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107. 【閑話】情報屋希望の禍福

 自分は小心者だ。そう、N.N.は己のことを認識している。他者からの評価もまた同じだろうと思っている。

 だけれど、そんな自分にもささやかな憧れがあった。

 主人公だなんておこがましい事は思わない。それよりも敵も味方も手玉に取って、のうのうと最後まで付かず離れず生き残る悪役になりきれないヒールに惹かれた。憧れたキャラクターは創作の中でのものであったが、VRMMOが市民権を得るようになるにつれ、そんな立ち位置や行動も夢物語ではなくなっていった。


 自分がやるなら情報を取り扱うものがいい。

 プレイヤースキルが高くなくても良く、コミュニケーションは必要とされるが、ロールプレイと割り切れば、多少口ベタでもなんとかなりそうな気がする。


 だが、これと言って突出した才能があるわけでもない自分には、同じように思う人々が沢山蠢いているだろうメジャーなタイトルの中で、自分が憧れるような理想の位置に行けるとはとても考えられない。

 だから、世間ではマイナーでありまだ発展途上のこの「ホルトゥス・ネクソム」というゲームに目をつけた。


 自分がこのゲームを知ったのは、情報屋志望として現実でも感度高くアンテナを張っていた、わけではなかった。

 関係者、といっても開発者のような直接関わりのあるものではなく、グループ企業のうちのひとつが新しくローンチしたタイトル、くらいの遠い関係者であった年の離れた姉が、いくつものVRMMOをハシゴしている自分へ「アンタこんなの好きでしょ」とゲームの割引券をよこしたのが出会いだ。


 そういうところでも一般人の枠を出ていない自分だが、ニュースリリースにも各種メディアにも広告にさえ露出が極端に少ないこのゲームへ興味を抱いた。人が居なければ先行者として、平々凡々な自分にも憧れが実現できるのではと。


 そうして降り立った世界で、偶然にも有用なスキルを習得する機会に恵まれ、それが情報屋を営むに当たっても便利なものだったから、憧れに対してスタートダッシュを切ることが出来た。また、プレイ人口もあまり多くなく、目立った情報屋が自分以外にほぼ見当たらなかったのも、地位を確固たるものにする後押しとなった。


 このまま行けば憧れたものへ手が届くのではないか――だが現実は甘くない。


 プレイ人口が少ないというのは、それだけ情報屋を利用する人も少ないということ。とくにスタート直後のゲームは皆が自分で手探りに楽しむことをしている人たちばかりで、輪をかけて利用者が少なかった。それが何を意味するかといえば、有り体に言って金欠である。

 情報を買うのにも金が必要なら、ゲームを探索するためのアイテム、消耗品などにも金が必要で、更に本当に初期の初期は三国間の移動もままならない。幸い初期資金は他のゲームに比べて潤沢だったからなんとかなったものの、このままではすぐに底をつくのが見えていた。

 そんなときだ。リアルでの友人でもあるパラトス経由で三国間移動の解放方法なんて重大な情報が持ち込まれたのは。


 あれよあれよという間にその情報で資金は回復した。しかも情報を買うのも受け渡すのも相手の場所に行けるのだ。行動が信憑性を呼び、噂は巡り、今まで情報屋の存在を知らなかった相手まで届くことになり、名実ともに憧れと同じようなところまでたどり着くのは早かった。

 最初に三国間移動の情報を売ってくれた相手の他に、その後も情報源となる相手と出会いは続き、立て続けに重要な情報が集まってくるようになって、悩みは次のステージにいった。人手が足りない。


 自分一人でさばける範囲はゆうに越え、かといって扱うものの関係上、信用のおける人でないとヘルプも頼めず、半分グロッキーになっていたところで救いの手を差し伸べたのも、三国間移動の情報を売ってくれた相手の仲間だった。彼女――商いの師匠となったステッラさんの指導によって、自分は複数の店舗を構えられるようになり、今では押しも押されぬ立場を築けたと確信するに至る。

 ただし、だからといって楽に高みの見物となったわけではなく……。


「ジェーン!! 行くわよ!」

「どこに!?」


 VIPや関係者だけが訪れられる、本店の奥の部屋。その場所で次の姿形はどういうコンセプトにしようかといくつもの要素を組み合わせていた自分へ、唐突に師匠が押し入ってくる。入ってくるのみならず、こちらの承諾もなんのことかの説明もなしに引きずられて知識管理施設まで来た。並々ならぬお世話になっているので、何かあれば優先度一位で対応すると言っているのに、師匠がちゃんとした説明をしてくれたことは片手で数えるほどしか無い。


N.N.(ノーネーム) さん!」

「あらぁ連れてきたの? 今連絡入れようとしたのだけど」

「必要でしょ?」

「手間が省けたのはそうだけどぉ。拙速を尊んでいるわネ」


 数少ない自分をちゃんと N.N.(ノーネーム) と呼んでくれるシェフレラさんとこちらを伺っているエドくん、タイミングが良ければ師匠を止めてくれる(今回は止める間もなかったようだ)リーナさん、そして自分を見向きもせず走り出しそうになっている友人のパラトスと彼の首根っこを引っ掴んでいる(比喩ではなく)リトさんが揃っている。


「あれっ? もしかして錬金術の情報でも出ましたか?」

「話が早い子は好きヨ。二人ともパーティに入って」


 パラトスがこんなに前のめりになっている理由などそれしかないと聞けば、言外に肯定された。また新しい情報が……と、ちょっと遠い目になる。


 情報は好きだ。大切だし、ここでの金儲けのネタでもある。

 だがこんなにも息をつくまもなく畳み掛けられては、休暇申請をしたくもなるというもの。情報の取り扱いだって気を配るところは客以外にも沢山あるのだと、このゲームをして勉強させてもらった。

 あの憧れた正義の味方にも悪の味方にもならないコウモリのノラリクラリは、世界のパワーバランスを壊さず平凡に生きていくための処世術であったのだ。


 気付いたところでもはや『情報屋の卵』という掲示板での通称も、実際の店名である『N』も、このゲーム内では便利なものと存在を大多数に認知されていて、今更手放すのは出来なくなっている。心情的にも、義理的にも。

 こういうところが小心者なのだよなあ、なんて、破天荒な友人と、このゲームでフレンドになった皆を見ながら、このあとの情報売買の粒度を考える。流れるように情報屋のロールプレイを始める自分も、端から見れば楽しそうなんだろうな。実際に楽しいし。


 でも、やっぱり、情報提供者たちの頭のぶっ飛び方は真似ができない。

 辿り着いた見たこともない赤い小島で、バーミリヲンという住人NPCと引き合わされつつ、そこで齎されたあまりの情報の多さに、黒に侵食された空を仰ぐのだった。



天才ではないが秀才タイプなので平凡かと言われると首を傾げる

あとこのコ、なにげに幸運値がぶっちぎり


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