114. ダウナーウィーナー
ころころと白い毛玉が転がる。それを追うように黄色い綿毛が動き、紫色の花粉が舞う。
どうもお世話になっていますホップです。無事に毒花が芽吹きました。
小さい鉢で育てていたのを地面に植え替えて、開花ゲージが貯まるまで待てば、綺麗に花が開いた毒花畑の完成です。
ガチャの結果手に入れた種は、数にして100個くらい? 幸い、種の状態で毒性を持つような危険物はなかったので、住民の皆さんにもご協力いただき発芽チャレンジをした。
地植えよりはそれぞれ別の鉢に植えたほうが解りやすい。なので、まずは小さい鉢をたくさん作ってもらって、ひと粒ずつ植えていくことに。リアルで苗になるまでポットで育てるアレ。実際リアルのやり方だと数粒植えて、もし全部出たら間引いたりするんだけど、今回は発芽するかしないか比率を見たかったので一鉢一粒。
植えた鉢は温室もどきに並べてもらったよ。この鉢は……流石に再利用するとしても同じ毒花のあれそれに限定しようかなあ。普通の植物は毒成分に負けそうだ。
そうして暫く面倒を見てもらって、双葉が芽吹いたと連絡が入って現在。
まだね、防護マスク的なものは用意できていないから、万が一を考えて私が作業したほうが良かろうと。私ならウィンドで防護マスクもどきは再現できるし、あと、それを通り抜けたとしてもプレイヤーなのでね。HPやMPが削れてもなんとでもなる。死んだところでデスペナがつくだけだし。
でまあ、やっぱり錬金術で作った種は仕様が違うみたいだ。
店でもらったり敵からドロップしたような種は、植えると次の段階に行くまでの目安ゲージが表示されるんだけど、錬金術の種は無かった。時間もかかっていたし、なんというか、リアルで植物を種から育てる感覚に近い? 発芽率何%、みたいなのあるよな。
といっても、芽が出たあとはゲーム的な処理が入るのか、次の段階への目安ゲージがつくようになってた。でもこれも錬金術以外と比べるとゲージの透明度が高い気がします。環境が合わなかったらすぐ枯れそう。幸い温室もどきは毒花にとってちょうどよい環境だったのか、芽吹いたものは大体がちゃんと育ってくれた。
ある程度育ったら鉢から地植えに変えてやれば、目安ゲージの透明度も他と変わりない状態に落ち着いた。ので、成功したと見てよろしかろう。
結局、ちゃんと育ったのは種100個のうち40個弱。およそ四割。これが多いか少ないかはまだわからないが、とりあえずリモがごきげんになる程度の数は確保することが出来た。
なお、植え替えてしっかりと根付いた毒花を鑑定してみたんだけど、名前が解るくらいで効能とか危険度は詳しく解らなかった。育てるための簡単な注意事項なら、【栽培(知識)】の効果として載ってるんだけどね。やはり植物知識とかないとだめっぽい。
知識系は流石に努力と根性で自然取得は難しいだろうな。詳しい住人居たら教えてもらえばいける、か?
「呼ばれてーないけどーこんちわ〜」
ころころ転がるリモを眺め、そんな物思いにふけっていると緩い声が背後から聞こえてきた。振り向けば両手をポケットに突っ込んだ、植物鍛冶師ことウィーナーが立っている。
「どしたん?」
「んー、毒系の植物が手に入るって聞いて〜」
「もう暫くは増やすことに力いれるから、まだ摘めないけど」
「いいよー。種類を確認にーきただけだから〜」
危険を警告する暇もなく入口からこちらへと歩を進めてくる姿に、それでも慌てて止める気持ちが起こらないのは、本人が毒と知りつつ警戒した素振りを見せないためだ。
キツめのカールしたボブヘア、その一部分だけ長い髪を片手で弄びつつ、ウィーナーが多少距離を取って毒花畑の手前に腰を下ろす。身につけたダボッとした作業着が、空気を含んで弧を描いた。
……その空気、毒花の花粉含まれてそうですけども。
「いいねーいいねー。結構使えそうなの揃ってるぅ〜。種類は少ないけど、外じゃお目にかかれない品種まであんじゃん。やー、助かるわ〜」
「え、ウィーナー、毒花使うの?」
植物鍛冶師なんて何使うかわからなくて、特に意識して集めたりしてなかったんだけど。まさかリモ以外にも欲しがっていた対象がいたとは。
ウィーナーはチシャ猫のようにニンマリと、その薄黄色の瞳を細めて口角を上げる。
「ふっふー。何に使うか気になる〜?」
「いや、鍛冶でしょ」
「ちぇー。そうだよー。これはねぇー、繋ぎとして混ぜて、素材の粘性を高められるんだ〜」
「毒が」
「そう、毒成分が重要なのさ〜」
「作れるものが増えるってこと?」
「んー、そうなるかなー。例えば、そこの窓〜」
指差す先には、天井まで届く大きく細長い窓。といっても温室っぽい建物なので、全体が窓みたいになってるんだけど。指さしているのは、開閉可能な部分だな。
動かすことを意識して作られているのか、他の場所と違って、一枚の硬化物ではなく、小さめの複数枚の硬化物が折り重なるように配置されている。こう、あれ。蛇腹、ほどじゃないけど、昆虫が羽をしまってる機構。あんな感じの。
「硬いやつしか作れなかったからねー。何枚も必要だったけどぉー。粘性を高めれば、一枚で事足りるよ〜。くるくるーって巻けばよくなるからねえ〜」
それなんてロールスクリーン。思わず口に出かかった言葉はどうにかこうにか飲み込んだ。だってこの世界でロールスクリーンって通じる気がしない。
「そだー。ちょうどいいや〜。ホップくん、君って中性?」
「酸性でもアルカリ性でもないから多分……?」
「違うよぉ〜。性別の話〜」
「あ、ああ。いや、未分化」
普段忘れてるけど、そういうステータスもありましたね。phのことで答えちゃったよ。直前まで土の管理してたから。
「それがなにか?」
「ただの確認ー。んー、僕はねぇ、中性なんだよね〜。たまにメンドイ雇い主に当たることもあるからさぁ〜。でもそっかー未分化かー。もし中性になったら、警戒しなね〜」
「そんな態度変えたりされるもの?」
「一部だけどね〜。むかーしは、崇拝派と排斥派がいたんだよー。今はどうかなー。そんなこと言ってられる状況じゃないしねぇ〜。まあ、関わる相手は気をつけなよーっていうー老婆心〜」
一応これでも、二人きりのときにしようって機会を伺っていたとまで言われて、そんなゆるゆるの雰囲気でめっちゃスマートでかっこいいじゃん……と感動する。そういやリトやネネ、リーナはどうなんだろうな? 性別ステータスまで聞いてなかったや。
これ、フラグかな? 世界が復興していったら性別ステータス由来のイベントとか起こったりします?
「じゃ、収穫できるまで増えたら教えてねぇ〜」
「それはいいけど、毒なんだけども」
「毒がほしいんだから、いいよねぇ〜」
「間違って吸っちゃわない? 大丈夫?」
「……ああ! 心配してくれてるんだ? ありがとぉ〜」
まったくその可能性に思い至らなかったとウィーナーは手を叩く。
「だいじょおぶだよ〜。植物鍛冶師は毒耐性必要だからね〜。ここにある程度の花ならへっちゃら〜」
「もしかして、毒花、というか毒植物、詳しかったりする?」
「鍛冶に必要なやつなら〜?それ以外はわかんない」
「ちなみに絵はお得意ですか」
「絵? まあ〜設計前にイメージ図とか〜作ることもあるから〜見れる程度には〜?」
なんだなんだと、帰るために入口に向けた身体をこちらへと向き直して首を傾げるウィーナに向かって、近場にいい先生いるじゃん確保! という気持ちで頭を下げた。
「毒植物の知識! 教えて下さい!」
せめて自分で植えた毒花の知識は欲しいです。
めちゃくちゃ余談ですが、住んでるところの環境が良いのか、この家で撒いた種の発芽率は9割以上を更新し続けています。どうして?