと離れられなくなるよぉ〜」
毒性としては魅了。花の香りを嗅いだ者を魅了し、理性を失わせ、花が咲く場所から離れることができなくなってしまうらしい。そうして獲物を集めて、自身の養分として吸収するんだとか。
そんなレクチャーを受けている中、リモが幻惑蘭へと近寄り、その花の花弁の中へズボッと入る。いい感じにフィットしているが、あれ大丈夫なんだろうか。
「僕のイチオシはこれー。忘却鈴ー」
ウィーナーが次の植物の紹介をしようとしたとき、幻惑蘭にジャストフィットしていたリモが花から吐き出されるようにして――いやまあ、自分から出たんだろうが、どうにも花が異物として吐き出したようにしか見えない――忘却鈴へと突っ込んできた。
鈴という名前に違わぬ形をした透明なガラスのような花?実?が、リモの衝撃によって揺れ、耳に心地よい音が辺りに響く。
「……音聞くとなにか忘れたりします?」
「あはは〜だいじょうぶだよぉー。こいつの毒性はね〜、この実なんだぁー。食べられないんだけどね、こいつを砕くと周囲に霧が広がってねー、その霧を吸い込んだら……熟し方にもよるけどー、十分から数年間の記憶がなくなるって感じ〜?」
「振り幅がでかい」
記憶をなくす毒性は、熟すほど高くなるらしい。しかもこの忘却鈴は、実をつけるまでが早く、その後は十年単位でじっくりと熟していくそうな。どれくらい熟されているかは、揺らしたときの音程で解るみたい。若いものほど高く、熟しているほど低い音が鳴るって。
リモが突っ込んだときになった音はどれも高かった。まあ、植え替えたの今日だし、そもそも時間がたってないから順当である。
「食べれる実といえば虚無果かなー。それ、そこになってるやつ」
指さして教えてくれるのは、忘却鈴の茎に巻き付くように生えている、灰色のツタ。その先に鬼灯のように生っているのがそうらしい。どことなく不気味な薄い灰色をした手のひらサイズの実だ。
「美味しい?」
「無味無臭だねー。美味しくはないんじゃないかな〜?」
「虚無の味……」
「そうだねぇー。食べられるけど、食べちゃうとあらゆる感情を失って無気力になるよぉー。遅効性の毒だけど、最終的には生きる意味を見失って静かに死んじゃうからねぇ〜。ま、これも食べなきゃ問題ないから、取り扱いが楽な部類だね〜」
「それは食べられないのと同義では?」
そんな説明を受けている中で、先ほど忘却鈴にぶつかったリモが腹いせとばかりに虚無果へ齧りついていた。さっきから危険なことばっかしてない? お前毒無効の体質なの?
「まあ名前通りの味ってことだね〜」
ウィーナーは言いながらリモを虚無果から引き剥がす。手のひらの中で微妙に縦揺れしているのは不満を表してるんだろうか。
「君、丈夫だねー。うん、異常はないみたいだし……ほら、気を付けて遊びな〜」
「ご迷惑をおかけします……」
「良いよぉ、もともとあの子のためだったんでしょー? 僕はおこぼれにあずかる側だからね〜」
ひらひらと手を振ってそう言ってくれるから、ちょっとだけ罪悪感が減りますね。実際、事実ではあるんだが、教えのために引きとどめているのはこちらでして。
「あ! そうだー」
珍しく大きな声を出したウィーナーに何かあったかと聞けば、シェルテットからの伝言を伝え忘れていたと返ってきた。なんでも、どうしてもと言われてまた数家族を受け入れることになったとか。
「だからー、新しい村? 集落の場所の選定を早めにしてくれってー。とりあえず、まだ余裕ある最初に作った場所に案内してるからってー」
「待ってすでに来ちゃってるの!?」
「今朝早く来てたね〜」
ああああの明るいホラーの集落が本当に集落として完成してしまう……!
慌ててリストを確認しようとしたが、あいにく手元にはない。
「教えてくれてありがとうすぐに決めます今すぐに!!」
「じゃあー、今日はここまでで大丈夫〜?」
「大変勉強になった! 契約書も追記してもらうね!! とりあえず今日の分は……」
「いいよぉー今日くらいはサービスー。僕も伝言忘れてたしね〜」
「じゃあなんか、美味しいもの渡す!」
「やった〜」
ちゃんと品質の高いやつ渡そう。リモも連れて家に戻ろうかと思ったけど、箱庭内の話だとリモは感じているのかこの場所から動こうとしなかった。まあ、寝っぱなしよりは元気になった今のほうが好ましいのでリモは置いて戻ることにする。
この場でぱっと決めちゃえればよかったんだが、シェルテットからのリスト、家に置いてあるんだよな……!!