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8 どうしましょう。お兄様の襲来です。

どうぞよろしくお願いいたします。


 国境を越えて旧街道を進み、ヘウン王国の国境の街――ロジトースに到着した。

 商店の立ち並ぶメインストリートを、ステラとオディウムは並んで歩く。

 「ロジトース周辺地域は、琥珀蜂の蜂蜜が特産なんだ。冒険者ギルドへ報告が終わったら、店を見て回らないかい?」

 オディウムは、商店を指差しながら言った。見れば、蜂の絵が描かれている看板が出ている。ステラは蜂蜜の甘さを思い出して頬が緩んだ。

 「はい……!」

 ステラはこの後の予定を楽しみにしながら冒険者ギルドへ入る。しかし、フロアに足を踏み入れて、ステラは足を止めた。

 「……なんということでしょう!」

 目を開いて、口を押える。

 「え? 何?」

 オディウムはステラのそんな様子を見て、不思議そうな顔をした。が、いきなり背後から肩を掴まれ、押しのけられた。「おわっ」と声を上げる。

 「――ステラ! 会いたかった……ッ!」

 「は?」

 床に尻もちをついたオディウムは、ポカンと口を開けた。彼の目の前では、ステラを抱きしめ頬ずりをする銀髪の美青年が居た。

 「お、お兄様……」

 ステラは戸惑いながらも、声を絞り出した。

 この美青年は、ステラの実兄だった。

 兄は、ステラと目を合わせた。そして、愛おしそうに頭を撫でる。

 「寝る間も惜しんで探したよ! あんな馬鹿……コホン、フリーム殿下の独断の所為で、大変な目に遭ったね」

 そして、ステラはまた抱きしめられた。そして、優しく囁かれる。

 「もう大丈夫だ。お兄様がステラを守るから……。さぁ、オリヴィニス王国へ帰ろう」

 「い、いえ……エヴィニスお兄様。わたくしは、国外追放されたのです。国に戻る訳には……」

 どうしてステラの居場所がわかったのかわからないが、迎えに来たエヴィニスにステラは慌てた。

 (国に帰ったら、冒険者でいられなくなってしまいます……!)

 当然、家族のことは心配だった。

 国外追放を理由に、好き勝手しているのも親不孝者だと思う。

 それでも、ステラはやっと冒険者になれたのだ。

 しかし、エヴィニスは、ステラが怖れていたことをにこやかに言い放つ。

 「それは心配ないさ。国王陛下が撤回してくださった」

 「陛下が……⁉」

 ステラは愕然とした。そのステラの表情をどう受け取ったのか、エヴィニスは笑顔で言葉を続ける。

 「あの愚かな……いや、殿下の訴えは、厳正な調査の元、信用に欠けるものだと証明された」

 先程から、フリームのことを話す時、エヴィニスから殺気が漏れ出ているような気がするのは、気のせいだろうか。否、エヴィニスの弧を描く唇の隙間から、ギリィ、と激しい歯ぎしりが聞こえてきた。

 (あっ……お兄様、とても怒ってらっしゃいます……!)

 ステラは兄の心中を察した。そして、この兄と同じように、もしくはそれ以上に、ステラを溺愛している父も同様であろうと察する。そして、その予想は的中する。

 「父上は、フリーム殿下を追い詰め……おっと、仕事が忙しくてね。ここには来られなかったんだ。父上も母上も、とても心配しているよ」

 「い、今……殿下を追い詰めるとか聞こえたのですが……」

 ステラの困惑を、これまたどう受け取ったのか、エヴィニスは安心させるように穏やかに頷く。

 「ステラ、何の心配もいらないよ。我らがオリヴィニス王国は実力主義。愚鈍な第一王子よりも、聡明な第二王子のイリク様が国を導いてくれるだろう」

 (お兄様、殿下のことを『愚鈍』って言ってしまいました……!)

 エヴィニスはもう誤魔化さなかった。そして、溜息を吐く。

 「まったく、昔はイリク様より優れずとも誠実だったフリーム殿下も、どこぞの馬の骨に唆されて信頼も地に落ちてしまった……。あれでは、排斥されるのも時間の問題だ」

 「馬の骨……。シャンテ様のことですか?」

 「ああ、あの小娘の話など聞きたくはなかったね。お兄様が悪かった。許してくれるかい?」

 「ええと……」

 ステラは困った。兄と話が通じない。

 しかし、そんな風に困惑しているステラの前で、エヴィニスは小声で忌まわし気に呟く。

 「国王陛下も優秀なステラにフリーム殿下を支えて欲しいと願って我が家に婚約を持ち掛けたのに……。このような事態になって、実に腹立たしい。フリーム殿下がステラに誠実であればと、父上は婚約を許したというのに……」

 ステラは目を丸くした。

 (殿下とわたくしの婚約には、そのような事情があったのですね……)

 「はぁ。過ぎたことをいつまでも悔やんでいてもしょうがないな。さぁ、ステラ。お兄様と一緒にルナローズ家へ帰ろう」

 気を取り直すように頭を振ったエヴィニスは、ステラの肩を抱いた。

 ステラは慌てて口を開く。言わなければならないことがある。

 「お兄様! わたくし、冒険者になったのです……! ですので、家には帰れません」

 エヴィニスは驚いたような顔をした。しかし、すぐに困ったように眉を寄せる。

 「ステラが冒険者になったのは知っている。だが、ステラ、冒険者はとても危険な職業なんだよ。悪いことは言わない。どうか、考え直さないかい?」

 「お兄様……」

 兄が心からステラを案じていることがひしひしと伝わって来る。それでも、ステラは冒険者を辞めたくなかった。この気持ちをどう伝えれば良いのだろう。

 「ちょっと、失礼。僕のご主人様は実家には帰らないと言っていることですし、許しては貰えませんか?」

 呆然と繰り広げられるやり取りを見守っていたオディウムだったが、ハッとしてステラとエヴィニスの間に割って入った。

 「ご主人様だと……? 奴隷か何かか? いや、ステラのような心優しい子がそんなものを欲しがる筈はないか」

 「僕は、従魔です」

 ステラを背に隠すようにして、オディウムは言った。エヴィニスは眉を寄せる。

 「従魔? 人間に見えるが……否、極々僅かだが、高ランクの魔物には知能を持ち、人間に化けられるものもいると聞く。……貴様、ちゃんと、ステラを守っているんだろうな?」

 「えっと……、守るというか、守って貰っているというか……」

 「何?」

 ごにょごにょと言葉を濁すオディウムに、エヴィニスは殺気立った。

 ステラは慌ててオディウムの事情を説明する。説明を聞くうちにエヴィニスの表情は鋭くなる。特に、とばっちりでステラが襲われたところは、ぶち切れる寸前だった。ステラは冷や汗を掻いた。

 「――ですので、お兄様。オディウムは、それは大変な身の上なのです。誰かが守ってあげないと……」

 「だからと、主人に守って貰う従魔があるものか」

 エヴィニスはオディウムを睨む。そして、ステラに優しく言う。

 「ステラ、従魔が欲しいのなら、こんな役立たずよりも、もっと良い魔物を用意しよう。従魔契約を解除しないかい?」

 「そんな……。オディウムは役立たずではありませんよ。それに、お兄様、わたくしはオディウムと契約を解除したくありません……!」

 「しかし……」

 エヴィニスは困ったように言ったが、すぐにオディウムを睨みつける。視線で契約解除をしろと迫っている。オディウムはムッとしたように口を開いた。

 「知ってます? 従魔契約は主人が認めなければ解除出来ないんですよ」

 「知っているか? 従魔が死ねば契約は切れる」

 エヴィニスは殺気の籠った冷たい目でオディウムを見た。そして、帯刀している剣を、キンと鳴らす。

 「ヒィ! 殺さないで!」

 オディウムは青褪めてステラの後ろに隠れた。儚い抵抗だった。

 エヴィニスは舌打ちをする。

 「まったく、軟弱な……。ステラに相応しくない」

 「そんなことありません! 先程、オディウムは役立たずではないと申しましたが、彼はとても美味しい食事を作ってくださるのです……!」

 「美味しい食事は、料理人でも作れるんだよ。従魔が作ったものなど、信用ならないだろう?」

 「お兄様!」

 聞き捨てならない言葉だった。ステラは抗議しようと口を開く。しかし――

 「あの~……、ルナローズ様。お話中に大変申し訳ありませんが……、まだ続くようであれば、部屋をご用意しますので、玄関を塞がないでくださいますか……?」

 おずおずと、恐縮しながらかけられた声に、ステラたち三人は我に返る。

 ステラたちはずっとギルドの出入り口で騒いでいたのだ。


 ギルドマスターが貸してくれた応接室で、ステラたちは改めて顔を突き合わせる。受付嬢が紅茶を淹れて持って来てくれた。

 場所を移し、ステラは抗議の機会を失ってしまった。代わりに、気になっていたことを尋ねる。

 「お兄様、どうしてわたくしの居場所がわかったのですか?」

 「それはね、ステラ。君がSランク冒険者になったという情報を掴んだからだよ。ルナローズ家は多方面に情報収集していたからね。特に、冒険者ギルドの情報には注視していた」

 「冒険者ギルド……」

 「デュアルの街には、父上からステラを足止めするよう要請したが、入れ違いになってしまったようでね。ギルドマスターのウォルダー殿からはステラがウリルクンミの討伐に出たと報告を受けていたから、ここで待ち伏せすれば会えると踏んだんだよ」

 「…………」

 ステラは黙り込んだ。

 行方はわからずとも、ステラの行動は、ほぼすべて読まれていたということだ。

 ステラの隣に座るオディウムが、面白くなさそうに口を尖らせた。

 「……ステラが冒険者になりたがっていたことはわかっていたんだろう? なら、そっとしといてやれば良かったじゃないか」

 「黙れ。魔物には人間の心の機微など理解出来ないだろう。ステラが居なくなって、我らがどれ程、心を痛めたか……」

 「それは……ご心配をおかけして、大変申し訳ありません……」

 「ステラが謝ることではないんだよ。悪いのは、すべてあの阿呆だ」

 エヴィニスは、フリームのことを名前すら呼ばなくなってしまった。彼の怒りは計り知れない。

 だがステラは、益々申し訳なくなってしまった。

 「そんな……。わたくしは、殿下に感謝しているのです……」

 「ステラ……?」

 「ルナローズ家では、皆様わたくしにとても良くしてくださいました。それでも、どうしてもわたくしは冒険者になりたかったのです。殿下に国外追放されて、それがやっと叶ったのです」

 「……それは……」

 「ルナローズ家を離れて、わたくしは色々な方々と触れあえました。景色や食べ物、品物などもとても珍しく、素晴らしいものばかりでした。魔物さんとの戦いも心躍るもので……。わたくしは、冒険者としてもっと旅を続けたいのです。勿論、オディウムと一緒に」

 ステラはそう言って、オディウムに微笑みかけた。

 「「ステラ……!」」

 オディウムの嬉しそうな声とエヴィニスの悲愴な声が重なった。二人は顔を見合わせて、顔を顰める。

 そこに、ギルドマスターと受付嬢が現れる。「少しよろしいでしょうか?」と聞かれたので、渋い顔のままエヴィニスは頷いた。

 「ステラ・ルナローズ様。ウリルクンミの討伐、誠にありがとうございました。こちらが、ウリルクンミ討伐クエストの報酬です」

 金貨一〇四枚という報酬を《時空収納(アイテムボックス)》に入れた。

 「……それで、ステラ様にお願いがあったのですが」

 「何でしょう?」

 この部屋に流れる重苦しい空気の中、心底気まずそうにギルドマスターは切り出した。

 「実は、最近、北の山にワイバーンの群れが住み着きまして……。その討伐を依頼したかったのです……」

 「かしこまりました」

 「よ、良いのですか……⁉」

 ステラが空気を読まず即答したので、ギルドマスターは驚く。しかし、エヴィニスは目を剥いた。

 「ステラ⁉ 君が強いのは知っている。しかし、ワイバーンは竜種の中では小さい部類に該当するが、獰猛で素早く、嘴や尾に毒を持っているんだぞ? 危険極まりない!」

 「しかも、奴ら、群れで連携するんだよねぇ」

 オディウムは、しみじみと言った。

 「ええ。とっても楽しそうです……!」

 ステラが甘く微笑んだのを見て、エヴィニスは目を見開いた後、深く溜息を吐いた。

 「……ステラの喜んでいる顔には敵わないな。仕方がない。私も同行しよう。話の続きはその後だ」

 ギルドマスターが喜色を浮かべた。

 「ほ、本当によろしいのですか? あの山には琥珀蜂の大きな巣があったものですから、その影響で蜂蜜の供給量が落ち込んでしまって困っていたのです」

 「なんと、それは一大事ではありませんか……!」

 「そうなのです。この街は蜂蜜で成り立っているようなものなので……」

 「う~ん。多分、話が噛み合っているようで、噛み合ってないんだろうね」

 「何を知ったような口を」

 腕を組んでそう言ったオディウムに、エヴィニスが噛みついた。


     *


 ギルドで馬を借り、ステラとオディウム、エヴィニスは北の山に来ていた。

 「オディウム、お兄様が申し訳ありません」

 ステラは前に居る兄を一瞥し、オディウムに詫びた。

 エヴィニスのオディウムに対する当たりは非常に刺々しい。いつもは穏やかな兄からは想像もつかない態度だった。

 「それと、わたくしの味方をしてくださって、ありがとうございます」

 すると、オディウムは肩を竦めた。

 「ま、僕はぶっちゃけ、どっちでもいいんだよね。僕を置いて行かないでくれるなら。ルナローズ家の警備も万全そうだし」

 ステラは目を丸くする。

 確かに、家に帰ることになったとしても、オディウムとの従魔契約を切るつもりはなかった。しかし、オディウムはルナローズ家には行きたくないものだと思っていたのだ。

 「でも、ステラは冒険者を続けたいんだろう? なら、力になるよ。僕は君の従魔だからね」

 「オディウム……」

 「……そろそろだ」

 エヴィニスから声を掛けられた。彼は馬から降りる。ステラとオディウムもそれに倣った。

 「ここからは、歩きだ。ステラ、足元には気をつけるんだよ」

 三人は山の中を歩く。普段なら魔物で溢れているのだろうが、ワイバーンを警戒しているのか、辺りは不気味な程に、しんと静まり返っている。

 暫く歩き続けていると、遠くから何かの鳴き声が聞こえて来た。

 気配を消して近づけば、ワイバーンの群れが空中を飛行していた。ギャアギャアと、けたたましい鳴き声だ。

 「群れと言えども、小規模だな」

 エヴィニスが大岩の陰から顔を出し、空を見上げながら言った。

 「それで、どうするつもりなのかい?」

 オディウムが聞いた。

 すると、エヴィニスは鼻で笑い、ステラは微笑んだ。

 「どうもこうも……」

 「斬り落とすまでです……!」

 ルナローズ兄妹は、高潔に、優美に、――そして、残虐に嗤った。

 オディウムは、ひくり、と顔を引き攣らせた。



 ステラは、兄と同時に岩陰から飛び出した。

 敵に気づいたワイバーンが、降下してくる。尾にある毒針でステラを刺そうと構えた。しかし、それよりも早く、ステラは細剣を振り斬撃を飛ばす。ワイバーンの首が落ちた。

 ステラは地を蹴り、魔法を発動する。

 「〈突風よ(スケプトス)〉!」

 風に乗ってワイバーンを抜くと、ひらりと身を翻す。上空からワイバーンを見下ろし、甘く獰猛に嗤うと歌うように詠唱する。

 「〈氷塊の嵐(グランドテンペスタ)〉!」

 巨大な氷の礫がワイバーンに降り注ぐ。墜落したものからエヴィニスが首を刎ねていく。

 礫を避け切ったワイバーンはステラに牙を剥いた。毒を持つ鋭い嘴が迫る。

 「うふふ」

 ステラは細剣を一閃すると、噛みつこうと開いた口から二つに分かれる。顎から上を失ったワイバーンは墜落する。ステラはその屍を足場に向かい来るワイバーンを斬撃で両断した。

 「ステラ!」

 「〈突風よ〉!」

 エヴィニスに名を呼ばれて、すぐさま理解する。ステラは魔法を発動した。ステラの突風がエヴィニスを上空へ飛ばした。



 「うわぁ……」

 オディウムは、岩陰にしゃがみこみ、顔を青褪めさせていた。

 目の前には、Sランク魔物のワイバーンの群れを相手に剣を振る兄妹。

 現在、二人は魔法の突風に乗り、飛竜(ワイバーン)相手に空中戦を仕掛けている。

 一見、無謀にも見えるその戦いは、しかし、完全にワイバーンを蹂躙していた。

 (なんなの、この兄妹ッ⁉ 本当に、人間か……?)

 強者を相手に狂喜の哄笑を上げる二人に、オディウムはゾッとした。

 感心を飛び越え、もはや、恐ろしい。

 (僕、ステラと従魔契約を結んで、本当に良かった……ッ!)

 敵なら己の不運を呪うが、味方であればこれ程頼もしいものはない。

 「あっ!」

 また一体、ワイバーンの屍が墜落した。



 「ギャアギャアと喧しい……」

 エヴィニスは妹の魔法()に乗り、空中で身を翻した。ルナローズ家の家宝の一つである剣でワイバーンの首を切断し、口の端を上げる。そして、ワイバーンの背に着地した。

 ワイバーンは異物を振り落とそうと暴れるが、それで落ちるエヴィニスではない。

 「……!」

 視界の端で、白銀の刃が煌めいた。見れば、心底楽しそうに笑うステラがワイバーンの首を三体連続で斬り落としたところだった。ステラは、その後、軽々着地すると、地を蹴り上げ、彼女を狙っていたワイバーンの首を刎ねた。そして、その骸を足場に、再び宙に身を躍らせる。

 エヴィニスは藻掻くワイバーンの頭に剣を刺すと、それを足場にして次のワイバーンに飛び移った。

 妹がスキルに驕らず努力していることは、知っている。

 妹が夢を我慢して家に従っていたことも、知っている。

 そして、己よりも妹の方が優れていることだって、知っている。

 それでも、ステラは可愛い妹なのだ。

 たった一人の妹なのだ。

 あの子が生まれた時の衝撃を、私は今でも昨日のことのように思い出せる。

 小さな手で握られた指の温かさを、私は死ぬまで決して忘れないだろう。

 手放したくない。

 それは、自分の我が儘だ。

 否、我らの我が儘だ。

 「お兄様!」

 「――ッ!」

 ステラの声でエヴィニスは現実に引き戻される。背後から襲ってきていたワイバーンを、ステラの細剣が両断した。

 「ステラッ!」

 エヴィニスは飛んだ。そして、ステラの背後にいたワイバーンを両断する。

 エヴィニスは地に着地した。ステラも隣に着地する。そして、ワイバーンを視界に収めた。

 エヴィニスは地を蹴った。

 ステラも地を蹴る。

 「〈突風よ〉!」

 エヴィニスとステラは、魔法の補助を得て速度と高度を得る。

 「貴方のお命、狩らせて頂きます!」

 「貴様の命、狩らせて頂く!」

 最後の一体の体が十字に切断された。


     ***


 ワイバーンの討伐を終え、ステラたちは冒険者ギルドに戻って来ていた。

 討伐報酬とお礼の蜂蜜を受け取ったのは良いが、帰還してからというものの、黙り込んでしまったエヴィニスに、ステラは頭を悩ませた。

 (どうしたら、お兄様に認めて貰えるのでしょうか……)

 それに、どこかに行ってしまったオディウムのことも気になる。

 ステラがどうしようかと迷っていると、応接室の扉が開いた。オディウムが何かを持って入って来る。何か良い匂いがして、ステラは首を傾げた。

 すると、オディウムが皿を差し出した。それを受け取ってステラは顔を輝かす。

 オディウムはエヴィニスに近づいた。

 「どうぞ、お兄様」

 「貴様にお兄様と呼ばれる筋合いはない」

 オディウムから、ずい、と差し出された皿を、思わず受け取ったエヴィニスは顔を顰めた。

 「何だ、これは」

 「ワイバーンのステーキ、ハニーマスタードソース添えですよ」

 「はっ、魔物が作ったものなど食えるわけがないだろう」

 皿を突き返すエヴィニスを尻目に、ステラはナイフとフォークを動かし、ステーキを口に運んだ。

 先に食べて見せたら、エヴィニスには絶対に食べるだろうと思ったのだ。

 「ん……」

 「ステラ!」

 それを見て、エヴィニスが目を剥く。しかし、ステラは顔を綻ばせた。

 「美味しいです……!」

 頬に手を当て、見悶える。

 「絶妙な火加減です! 赤身のお肉は柔らかく、このハニーマスタードソースも蜂蜜の甘さの中にマスタードの辛さが合わさって絶品です……!」

 オディウムが、にやりと笑った。

 「だそうですよ、お兄様?」

 「だから、お兄様と呼ぶな……」

 思った通り、エヴィニスは溜息を吐くと、ステーキを食べた。そして、すぐに目を丸くして口を押える。

 「……っ」

 「ね、お兄様。オディウムは素晴らしい従魔でしょう?」

 ステラはそんな兄の姿を見ながら、微笑んで聞いた。

 エヴィニスは悔しそうに頷いたのだった。


     *


 ステラとオディウム、エヴィニスは、ロジトースの門の前に居た。

 ステラとオディウムは次のクエストに向かう為に。

 エヴィニスはオリヴィニス王国へ帰る為に。

 「お兄様……ありがとうございます」

 ステラは兄に頭を下げた。

 オディウムを認めた後、ステラが冒険者になることも認めたのだ。

 「可愛い妹のお願いだからね」

 エヴィニスは微笑んで、ステラの頭を撫でた。

 「父上と母上には、私から話をしよう。……おい、オディウム。ステラに妙な物を食べさせたら、私がお前を殺しに行くぞ」

 「そんなこと、する訳ないだろう?」

 オディウムはやや青褪めさせながら、睨みを利かせるエヴィニスに言った。

 「じゃあ、私は行くよ」

 エヴィニスは従者を従え、踵を返した。

 ステラは遠ざかる兄が乗る馬車を暫く見詰めていたが、オディウムに向き直った。

 「さて、わたくしたちも行きましょうか」

 「うん」

 ステラとオディウムは、エヴィニスとは逆方向へ歩き出した。





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