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リハビリ

作者: R1

 逢魔時。薄紫に染まる窓が、俺はたまらなくすきだった。


「だからよぉ、(りつ)。リハビリがしてえんだ。付き合ってくれよ」


 趣味で文章を書くようになって、かれこれ半年経つ。それは小説と呼ぶのも烏滸がましいなにかだけれど、自分の内側を引っ張り出しているようで、顔を覆いたくなるような快感があった。しかし、天秤が大きく傾く。秤に積まれたもや(・・)は指を縛め、俺は吐き出す術を奪われた。


『ふーん……要はスランプってこと?』


 頷く。さすが、よくわかってんな。

 律とは赤ん坊のころからの付き合いだ。誕生日もいっしょだし、取り上げたのも同じ医師。家族同然に育ってきて、一心同体といっても過言ではない。

 俺のことをなんでも知ってるし、悩みを打ち明ければ親身になってくれる。まあ、聞くだけなんだけど。解決に導くことは、一度もなかった。


『そんで、おれはなにすればいいの? りっちゃん』


「俺を褒めろ。ついでに崇めろ」


『うわぁ……虚しくなんない?』


 うるせえ。そんなもん今更だろうが。


「じゃあ、どっか出かけようぜ。どうせ暇だろ?」


『そんなわけないじゃん。りっちゃんとはちがうっつーの』


 ちがう? おかしなこと言いやがる。俺とおまえに差異なんてない。あるとすれば、コーヒーと牛乳くらいのもんだ。それぞれ単独で飲むことはないし、混ぜりゃいっしょだよ。


『ていうかりっちゃん、リハビリ行かなきゃ。予約してたでしょ』


 予約? 俺が? そんな覚えはないけれど、律が言うならそうなんだろう。


「……じゃ、行ってくるわ」


 潮時だと感じていた。いくら混ぜても、マグカップは一色にならない。きれいに(わか)たれた陰陽が俺とおまえなら、つまりはそういうことなんだ。


『うん。またね、りっちゃん』


「……じゃあな、律。いままでサンキュー」


 鏡面のようなシンクを、白と黒で塗り潰す。あいつと同じ顔が、排水口に消えていった。



『調子はどう? 良くなってきた?』


「うーん……どうすかね……」


 俺にはわからない。俺のどこが悪いのかも。リハビリの意味も。手慰みに、まっさらな紙を折る。


『なんとなくでやってない? ちゃんと、目的意識をもたないと』


 核心を突いた正論を、飲み込むことは難しい。それは溶けずに固まったココアのように喉を塞ぐ。吐き出さないよう口を抑え、片手で不細工な飛行機を完成させた。


『それじゃあ、まっすぐ飛ばないよ』


 俺に残ったものを、ガラクタみたいに言わないでくれよ。


『今日はこのへんにしとこうか。次回の予約は?』


「しません。ありがとうございました、律先生」


『そう。お大事に、律くん』


 俺は鏡に向かって頭を下げた。



 逢魔時の空は、何色だろう。

 固いクレセント。歪な建て付け。閉め切った窓は薄紫。その先にはなにが広がってる?

 ずっと、空白を埋めたかった。滲み出した感情を吸い込んで、カラスのように羽ばたいてほしかった。

 紙飛行機を握りしめ、伽藍堂の部屋に穴を開ける。網膜を灼いたのは、稜線に沈む夕陽。それは緻密なラテアートが如く、何者にも侵されないもの。

 その一瞬を、永遠にできたなら。伸ばした手は空を切り、下りた(とばり)が俺を(いざな)う。頭上の(いなな)きは、どこか遠くのことのようで。

 紫の空を割る飛行機が、俺はきらいだった。

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